第9話 新たなダンジョンマスター
一夜明け朝を迎えた中、俺は一人ベットの中で悶えていた。
「んむぅううううううううううう〜!!」
なんだなんだあのセリフは!確かに嬉しくて良い気分になってたけどさ!何処のナンパ男だよ全く!
あああああああああああああぁ〜〜〜!
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいぃ〜〜〜!
俺は一体どんな顔してアルファと顔を合わせればいいんだあぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!
まあここで悶えていても仕方ない。諦めて部屋から出るか……。
俺は今、箱庭内の家にいる。元々寂しい一人暮らし。最近はかなりの頻度でこっちの家に泊まるようになった。
もちろん、アルファとは別の部屋だ。やましい事なんてしてないし、考えてもない。ホントに考えてもないぞ?ないったらないぞ?
まあともかく、俺は覚悟を決め、今や宝物筆頭であるブレスレットを付けて部屋から出たわけだが、リビングにアルファの姿は無かった。
まさか……あのイタ過ぎる発言にドン引きして出ていってしまったとか!?
少しの焦りを覚えて家を出ると、そこにはゴブリンのゴブ助、コボルトのポチ、オークのゴンザレスが集まって何やら話していた。
コイツらも昨日俺の誕生日を祝いに来てくれたのだ。ゴブ助達は魔物だが、今ではもう俺にとって大切な仲間で友達だ。
彼らにアルファが何処にいるか聞こうと思い歩みを進めると、近づいてくる俺に気づいた彼らはニヤニヤと笑みを浮かべながら声をかけてきた。
「アルファト出会ッテカラ毎日ガ本当ニタノシインダ」
「俺ト友達ニナッテクレテアリガトウ」
「アルファト出会エテ本当ニヨカッタ」
うがああああああああああああああ!
前言撤回!こんなヤツら仲間でも友達でもねぇ!!
コイツらニヤニヤしながら未だに悶え足りない傷を抉りにきやがった!鬼か!鬼なのか!?あ、ゴブリンは普通に鬼だったわ。
だがしかし、前にも言ったがアルファと出会った俺の心は増し増しで穏やかになったのだ。
この程度で冷静さを保てなくなるような俺じゃないのだよ。
「ディロ様、昨日ハ良ク寝ムレタ?」
再度ニヤニヤしながら聞いてくるゴブリンのゴブ助に、穏やかな俺の心は我慢の限界を迎えた。
「オラァ!ちょっと表でろやコノォ!!」
そうして十五分ほど取っ組みあった後、俺は肝心のアルファの居場所を聞いた。
アルファはどうやら厩舎の方にいるらしい。
気を取り直して厩舎の方に向かうと、その道の途中でアルファに遭遇した。
「お、おはよう」
「お、おはようございます」
き、気まずい……。
なんて声をかければいいんだ……。
頑張れ俺!負けるな俺!
「き、昨日はありがとう……」
「い、いえ。付けてくれてるんですね、そのブレスレット」
「ああ、俺の宝物だからな」
「……ありがとうございます」
軽く言葉を交わし、俺達は朝食を取った。
口数は互いにいつもに比べると少なかった。
けれど、それは決して嫌いな静けさではなく、むしろいつも以上に温かい朝だった。
◆◇◆◇◆
一晩ぶりに箱庭の中からダンジョンの方に戻ってくると、辺りは不気味なほど静かだった。
俺はいつものように箱庭の中から持ってきた廃棄物をダンジョンに提供するため、玄関の方へと向かった。
「え……?」
思わずポツリと呟いてしまう。俺の家のドアが思い切り壊されていたからだ。
集落の中で落ちこぼれと呼ばれる俺の家には自慢じゃないが何も無い。最低限の食器と寝るための布団があるだけ。価値がある物は箱庭くらいだ。
その事は、ほかの魔族達も知っているし、その魔族達は箱庭の価値を知らない。
故に、俺の家に誰かが泥棒に入る事はない。
もしかして、ダンジョンに何かあったのだろうか。
そう思いながら壊れた玄関を出た俺は、目を疑い、言葉を失った。
あれだけ騒がしかった集落は見る影もなく、家は壊され、血の海が広がっていた。
その惨状はもはや地獄絵図と言っても過言ではなく、あれほど煩かった俺の兄弟も、俺を厄介払いするように追い出した両親も、散々俺を馬鹿にしてきた近所の人達も、誰一人として生き残ってはいなかった。
死体になった元隣人達は、皆虚ろな目で虚空を見つめていた。
「おえええええええええ……」
俺は吐いた。ダンジョン内の掃除もよくさせられているので、死体には慣れている。しかし、それが知人のものとなると些か刺激が強すぎた。
でも、不思議なことに俺の心はそれほど動揺していなかった。気持ち悪いという感情は勿論あったが、悲しみや怒りといった気持ちより、驚きの方が強かったのだ。
そこで俺は改めて、自分にとっての家であり、帰るべき場所は、完全に箱庭の中のアルファ達の元になったんだなと実感した。
家を出て、ゆっくりと歩き始めた俺は、遠目からだがダンジョン内を徘徊する人族の兵士と見られる存在を発見した。
俺はそいつらに見つからないように、よりひっそりと歩を進めた。
そしてそのまま、このダンジョンの最奥にして最深部、ダンジョンマスターがダンジョンと会話をし、エネルギーを献上し、報酬を貰う、何より俺が魔物育成キットと出会ったあの場所に向かうことにした。
俺の家からさほど遠くないので、さほと時間がかからずに到着する。
そこにあったのは、生前の姿が見る影もない変わり果てた姿の死体となった魔王と、それを守るような位置で息絶えたミノタウロスの姿だった。
俺はそれを一瞥して歩みを進めた。
そして最奥に着くと同時に小さな声で叫んだ。
「ダンジョン、俺の声が聞こえるか!応答してくれ!」
「応答シマス。生存スル魔族ノ反応ヲ確認。ダンジョンマスター契約ヲ希望シマス」
その声に答えるようにして出てきたダンジョンの声は相変わらず無機質なものだったが、どこか悲しそうにも聞こえた。
「わかった!その契約受ける!今日から俺がダンジョンマスターだ!」
こうして、俺はダンジョンマスターとなった。
つまり、魔王と呼ばれる存在になったのだ。
◆◇◆◇◆
俺は一度箱庭に帰り、事の顛末をアルファに伝えた。
「ええええええええぇぇぇ!?ダンジョンマスターですか!?ディロも魔王になったんですか!?なんというか……凄い急ですね……」
「ああ、正直俺もビックリで状況に頭が追いついてない」
アルファが上げる驚きの声に苦笑しながら答える。
「それに……大丈夫なんですか……?あまり良い関係は築けてなかったみたいですけど、知人の死を目の当たりにしたんです……。無理はしないでくださいね?」
「大丈夫だよ。自分でも薄情だとは思うけど、思ったよりも動揺は無かったんだ。きっと、俺の中ではアルファ達を大切に思うようになって、かつての隣人達のことは一応他人として割り切れているんだと思う」
「私たちのことを大切に思うようになってから、ですか……。なんというか……私も薄情だとは思うんですけど、やっぱり嬉しいですね」
そう言ってアルファは照れ笑いを浮かべた。
「でも、ダンジョンマスターになるなら一言相談が欲しかったですけどねっ」
アルファが頬を膨らませながら言う。
「人族の兵士がいて余裕無かったしな……それに、まあ絶対になっておきたい理由があったんだよ」
俺はアルファにゆっくりと説明し始める。
そう、俺はダンジョンマスターになっておきたい理由が四つほどあった。
まず一つ目は、魔王になる事は俺の夢だったからだ。まあ今の生活は充分幸せなので、絶対というほど優先順位は高くなかったが、そのチャンスが目の前に転がっているのなら掴みたい。
二つ目、何故昨日まではいつも通りだったダンジョンが壊滅していたのかを知る必要があると思ったからだ。
ダンジョンに起こった出来事次第では、俺や箱庭の中にいるアルファ達にまで被害が及ぶ可能性がある。それは何としてでも避けたい。
その為の情報をダンジョンから得るのに最も確実な方法だったのがダンジョンマスターになる事だった。
三つ目は、新たな魔物を育ててみたかったからだ。
今箱庭の中には、元々ダンジョンの中にいた魔物はミノタウロス以外全種類いる。
新たな魔物を育て始めるには、魔物を創造することができるダンジョンマスターになる必要があった。
そして四つ目―――。
「ダンジョンマスターになると不老になるからだ」
「不老……ですか?」
アルファはいまいちピンと来なかったようで、首を傾げている。
「前にエドガー・アシュクロフトの手紙を読んだじゃないか?そこに書いてあったことを思い出したんだけどさ、
「え、ええ。そうですけど……」
「なら、これで俺が不老になれば、もうアルファは一人ぼっちに絶対ならないじゃんか」
そう、四つ目はもうアルファを二度と一人にさせないためだ。
アルファは昨日言っていた。三百年の間、どうしようもなく寂しかったんだと。辛かったんだと。
俺が不老になる事で、アルファがもう二度とそんな思いをしなくて済むのなら俺は悩むこと無く不老になる。
そう言い切った俺を見て、目を丸くしたアルファは続けてこう問いかけた。
「でも、いいんですか……?私なんかのために不老になんかなって」
そう聞くアルファの表情は、嬉しいけれど申し訳ないような、そんな微妙なものだった。
だから俺は、こう返す。
「いいんだよ。それに俺は、他の誰でもないアルファのためだから迷わず不老になったんだ。俺の初めての友達であり、幸せを教えてくれたアルファのためだからね。……まあ、元々ダンジョンマスターに憧れがあったってのもあるけどさ」
「本当に馬鹿ですね……。不老って結構大変ですよ?」
「はは、肝に銘じておくよ」
そう言って苦笑するアルファだったが、その表情には喜びを隠せていなかった。
そんな様子を見せられた俺は、少しドキッとして、嬉しさと愛おしさが混じりあった変な気持ちになってしまったのだった。
何はともあれ、明日からまた忙しくなりそうだ。
………………
…………
……
ほらそこのゴブリン!もう付き合っちゃえよとか言わない!
はあ……また明日も悶えることになりそうだ。
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