幕間 世界各地に広がる波紋
「なぜだ……なぜ帰ってこない!ヴォルフガング!!」
ガルプテン王国軍が、再び機能し始めたと思われるダンジョンに進軍を始めてから二週間が経過していた。
しかし、未だに帰還した者は一人としていない。
ガルプテン王国国王は目の下に酷い隈を作り、執務室内を歩き回りながら、呪詛を唱えるかのように「なぜだ……なぜだ……」と繰り返し繰り返し呟いていた。
その姿に国王の威厳なんてものは無く、着ている服が違えば乞食とさえ見間違えられてしまいそうだった。
だが、本当は分かっていたのだ。
ヴォルフガングはもう戻って来ないのだと。
向き合いたくないだけなのだ。
この国は名も無き一つの
この後、帝国に対する防波堤の役割を果たしていたヴォルフガングを失ったガルプテン王国は、為す術もなく帝国に取り込まれる事となる。
こうして、小国ながらも強い存在感を放っていたガルプテン王国は、地図から消えることとなったのであった。
そして、英雄『竜狩り』ヴォルフガング・ナルディエッロの敗北と死は意図せずとも世界中に知れ渡り、世界各地に少なくない影響を及ぼす事となる。
同時にそれを成したとある迷宮の事も――。
◆◇◆◇◆
「いやー!やったな!」
「大量大量!」
「新しい武器買えるかしら!」
「おい!明日はどんなクエスト受けるよ?」
「ガハハハハハ!!」
「飲め飲めー!!」
「食え食えー!!」
「あっ!汚ねぇ!!」
品の無い笑い声が建物中に響いていた。
しかし、ここでそんなことは日常茶飯事。
この建物は冒険者ギルドと呼ばれる。
酒を飲み、飯を喰らい、金を求める。
ここは、そんな無法者達の巣窟だ。
しかし、そんな無法者達のおかげで街がダンジョンやダンジョンから溢れ出た魔物から守られているのもまた事実である。
だからこそ、冒険者ギルドは世界中に支部を構える一大組織なのだ。
ここはその冒険者ギルドの支部の一つに併設された酒場の一角。
そこでガヤガヤと騒いでいるのは無名の冒険者達。
機嫌良さそうに酒を飲む彼らの姿を見るに、おそらく仕事が上手くいったのだろう。
彼らは酒の肴に雑談を始めた。
「そういえばよ、聞いたかあの噂。ガルプテンの英雄『竜狩り』が死んだらしいぞ」
「んなっ!?マジかよ!初耳だ!」
「ホントなの!?ファンだったのにー……」
「なんでも、名前も持たない迷宮に入ったっきり消息が途絶えたらしい」
「はあ?胡散臭くないか、その噂。名前も持たねえって事は、【下等級】から【上等級】ってことだろ?大した迷宮じゃないはずだ。それにな、『竜狩り』ほどの実力者がそう簡単に死ぬかよ。実はもう帰って来てて、今はどこか遠くに王様の使いでも行ってるだけなんじゃねえの?」
「ところがどっこい、迷宮に入ったのは『竜狩り』だけじゃねえんだよ。なんとびっくり、ガルプテンの兵士総勢三百!それが誰一人としてダンジョンに入ったっきり帰ってこねえんだとさ」
「三百人もの兵士が誰一人としてだと!?」
「名前も無いダンジョンで!?」
「ああ、それだけじゃねえ。ガルプテン王国軍が進軍する前に迷宮前で駐屯していた兵士達も全滅してる」
「それはなんというか……恐ろしいな……」
「だろ?階級としては一気に【不落級】に昇格だとさ。それ以来その迷宮は近づいた者を誰一人として生きて返さない様からこう呼ばれてる……」
――"殲滅"の迷宮
□
盛り上がる彼らにとってそれは、たわいない会話に過ぎなかっただろう。
しかし、偶然か、はたまた必然か。
今日のその酒場には、噂好きの冒険者達が多数いた。
彼らが『竜狩り』を下した迷宮に大なり小なり興味を持ったことは当然と言えよう。
彼らの言伝で"殲滅"の迷宮の名は急速に知名度を上げていく。
そうして、名だたる冒険者達にも"殲滅"の迷宮の名が知られる事となったのだ。
□
そして更にもう一組。酒場の中でも隅の隅。
そこに酒場の雰囲気とは裏腹に、静かに食事を摂る男女四人組がいた。
「聞いた?今の話」
「"殲滅"の迷宮ってやつだろ?怖えよな」
「……とても危険な匂いがする……」
「でもダンジョンってことはそこにも魔王がいるのよね……」
「たーっ!結局いつか行かなきゃいけねえのかよ!」
「しょうがないよ。"殲滅"なんて二つ名が付くくらいだし、その迷宮を放っておく訳にはいかない。
それに、どっちにしても魔王は倒す必要がある。この世界を更に平和にするために。
だから、僕達がやらなきゃいけないんだ。僕達、勇者には人より大きな力があるのだから」
"殲滅"の迷宮の
◆◇◆◇◆
ガスマン帝国の北側にあるドワーフの王国ド・ゴン。そこには世界一巨大な鉱山が隣接している。名はゴルガ鉱山。
この鉱山には、鉱山と同等かそれ以上に有名な大穴がある。
"鋼鉄"の迷宮。人呼んで、『機械仕掛けの地獄穴』。
この世界には、大きいものから小さいものまで様々な迷宮が無数にある。
"鋼鉄"の迷宮は、そんな無数にある迷宮の中でも、世界屈指の広さと難易度を誇る、世界中にたった五つしか存在しない【伝説級】の大迷宮なのだ。
そんな大迷宮の最下層には、近代的な都市が広がっていた。
『機械都市』マシリポリス。
そしてその最奥にして最深部に建つ豪邸には、二つの人影があった。
一つ目の影の主は、百九十センチを超える身長に、褐色の肌と深緑の髪を持つ男。眼鏡をかけた細身の魔族。
このダンジョンのダンジョンマスターでもあるその男は、名をトリオーニ・デミウルゴスという。
トリオーニはもう一つの影の主に親しげに話しかけた。
「そういえば、ガルプテン王国の『竜狩り』が死んだようだね」
「そうですか」
「つれないね、もう少し何かあってもいいんじゃないのかい?」
「特に興味ありませんので」
「そうかい」
相対するは、純白の髪をベリーショートに短く切りそろえた美しい紅色の瞳を持つ身長百六十センチほどの少女。
背筋がピンと伸びていて、できる秘書を体現したような容姿をしている。
「『竜狩り』が死んだ迷宮……なんだったかね……そうだ、"殲滅"の迷宮だ」
「大層な二つ名が付けられたものですね」
「まあね。でも、それを言うなら『機械仕掛けの地獄穴』もなかなかのものだと思うけどね」
「ここはいいんですよ。実力と実績が伴ってますから」
「ははは、それなら良かったよ。む?まさかこのダンジョン、彼に連れられたあの場所だというのか……?となるとまさか……いや、それはさすがにできすぎというものか」
「はあ」
「随分と気の抜けた返事だね。君の親の話なんだし、もう少し興味を持ってもいいんじゃないのかい?」
「親といっても"作り手"と"作品"の関係ですから」
「冷たいねえ。彼は君と接する時、そんなふうには思ってなかったと思うけどね。それと、君はもう少し愛想良くした方がいいと思うよ」
「余計なお世話です」
「まあ、君がいいなら別にいいんだけどさ。それにしても、"殲滅"の迷宮ねえ……。少し、調べてみてくれないかい?……ベータ」
「了解しました」
そう手短に答え、二つ目の影の主である白い髪の美しい少女――ベータは、自分に与えられた仕事をこなすべく歩き出した。
◆◇◆◇◆
「クハハハハハハハ!どうやらガルプテンは落ちたようだな!」
ガスマン帝国首都、帝都ヴァレシナにそびえる帝城の玉座の間。そこには尊大な笑い声が響き渡っていた。
その笑い声の主は美しい金髪を持つ美丈夫。
その男は、二十代前半と見られる若い容姿に、それに見合わぬ強大な覇気を纏っていた。
この男こそが、ガスマン帝国皇帝サヴェリオ・デ・ガスマンその人である。
「それにしても、"殲滅"の迷宮とは面白いではないか。お前もそう思うだろ?」
サヴェリオが話しかけたのは、後ろに控える妙齢の美女。綺麗な黒髪をポニーテールと呼ばれる髪型に束ね、黒い羽織袴を身につけ、東方にある大国、大和之国の特徴的な武器――刀を腰にさしたその女性は、名をアヤメ・アカツキと言う。
「そうですね。私も非常に興味深いと思います」
アヤメは、他人が見れば冷たい印象を抱くだろう目つきで、無表情のまま淡々と述べた。
「それにしても惜しいヤツを亡くしたものだ……。ヴォルフガングはできればこちら側に引き込みたかったのだがな……」
サヴェリオは本当に残念そうにそう呟いた。
実は帝国は、ガルプテン王国を取り込もうと思えばいつでも取り込めたのだ。
しかし、それはしなかった。その理由は、『竜狩り』ヴォルフガング・ナルディエッロを帝国側に引き込みたかったからに他ならない。
サヴェリオは、ヴォルフガングの実力を実際に認めていたのだ。
帝国が勢力を伸ばそうとするとき、どうしても武力行使になりがちである。
ガルプテン王国でもそうなれば、間違いなくヴォルフガングと衝突するだろう。故に、帝国皇帝サヴェリオはガルプテン王国との衝突を避けていたのだ。
ヴォルフガングを殺してしまわないように。
「だがまあ、余にとっても悪い事ばかりではない。ヴォルフガングを実際に引き抜く事の難しさを考えれば、この結果は最良のものとは言えなくとも、悪くないとは言えるからな」
サヴェリオは、そう呟いてニヤリと笑った。
「その辺で。彼女が来たようです」
アヤメのその言葉に、サヴェリオは浮かべる笑みをより獰猛なものに変えた。
「そのようだな。よし、通せ」
ギィィと、宝石が鏤められた豪華絢爛な扉が開かれた。
扉の向こうに居たのは、白藍の髪を持った少女。
顔のパーツは整っていて、かつては美しい顔立ちだったのだろう。
しかし、今はお世辞にも美しいなどとは言えない。頬は痩せこけ、なおかつ濃い隈が浮かんでいるのだから。
「クハハッ!よく来たな」
帝国皇帝であるサヴェリオ自ら声を掛ける。
しかし、彼女は返答しない。
普通ならば、皇帝が直接声を掛けることはありえない。ましてや、それに対し返答しないなどもってのほかだ。
だが、この場にいるのは彼女とサヴェリオとアヤメのみであり、アヤメはサヴェリオから今回の件について話を事前に聞いていたため、思うところはあっても、彼女を咎めることは無かった。
「聞いた話以上に壊れているな」
サヴェリオがそう呟くも、彼女に聞こえた様子は無い。
虚ろな目はどこか遠くをぼんやりと見つめ、サヴェリオを捉えようとすらしない。
「"殲滅"の迷宮にいるであろうお前の父の仇を討ちたいか?」
だが、サヴェリオがそう言った時、彼女は漸く反応を示した。
そして、初めてその目がサヴェリオを捉えた。
「そうか。ならば、余の手を取れ。その機会を与えてやろう。どうだ?
――クラウディア・ナルディエッロ」
サヴェリオは、ヴォルフガング・ナルディエッロの実の娘であるその少女――クラウディア・ナルディエッロにそう問いかけると、再び獰猛な笑みを浮かべた。
その姿は、野生の猛獣そのものだった。
◆◇◆◇◆
「不味いな……」
とある城に、煌びやかな宝石が鏤められた玉座に座り、口に含んだ肉を吐き捨てる銀髪に褐色肌の若い見た目の魔族の男がいた。
「今日のメニューは何だ?」
「大和牛のフィレステーキです」
「なるほど……素材が悪い訳では無いか。ふむ、コレを作った料理人はもういらん。処分しておけ」
「了解致しました」
その態度はまさに唯我独尊。
鏤められた宝石の数は、その男のプライドの高さを表していた。
「ゼラータ様、報告がございます」
「なんだ?」
そんな彼に執事然とした若い魔族の男が一枚の紙を手渡した。
渡されたのは一枚の報告書。
その報告書に目を向けた男は口元を緩ませた。
「そうか……この迷宮は……懐かしいな。まだ消滅していなかったのか」
そして、感慨深そうにそう呟いた。
しかし、続く言葉を発する時に彼が放っていたのは哀愁ではなく強い敵意だった。
放たれたその威圧は、並の人間なら気を失ってしまうほどだろう。
「我に下るなら良し。敵対するというのならもう一度壊滅させるまでだな。今の迷宮主がどんな奴であろうが我が父と同じ道を辿らせてやろう」
そう言って静かに闘志を燃やす魔族の名は、ゼラータ・カタストロフ。
あのガルーダ・カタストロフの実子であり、かつての"殲滅"の迷宮を壊滅させた張本人。
そして、そんな彼がいるのは"深淵"の迷宮。大陸から外れた絶海の孤島に位置し、難攻不落、世界一の凶悪さを誇る【伝説級】の大迷宮である。
その迷宮の最下層。そこにある王城の、玉座の間にいるゼラータの前に跪くのは、無数の悪鬼羅刹達。
恐ろしいのは、そのどれもが魔物の階級でいうAランク以上であるということ。
人間種族だけでなく、他の魔族からも恐れられるゼラータを人はこう呼ぶ。
――『最凶』の大魔王
かつて『最強』と称された父をその手で殺めた彼がそう呼ばれるのはどんな皮肉であろうか。
今日この時この瞬間、ディロ達が住まう迷宮は、確かに『最凶』の大魔王によって認識されてしまったのであった。
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