第24話 冒険者ギルド その3

 かなりの時間並んだが、ようやく俺達は受付へと通された。


 そんな俺達の対応をしてくれることになったのは、二十代中頃程だと思われる綺麗な人族のお姉さんだった。


 このお姉さんのように、冒険者ギルドの受付を担当している女性のことを、一般的に"受付嬢"と言うらしい。


 よく見てみると、受付にいるのは女性ばかりだ。しかも、誰もが整った顔立ちをしている。


 受付嬢という職業は美女でなければいけないという条件でもあるのだろうか?


 そんなどうでもいい事を考えている俺を一瞥した受付嬢のお姉さんは、まずアレックスに声をかけた。


「こんにちは、アレックスさん。本日はどうされたんですか?」


 丁寧な対応をしながらも、若干顔が紅潮していることから、アレックスに対して見惚れていることが伺える。けっ、やはりモテるのか。このイケメンめっ……。


「彼らの冒険者登録とギルドカードの作成をしに来たんだ」


 アレックスの紹介を受けて軽く俺とアルファが会釈する。


「なるほど。それでしたら、手数料としてお一人様当たり銀貨一枚かかるのですがよろしいですか?」

「はい。構いません」


 そう答えた俺は、アルファと合わせて二人分の銀貨二枚を渡す。


「確かに受け取りました。では、お二人はこちらを記入してお待ちください」


 そう言って渡された紙には、名前や使用する武器、魔法適正などについて記入する欄があった。

 俺は必要事項を記入して受付嬢のお姉さんに返却した。


 紙を受け取ったお姉さんは人の胴体ほどの大きさのある巨大な水晶に紙をかざした。


 どうやらあの水晶は何らかの魔道具マジックアイテムのようだ。


 紙を少しの間水晶の魔道具マジックアイテムにかざした後、受付嬢のお姉さんは再び口を開いた。


「はい、ありがとうございます。では、次は口頭で幾つか質問させていただきますね」


 受付嬢のお姉さんの言葉に俺とアルファは首を縦に振って了解の意を示す。


「まず、召喚術は既に使用されていますか?」


 召喚術とは誰もが生涯の内に一度だけ使うことのできる術式である。


 召喚術を使うと、使用者の生命力の質に応じて精霊や天使、悪魔と呼ばれる精神体の存在を異界から召喚し、相棒パートナーとすることができる。


 召喚された存在は召喚主に従い、共に行動してくれるようになるのだ。


 この召喚術、戦闘能力の向上などいいことづくめなのだが、正常に発動させるために必要なアイテムがかなり貴重で高額なのである。


 そのため、貴族や高位の冒険者はともかく、一般人はおいそれと召喚術を使うことができないのだ。


 まあ、その道具一式魔物育成キットの中に入っていた魔法の袋の中に全部入ってたんですけどね!しかも数十セット単位で!


 ちなみに、召喚術は厳密に言うと魔法とは微妙に異なるらしい。生命力の変換方法が違うとかうんたらかんたら……。取扱説明書『【賢】の書』には詳しく書いてあったのだが、正直俺もまだ理解しきれていない。


 俺も近いうちに召喚術を使ってみようと思ってはいる。しかし、今現在はまだ使ってない。


 俺は受付嬢のお姉さんの質問に否定の意を示した。


「いいえ。自分も彼女も使用したことはありません」


 水晶の形をした魔道具マジックアイテムは表面がスクリーンのようになっているらしく、受付嬢のお姉さんは手慣れた手つきで俺の回答を打ち込んだ。


「では、次の質問です。奴隷は所有していらっしゃいますか?」

「奴隷……ですか?」


 俺は予想していなかった質問に困惑した表情を浮かべてしまう。


「はい。冒険者の中には奴隷を購入し、荷物持ちなどの役割でクエストやダンジョンに連れていく人も多いのです。基本的に借金奴隷は奴隷側の合意がない限りクエストやダンジョンに同行できません。しかし、犯罪奴隷や返済の見込めない借金奴隷は合意を得ずに連れ出すことができます。あまり褒められたことではありませんが、予想外の魔物と遭遇した際、奴隷を囮にすることで九死に一生を得たという冒険者の話も聞いたことがありますよ」


 よく見ると冒険者ギルド内にも特徴的な刻印が首元等にある人が結構いる。きっと彼らが話に出てきた奴隷達なのだろう。


 そんな奴隷達の中には、武器や防具で身を整え、周りの冒険者と殆ど区別がつかない者もいれば、ガリガリに痩せたまだ十五にも満たないだろう者もいる。


 そんなろくに栄養も得られていないだろう子どもが、自分よりも大きい荷物を背負う光景は、思わず目を覆いたくなるようなものだ。


「奴隷といってもピンキリですからね。安価な奴隷も勿論いますので、意外と奴隷を連れていらっしゃる冒険者の方は多いのですよ」

「そう、なんですか……」


 思わず言葉に詰まってしまった。

 横を見ると、アルファの表情も少し険しくなっていた。


 そんな俺達に、今度は後ろからアレックスが声をかけてきた。


「二人の気持ちはよく分かるよ。僕も似たような感情を抱いた事があるし、今も良い事だとは思えない。でも、ここでは日常的に見る光景だ。早めに慣れておかないと、後々辛い思いをすることになる……」


 そう語るアレックスの表情は、さっきまで楽しげに色々と説明してくれた時と同じものでは決してなく、幾らか険しいものとなっていた。


 おそらく彼も、過去に色々とあったのだろう。


 よく見ると、受付嬢のお姉さんも少し不安気に俺達の方を見ていた。


 どうやら心配をかけてしまったようだ。


 奴隷が主人の代わりにクエスト中やダンジョン内で命を落とす。それはここではよく行われる行為なのだろう。


 自分の命を失ってしまっては何の意味も無い。そんなことは分かっている。


 だが、ほんの少し前までは孤独に苦しんでいた俺は、他者の命を自分の命のストックとして使うという行為に対して、肯定的になれそうになかった。



 その後、冒険者として活動する上での幾つかの注意事項を説明されたり、同意書の記入をしたりした。


 どの冒険者の評判が良くて、どの冒険者の評判が悪いといったような、受付嬢だからこそ分かる注意もしてくれて非常にためになった。


 沢山の質問をされたが、逆に分からない事をこちらから聞くこともあった。


 例えば、俺は仮にギルドカードを紛失した場合どうなるのかが気になったので質問した。


「もし、発行したギルドカードをなくしてしまった場合はどうすればいいのですか?」


 そんな俺の質問に対し、受付嬢のお姉さんは丁寧に解説してくれた。


「この水晶型の魔道具マジックアイテムは、冒険者の個人情報と魔力の波長をデータとして記録することができるのです。仮に紛失してしまったとしても、冒険者ギルドに訪れ、自分の登録情報を伝え、魔力の波長が無事一致すれば、ギルドカードを再発行することができます。ただし、再発行する場合はもう一度手数料として銀貨一枚がかかってしまうのでお気をつけください」


 との事らしい。


 そういったやり取りもあった結果かなり時間がかかってしまったのだが、俺達はようやくこの手に念願の冒険者ギルドのギルドカードを手にしていた。


「やったな、アルファ」

「はい!嬉しいです、ディロ!」


 ギルドカードを受け取った俺達は手を繋いでぴょんぴょんと二人で喜び合う。そんな俺達をアレックスと受付嬢のお姉さんは微笑ましそうに眺めていた。


「よかったね、二人とも。でもほら、後ろにまだ並んでいる人がいるから僕達はどかなきゃだよ」

「あ、すみませんでした」


 アレックスの注意にアルファが謝罪する。

 俺もアルファも、ようやくできたギルドカードにテンションが上がって、周りが見えていなかったようだ。


 俺たちは後ろに並ぶ冒険者に軽く頭を下げて、その場を去った。


 俺達が並び始めた時よりも大分人数が減ったからといって、後ろの人を待たせるのは忍びないので、俺達は素早くその場から立ち去りギルトの端の方へと退いた。


 俺が、用も無事済んだしこのまま冒険者ギルドを後にしようかと、アルファに提案しようとした丁度その時、アレックスが唐突にこの後の予定を聞いてきた。


「そうだ、二人とも。この後は何か予定はあるのかい?」

「ん?いや、ないが?」

「ならお昼を一緒に食べないか?折角の縁だし、ご馳走しよう」


 色々と話をして、ようやくギルドカードの作成が完了したのだが、気づけば昼時になってしまっていたようだ。



 ――ぐぅ〜〜。



 可愛い音が俺の耳に聞こえてきた。


 横を見ると、アルファが顔を真っ赤にしている。


 恥ずかしさで微妙に俯いているのがとても可愛いくてつい揶揄いたくなる。


 知ってるか?コイツこれで人造人間ホムンクルスなんだぜ?可愛すぎかよ。


 そんな調子のいい事を心の中で言っている俺もお腹が空いているのは確かなので、アレックスの言葉に甘えさせてもらおうと思う。


「有難い。よろしく頼む」


 こうして、俺達はなし崩し的にアレックスと昼食を取ることになった。


「はあ。バレちゃまずいのは分かるんだけどさ……何も喋らず静かにしてるのって退屈だよー」


 そして服の中からは、冒険者ギルドの中に入ってから会話に参加することができず、暇を持て余した妖精のとても退屈そうな声が聞こえてきたのだった。

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