第25話 勇者と食べる昼食

 俺達がアレックスに連れられてやってきたのは、冒険者ギルドの二階だった。


 どうやら二階はかなり広めの酒場になっているらしく、まだ昼間であるにも関わらず既にできあがっている人がチラホラと見られる。


 アレックスは俺達を窓際の席に座るよう促し、何品か適当に料理を注文した。


 出てきた料理は多少味付けが濃いめではあったがどれも美味しく、頼み過ぎではないかと思っていた料理もあっという間に完食してしまった。


 朝食が串焼き肉のみだったこともあり、腹が減っていたようだ。かなりがっついてしまった。それを見たアレックスには温かい眼差しを向けられ、俺とアルファ二人揃って顔を赤くすることになったのはご愛嬌だ。


 また、冒険者ギルドに入ってから全然会話することができず、ぶつぶつと文句を言っていたモアも、この酒場の料理をこっそり餌付けした途端大人しくなったので一安心である。



 食事も一段落ついたので、折角の縁ということで交流を深めるべく、俺の方から適当な話をアレックスに振ってみることにした。


「そういや、アレックスはもうこの街に来て長いのか?」


 アレックスは、初めて無駄話を振ってきた俺に一瞬驚いた後、直ぐに口を開いた。


「いいや、僕と仲間達は最近この街に来たばかりだ。それにしても、君達は雰囲気的になるべく他人と深く関わらないようにしているのかと思っていたんだけどね……。こうやって雑談を振ってくれるようになったということは、僕は少しは気を許されたって思っていいのかな?」


 アレックスはそう言ってきたので、俺は自分の思う悪そうな笑みを努めて浮かべながら――。


「こうやって一緒に飯を囲ってる時点で今更だろう?」


 と、返したやった。


 正直な話をしてしまえば、完全に信用したわけではない。彼とはまだ出会って間もないし、なにより勇者だ。俺からすれば完全に気を許すことの方が難しい。


 だが、それでもアレックスは一人の人間としてはある程度信用できると思ったのも事実だ。


 言うなれば、ある程度信用はしているが信頼はしていない。そんな感じだ。


 そんな俺を見たアレックスは、「それもそうだね」と言ってケラケラと笑った。最初に言葉を交わした時よりも砕けた雰囲気になっているので、彼との距離も少しは縮まったかもしれない。


 俺は変に気恥ずかしくなり、「で、何処を拠点にして冒険者業やってたんだよ」と振って話を逸らした。


「帝都だよ。僕達は帝都ヴァレシナを拠点に冒険者をしている」


 帝都ヴァレシナ。


 大陸一の大国ガスマン帝国の首都である。血筋、名声、商才など、優れた能力を持つと認められた者しか暮らすことは許されない。


 世界中の物が集まり、世界中の人が訪れる。


 まさに、世界の中心と呼ぶに相応しい都市。


 その威光は、当時ただの魔族でしかなかった俺にもしっかりと届いたほどだ。


 そんな街を拠点にできる冒険者もまた一流のみ。


 俺は予想していなかった答えに驚き、一瞬呆けた顔をしてしまった。


 まあ、現役のAランク冒険者らしいし、そこまで昇格できればそんなものなのだろうか……?


「それはすごいな……。だけど、その帝都を出てきてまでこの街に来たある目的っていうのは一体なんなんだ?」

「それは……。うん、その話をする前に迷宮について少し話をしよう。君達二人には、ダンジョンには等級があるという話をさっきしたと思う。その冒険者ギルドが独自にランク付けした等級について、詳しく知っているかい?」


 俺は取扱説明書『【賢】の書』の情報や耳に入ってきた噂で階級があることは知っていたが、詳しくは知らないので首を横に振る。


「ダンジョンの等級は八種類存在する。

 小規模で危険な魔物も少ない新人冒険者向けの――【下等級】

 迷宮が発生してからある程度時間が経ち規模や出現する魔物のランクが上がると認定される――【中等級】

 内部がさらに複雑化し中堅からベテラン冒険者による攻略が主になる――【上等級】

 実力のある冒険者でも気を緩めれば死に繋がる――【難関級】

 一流の冒険者しか挑むことすら許されないと認知されたら与えられる――【不落級】

 あまりにも強大な力を持つため国家規模で対策を講じる必要がある――【天上級】

 一国家による対応ですら不十分とされる大陸中に数多ある迷宮の中で極一部が呼ばれる――【幻想級】

 大陸内にたった五つしか存在しない何者にも攻略不可能とされるほどの大迷宮――【伝説級】」


 それを聞いた俺は今自分が暮らしている迷宮の等級はいくつなんだろうな、なんてことを思わず考えてしまった。

 まあ、当然そんなことを口に出すにはいかないわけだが。


 やはりたった五階層というあの規模ならば、【下等級】が妥当だろうか。いや、小国とはいえ一応一国の軍を壊滅させたのだ。もしかすると【上等級】くらいまでは上がっているかもしれない。


「【天上級】の一部や【幻想級】のような大迷宮の迷宮主である魔王達は一般に大魔王と呼ばれるんだ。

 そして、その中でも大陸にたった五つしか存在しない【伝説級】の大魔王は『五大王』と呼ばれる。



『最凶』、『女帝』、『海王』、『武神』、『厄災』。



 彼らがダンジョンに暮らしている全ての魔族の頂点と呼ばれる者達だ」


 魔族の頂点。


 その言葉を聞いて、俺は思わず体が震えるのを感じた。


 昔からずっと憧れきた大魔王という存在。


 魔王となった俺は少しはその存在に近づけただろうか。


「そんな八種類の等級があるダンジョンだけど、あまりにも攻略が困難だと思われる難易度の迷宮や、世界的に大きな影響をもたらした迷宮には二つ名が与えられるんだ。

 五大王の一人、『最凶』ゼラータ・カタストロフが統べる"深淵"の迷宮が良い例だね」


 俺が頷き返すのを見てアレックスは言葉を続ける。


「そして僕と仲間達がこの街に来た目的というのは――」


 アレックスは、そこまで口にしたところでその先の言葉を詰まらせた。



「あー!やっと見つけたわよ!アレックス、ここにいたのね!!」


 なぜなら、この酒場という環境にはあまりにも場違いな、可憐な少女の声が響き渡ったからだ。


 俺達の前に現れたのは亜麻色の髪をサイドテールにしてローブを着た少女。年のころは十六から十七程度だと思われる。


「おい!リタ待てって!大事な話してるかもしんねえじゃねえか!」

「……リタ……さすがにそれはない……もっと空気を読むべき……」


 その少女に続くようにやってきたのは大柄で筋骨隆々な黒髪を角刈りにした大男と、幼女と言っても差し支えない程に小柄な薄水色の髪をショートカットにした少女。


 ちらりとアレックスの様子を見ると、彼は苦笑を浮かべていた。


「紹介するよ。この騒がしい奴らが僕の仲間達だ」


 アレックスは、浮かべた苦笑をそのままにそう言った。


「ちょっと!その紹介だと私たちが変な奴みたいじゃないのよ!」

「……ん。……あの登場の仕方じゃそう思われても仕方ない……」

「おーう、俺はこいつらと違って極めて常識的だからな?」


 アレックスの仲間達は彼の言葉に三者三様の反応を示した。彼女達のことはよく知らないが、うちの魔物達に負けず劣らずキャラが濃そうな人達だなんて感想を抱いてしまったのはしょうがないことだったと思う。


 アレックスは彼女達の言葉を無視して紹介を続ける。全く動じていないところを見るに、もしかするといつもの光景なのかもしれない。


「このサイドテールのうるさいのがうちの後衛担当の魔法使いリタ」

「何よ……その紹介。改めてはじめまして。リタよ。よろしくね」


 俺とアルファはアレックスのパーティーの魔法使いリタと握手を交わした。アルファほどではないがかなり整った顔立ちをしている。


「次に角刈りのゴツいのがタイガ・トドロキ。うちの前衛で武闘家だよ。彼は東方の大和之国出身なんだ」

「よろしくな!タイガって呼んでくれ!」


 俺達は武闘家タイガとも握手を交わす。タイガの体は俺よりも二回り以上も大きく、先ほど知り合ったSランク冒険者ドミニク・ビューローにも負けていない。


「そんでこのチンマリしたのが斥候のミーシャ。幼く見えるのはホビットの種族的な特性で、これでもパーティー最年長者なんだ」

「……チンマリ言うな。……あと……レディに年の話をしてはいけない……。……アレックスはモテるけど常識がなってない……まだまだガキ……」


 最後に俺のへその辺りまでの背丈しかないミーシャとも握手を交わした。俺は第一印象でてっきり彼女を無口なタイプの女の子だと思っていたのだが、様子を見るにどうやら割と饒舌らしい。


 ちなみに、ホビットとは人間種族の一種だ。ドワーフとエルフの混血から派生した種族と言われていて、エルフほどではないものの尖った耳と、ドワーフよりは細身だが小柄な身体を持つ。

 俺もホビットと出会ったのは初めてなので詳しくは知らないが、ほとんどのホビットは小さな体でエルフに近い顔立ちである為、幼い印象を受けるのだという。


「それで彼らがディロとアルファ。今日から冒険者になるってことだったからどうせ非番だったしギルド内を案内して色々と説明してたんだよ」

「ディロです。よろしくお願いします」

「アルファです。アレックスさんにはお世話になりました」


 俺達は軽く頭を下げてアレックスのパーティーメンバーに自己紹介をした。


 その後軽く話したのだが、全員砕けた口調で良いとのことだったのでそうさせてもらうこととなった。


 皆気のいい人達で良かったのだが、アレックスがパーティーメンバーに「貴方って非番の意味わかってるのかしら……」とか「まーた勇者病が発病したのか」などと言われていたのが気になった。もしかすると、彼はいつもこんな風に困っている人を見かけたら助けているのかもしれない。


 思った通り、かなり高い人間性を持っているようだ。まあ爽やかイケイケフェイスはムカつくが。



「それで、さっきまでは何を話していたのよ?」


 互いの自己紹介がある程度終わったところでサイドテールの魔法使いリタがそう問いかけた。


「ああ、僕達が何でこの街に来たのかっていう話をね。おっと、そうだ。結局まだ僕達がこの街に来た理由を言えてなかったな」


 俺は何故かこの時、途轍もなく嫌な予感がした。


「僕達の目標はねーー」


 そして直ぐに、その嫌な予感の正体を知ることとなる。


「大陸中の魔王を討伐することだ。僕達は四人全員が特殊な権能を与えられた勇者。人より大きな力があるからこそ、僕達はより多くの魔王を討伐して世界を更なる平和へと導く義務があると思ってる。いずれ攻略不可能と言われている【伝説級】の大迷宮も攻略して、かの五大王も打倒して見せるつもりだ」


 彼はさも当たり前のように淡々とそう語った。その時の表情は、堂々としていて、まるで自分が正義だと疑っていないようだった。


「そしてこの街に来た目的だけどねーー」


 俺の嫌な予感ますます強くなった。思わず息をのみ、拳を強く握ってしまった。




「ーーー"殲滅"の迷宮。最近新たに発見されたばかりの小さなダンジョンにもかかわらず、ガルプテン王国軍の精鋭部隊を壊滅させ、竜殺しの英雄ヴォルフガング・ナルディエッロを討ち取ったことで【不落級】の等級と二つ名を与えられた迷宮。その迷宮を攻略することが僕たちがこの街に来た目的だよ」




 俺は、"勇者"アレキサンダーのその発言を聞いて、背中に嫌な汗が流れ落ちるのを感じざるを得なかった。

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