第31話 偶然の救出

 謎の少女パーモとの遭遇の後、少しだけ休憩を取った俺達だったが、その後は特に何事もなく無事ルクハレの門へとたどり着くことができた。


 結局あの少女のことは何も分からなかった。しかし、彼女とはまたどこかで必ず会うことになる……そんな気がするのだ。追々分かることもあるだろう。


「ここまで戻ってきましたね!」

「ああ。たった二日半しか経っていないはずなのに何だか久しぶりに感じるよな」


 たった二日半、されど二日半。


 このルクハレで過ごした時間は、本当に濃密なものだった。


 S級冒険者や勇者と出会い、アルファと恋人になり、謎の少女に遭遇した。


 改めて並べてみると内容濃すぎないか……?うん。


 まあ、でも……。


「楽しかったですよね!」


 ああ、その通りだ。


「おう、楽しかったな!」


 本当に色々なことがあったが、とても楽しかった。そして良い思い出になった。


「またこうやって外の街に遊びに来たいですね」

「はは、そうだな。だけど、どうやらこれから忙しくなりそうだからさ、落ち着いたらまた来ような」

「絶対ですよ!私楽しみにしてますから!」


 そんな和やかな会話を交わしているうちに、門番の元へと通される番になった。


 そしてモアはやけに静かだなと思っていたら、服の中で「王様とアルファ様、恋人になってから前にも増してラブラブすぎるよ……!どうしよう!わたしが会話に入る隙が全然ないんだけど……!?」とブツブツ呟いていた。最近ずっとこんな調子で流石に可哀そうに思えてきたので、俺はもう少しかまってあげなくてはなと心の中で思ったのだった。



「ようし!次のやつ……って、あん時の兄ちゃんと嬢ちゃんじゃねえか!」

「本当じゃねえか!また会ったな!」


 俺達は門番の元へと通されたのだが、なんと、今回の担当も街に入った時の担当と同じ男二人だったのだ。


 このルクハレでは、街へ入る人と出る人は同じ門でも別の場所で審査される。そして、門番の配属場所は固定ではなくローテーションらしいので、再び彼らと出会ったのは本当に偶然なのであった。


 全く、奇妙な偶然もあったものである。


「そうだ、冒険者ギルドでギルドカードは発行し直せたのか?」

「……ああ!はい。無事発行できましたよ」

「おお!良かったな!」


 そういえば、街へ入る際はギルドカードを紛失したという設定で入ったんだったな。元々知り合いでも何でもない俺達のそんな事情をちゃんと覚えていてくれているなんて、もしかすると彼らはかなりお人好しなのかもしれない。


 ……まあ、アルファが美人だったから覚えていたという可能性も否めないが……。


 いや、よく考えたらその可能性が高いように思えてきたぞ!この助平め!


「なんかいわれのないことで罵られた気がするぞ?」


 勘のいいオッサンは嫌いだよ!


 いや、マジで勘のいいオッサンとか何の需要があるんだ?


 俺はそんなしょうもないことを考えていたわけだが、彼らは仕事中。折角だしもう少し話していきたい気もするがそういうわけにもいかない。なので、最後に軽く挨拶をして門を抜けようとしたのだが、彼らに引き留められた。



「ああ、そうだ。俺も人づてに聞いた話なんだが、どうやらこの近辺に"A"ランクの魔物フォレストドラゴンが出ているらしい。今もSランクパーティー『屈強な牙』を中心に冒険者達が探しているようだが、まだ見つかっていないんだとよ。街から出るんだったら兄ちゃん達も気をつけな。



 そして、門番の男にそう忠告されたのだった。



 ◆◇◆◇◆



 二人の門番と別れた後、特にこれといった問題はなく俺達は順調にダンジョンまでの道を進んでいた。


 もしかすると、時間的にダンジョンに辿り着く前に日が暮れ始めてしまうかもしれないが、視界が悪くなったとしてもデモンウルフであるツヴァイ達には関係ない。デモンウルフは夜目がきくのだ。そもそもそれが障害になるとすれば、行きはルクハレまで間違いなく辿り着けていなかったことだろう。


「王様!アルファ様!早く着かないかな!みんな元気だよね!?早く会いたいなあ!」


 モアはかなりテンションが上がっているようで、ご機嫌そうに飛んでいる。三十センチほどの手のひらサイズの妖精が嬉しそうに飛び回る姿は何とも可愛らしいが、かなり遅めとはいえデモンウルフに難なく並走できてしまっていることには恐ろしさを感じてしまう。


「モアちゃん嬉しそうですね!」


 そしてアルファはそんなモアの姿をニコニコしながら眺めている。


 だが、ついご機嫌になってしまうモアの気持ちも分からないでもない。会っていない期間は精々三日~四日というところだが、俺も魔物達に会えることにとてもワクワクしているからだ。


 早くダンジョンに着かないだろうかと三人で話していると、不意に森が揺れた。


 ーーバサバサバサッ!


 そして、森で暮らしている鳥が一斉に飛び立った。


 何事だろうかと、鳥が逃げてきた振動の中心の方を見ているとーー。



「キャアアアアアアアアアアア!!」



 女の子のものと思われる叫び声が聞こえた。


 間違いなく"何か"がいるのは明確だ。


 ここまで俺達はダンジョン外で野生化している魔物にはできるだけ関わらないように避けてきた。どうしようもなく戦闘に発展してしまったこともあったが、それは本当に必要最低限だ。それは余計な時間をかけないようにするためという理由ももちろんあるが、理由はそれだけではない。彼らはそのままルクハレから俺達のダンジョンを目指す冒険者を止める防波堤となりうるからだ。


 今も同じように余計な接触を避けるように動くことは当然できる。しかし、ここで見て見ぬふりをするのは流石に心が痛む。


 もしも助けた末に敵対することになったとしても、その時はその時で考えれば良い。


「叫び声がした方に行ってみるぞ!」


 俺がそう言うと、二人は元気に返事をしてくれた。


「了解です!」

「わかったよ!」


 そうして俺達が叫び声のする方向に駆けた先で見たのは、木々をなぎ倒す亀のような姿をした巨大な竜が馬を丸呑みする姿だった。



 ◆◇◆◇◆




 フォレストドラゴンは強力な魔物として真っ先に挙げられるであろうドラゴン系統の魔物である。


 竜ではあるが翼を持たず、空を飛ぶことはできない。亀に近い見た目をしていて、背中部分に複数の木を生やしている。


 大きさは巨大で、力がとても強いが、足は遅い。また、皮膚が非常に硬いため生半可な武器では歯が立たない。


 食性は肉食だが狩りをすることはない。基本的に地中に背中部分だけを外に出して潜っており、森の木々に擬態している。そして、何も知らずにやってきた獲物を強靭な顎で嚙み潰してそのまま丸呑みする。


 自身の栄養を背中に生やす木々の養分として分け与えているため、栄養失調に陥ると背中の木々は枯れてしまう。


 発見しにくさも含めてフォレストドラゴンは非常に危険な魔物の一種であるので、森の中で微妙に丘のように盛り上がっている場所を見つけたら近づかないように注意しよう。




 魔物育成キット取扱説明書 『【生】の書』

『フォレストドラゴンの生態』より抜粋―――。




 ◆◇◆◇◆



 門番から忠告を受けたフォレストドラゴンと思われる竜と対峙しているのは身なりの良い裕福そうな男と冒険者と思われる男、そして馬車に設置された檻の中にいる少女三人の計五人だ。


 冒険者は三人組だったと思われる。内一人はフォレストドラゴンの足元でミンチになっていて、もう一人は粉々になって地面に散らばっている武具の様子から察するにフォレストドラゴンの腹の中だろう。


 檻の中の少女は一人がエルフ、一人がドワーフ、一人が獣人だ。ドワーフと獣人の少女は檻の隅で縮こまり、その二人を守るようにエルフの少女が立っている。エルフの少女は三人の中で最も背が高く、多少大人びて見えるため三人の中では年長者なのかもしれない。しかし、ガタガタと震える様子から推察するに、相当な恐怖に襲われているに違いない。にもかかわらず、自分ではなく他者を守るために立っているのだ。エルフの少女の勇敢さが伺える。


 そして三人の少女に共通していることだが、多少場所は違えど特徴的な刻印が刻まれている。奴隷の刻印だ。身なりの良い服を着た男の様子と、少女達を囲う檻の様子から察するに奴隷を輸送中の奴隷商人だろう。移動時間を短縮するために道ではなく森を抜けていたら、運悪くフォレストドラゴンと遭遇してしまったといったところだろうか。


 その状況を把握した俺は、この帰り道で魔法で助けるべき相手を絞り込む。


 俺がその魔法を使うと、五人の心臓部分が光り輝いた。しかし、五人それぞれ色が違う。奴隷商人は黒、冒険者は赤、エルフの少女は水色、獣人の少女は薄い桃色、ドワーフの少女は白に近い黄色だ。


「王様!さっそく使ったんだね!」


 俺がこの魔法を作る過程を実際に見ていたモアは使ったのが分かったようだ。


 救うべき相手を判別し、戦闘態勢に入り今か今かと待ち構えているアルファとモアに指示を出そうとした丁度その時ーー。


「うわああああああああああああ!」


 最後に残った冒険者が食べられてしまった。


 しかし、問題はない。のだから。


 冒険者が全滅してしまった後、次の狙いに定められた奴隷商人は自らの糞尿をまき散らしながら必死に後ずさる。


 おっと、奴隷商人と目が合ってしまった。


 漸く俺達の存在に気づいた奴隷商人は、俺達がデモンウルフというフォレストドラゴンにも匹敵する凶悪な魔物に乗っていることにも気づかず必死に懇願する。


「そ、そこの方!お、お礼ならいくらでもします!だから助けてくださああああああああああ!」


 だが、残念。お前も不合格だ。


 奴隷商人は懇願虚しく噛み潰され、フォレストドラゴンの腹の中へと消えていった。


「うげえ、ばっちいなあ。もう」

「正直、見てて心地の良いものではありませんね」


 中々にグロテスクな光景だが、俺はもちろんアルファもモアも人の死に様など既に見慣れている。


 残酷?非道?もちろん今の俺の行いが非人道的な行為であることは自覚している。だが、何と言われようと俺にとっては仲間達に余計なリスクを背負わせない事が最も大事だ。


「残りの少女三人は助ける!アルファ!俺が強化付与するから突っ込め!モアはアルファを援護してくれ!」


 そして俺はここで漸く指示を出した。


「了解です!」

「おっけー!王様!待ちくたびれたよ!」


 俺は魔法を唱える。


「《筋力強化パワーエンハンス》、《俊敏強化スピードエンハンス》、《体力強化スタミナエンハンス》、《防御ディフェンス強化エンハンス》」


 俺が適正を持つ【光】系統の強化魔法だ。強化魔法は存在しないものを具現化するわけではないので、消費する魔力量は意外に少ない。


 今の俺は以前より少し魔力量が増加している。相変わらず大規模な魔法を行使することはできないが、これくらいならば俺でも可能だ。


 俺の強化魔法を受けたアルファはフォレストドラゴンに向かって走る。


 その様子を見たフォレストドラゴンは向かってくるアルファをそのまま喰らってしまおうとその大きな口を開いた。


「わたしも王様に続くよ!いけえー!《火球ファイアーボール》!《風刃ウインドブレイド》!」


 だが、大きく開いた口の中にモアの魔法が炸裂。


「グオオオオオオオオオオオ!」


 苦しんでいるうちにアルファがフォレストドラゴンの元まで辿り着いた。


 チェックメイトだ。


「はあああああああああ!」



 ーーズガアアアアアン!!



 アルファが思い切り振るった拳がフォレストドラゴンの頭部を粉砕。


 フォレストドラゴンはそのまま息絶えたのだった。



 ◆◇◆◇◆



 無事フォレストドラゴンを討伐した俺達はハイタッチを交わす。


「「「イエーイ!」」」


 そんなことをしている場合かって?うるせえ。


 箱庭の中で練習はしていたが、実践で上手くいくかは分からなかったんだ!少しくらい喜んでもいいだろう!?


 だが、並みの武器では歯が立たないはずのフォレストドラゴンをワンパンとは……。アルファ……強化魔法をかけていたとは言っても恐ろしい子!


 俺はアルファだけは絶対に怒らせないようにしようと改めて心に誓い直した。


 さて、奴隷少女達を解放するとしようか。


 そう思い、奴隷少女達の方を見ると酷い有様だった。恐怖から液体という液体が体中から出てしまっており、ドワーフと獣人の少女は失神してしまっている。唯一意識を保っているエルフの少女も腰を抜かし、ガタガタと震えが止まらないようだ。


 ……ふむ。万が一のために彼女達の守護にデモンウルフを配置したのがいけなかったのだろうか……?


「グルルルルル……」


 あー……うん。


 ………………いや、悪気はなかったんだよ?でもさ?折角の機会だし俺も戦い参加してみたいじゃん?この前のガルプテン王国戦の時はそういうわけにもいかなかったし?そうなると彼女達の護衛はツヴァイ達が確実だったというかー。うん。…………本っ当に申し訳ございませんでしたぁ!!


「お、お前達は、な、何者だ!」


 ガタガタと震えながらも声を張り上げるエルフの少女。その様子を見ると心の底から申し訳なさが溢れてくる。


 これ誰が見ても完全に俺達が悪者じゃね?


 違いますよ、皆さん。俺達は彼女達を救ったんですよ。え?そうは見えないって?くそがっ!


 俺はエルフの少女をこれ以上怖がらせないようにとアルファに指示を出す。


 アルファはそれにコクリとうなずくと、その端正な顔でまるで救いの女神のような笑みを浮かべた。


 お、エルフの少女の震えがほんの少しだけ弱まった。


 いいぞ、アルファ!


 そしてそのまま彼女達を囲う鉄の檻をグニッっとこじ開けた。


 エルフの少女は気絶した。


 ちょーっと!?何してんの!?そりゃあ怖いよね!華奢な女の子が鉄グニッは怖いよね!


 いや、まあさ?彼女達を檻から出すためにこじ開けるのは必須だったんだけどね?でも今じゃなくない?


 ちなみに、どうしようとオロオロしているアルファの様子を見るに、素でやってしまったやつらしい。



 結果として、失神している女の子三人という予定外のお土産の追加にペースダウンを余儀なくされ、ダンジョンへと辿り着くのは想定より大幅に遅くなってしまった。


 ごく普通の女の子というのは、俺達にとってAランクのドラゴンなんかよりもよっぽど強敵であることを思い知らされることになったのであった。

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