第27話 結論
紅白戦が終わり、ダウンを行っていた優吾のところに、パオロとジャックがやって来た。
「ユウゴ、おめでとう。君は合格だ」
出し抜けに優吾はパオロからそう言われて少し狐につままれた気分だった。
とにかく今日はマッチアップした正富にやられてばかりで、前半の最後にようやく一対一に勝ってミドルレンジのシュートを撃っただけで後半は交代となり、そこで優吾の出番は終わってしまったからだ。
「ありがとう、でも」
「でも、なんだい?」
パオロは優しい目で訊き返した。
「正富さんに今日は一度しか勝てませんでした。得点もできなかったし、後半はベンチに下げられたし」
優吾は自分に不満そうな顔をした。
「君は今日の自分の出来に不満なのかい? 驚いたね」
「どういうことですか?」
「どうもこうも。君とマッチアップしていたのは誰だい?」
パオロは少し回りくどい人のようだった。
「正富さんですけど」
「そうだよ! ユウゴ! 君が相手をしていたのはワールドクラスのセンターバックなんだよ、それを分かってて言っているのかい?」
正富が凄いとは思っていた。その通り今日は通用しなかったが、パオロの見立ては少し違って優吾は世界でもトップクラスのセンターバックと競り合って一度とはいえ一対一を制した凄いストライカー、という事だ。
「君はボディーバランスがいいし、とにかく走るのも脚を振り抜くスピードも速い。ポストに当たったミドルシュートへの一連の流れには鳥肌が立ったよ」
「では後半下げられたのはどうして」
「今日の紅白戦は君のテスト目的だけで行った訳ではない。ユースチームから今日は3人来ていたし、他の選手たちだってレギュラーを誰かに確約したわけではないからね。彼らもまた闘っているんだ」
ジャックが口を挟んだ。
「パオロ、ユウゴに良い評価をしてくれてありがとう。しかし電話でも言った通り、ユウゴにはフィレンツェの可能性もあるんだ。少し時間をくれないか」
「ジャック。市場はもう直ぐ閉まる。僕たちもそれほど悠長に構えてはいられないんだよ。できれば今すぐにでも答えが欲しいくらいなんだ。それは分かってくれるかい?」
「もちろんだとも。しかしユウゴが決めることだ。せめて明日いっぱい時間が欲しい」
ジャックの中では年棒にかかわる駆け引きの一部という思惑もあったのだが、フィレンツェでの「合格」の意味合いが今一つ確証のあるものではなかったため、確認する時間が欲しかったのだ。
「わかったよ。回答は明日の正午までにして欲しい。それ以上はダメだ」
「分かった。その通りにするよ。明日正午までに連絡がない場合は」
「ない場合は?」
「フィレンツェにしたということでいいか?」
「いいだろう。ユウゴもよく考えてくれ。僕は君には誠意は見せたからな」
「パオロ、ありがとう」
ユウゴもそう答えた。
◇ ◇ ◇ ◇
スポルティーボ・ボローニャの練習場を去る時、正富がジャックの車までやって来た。
「畜生、最後の最後で一対一で負けちまったな。結構ハードに当たったけど、卯月君はなんだか岩みたいで(笑)」
「そんな、さすが正富さんですよ。もう少しやれると思ったんですけどね。シュートも外したし」
「ところでパオロからなんて言われたんだい?」
正富は興味津々に訊いてきた。
「ワールドクラスのセンターバックに一度でも勝ったんだから自信持てって言われましたよ」
相好が崩れる正富。
「じゃあ、合格したってこと?」
「はい。合格を頂きました」
「やったじゃん! じゃあ一緒にプレーできるんだ。俺たち」
「実はまだ答えは保留してるんですよ」
済まなそうに優吾は小声で答えた。
「えー、どうして? 一緒にやろうぜ?」
優吾は真剣な眼差しで、
「せっかく二つのチームから合格を頂いたんですよ。正富さんとは違って僕は日本での実績もないし、日本代表の選考リストに載ったこともない。これがどれだけ飛び上がって喜びたい事か分かってもらえると思います」
正富は頷いた。
「だからこの贅沢な事件を、ちょっと噛み締めたいんです」
「なるほど。わかったよ。いつまでに返事をしなければならないんだ?」
「明日の正午まで、ってパオロは言ってました」
「そうか。良い決断をして欲しいな。もちろんボローニャで同じピッチに立ちたいと思ってるよ」
「ありがとうございます!」
優吾がそう言うと、正富は、ミーティングがあるんで、と言って去って行った。
シュコダ・オクタービアのラゲッジルームに荷物を載せると、ジャックと優吾はボローニャ市内に向かって走り出した。
「今日はさすがにこのままパリまで帰る気力はないよ。それに腹が減ったな。一旦ボローニャ市内で食事をしよう」
「ねえジャック、テストの結果の事なんだけどさ」
ジャックの言葉には反応せず、優吾は考えていたことを話し始めた。
「もう、心は決まっているんだろう? それで、どっちなんだ?」
「僕はフィレンツェに入ろうと思う」
ジャックはやっぱり、といった顔をした。
「オレの洞察力が合っているかどうか、一応その理由を聞きたいんだがね」
「まずはフランシスの存在がでかい。やっぱり彼と一緒にプレーできるのは僕の将来にとっては絶対にプラスになると思う」
「まあ、そうだな。しかし時間は有限だ。フランシスもじき四十歳になる。
「それから、」
そう発してから、優吾は少し躊躇うような間を取った。
「それから、僕は正富さんとはチームメイトではなくて敵として対戦してみたいと思った。今日はコテンパンにやっつけられたからね」
それを聞いてジャックは安堵した。
「じゃあ、フィリップスに電話を入れよう。昨日は『合格』と言われたが……」
「信用できないんだろう? 今すぐ電話をしてよ」
「そうだな。食事の前にケリを付けよう」
運転をしながら、ジャックはハンズフリーモードでフィリップスに電話を掛けた。
「やあ、ジャック。フィリップスだ」
「フィリップス、昨日の合格通知はまだ有効だろうね?」
「どうしたジャック。まさかボローニャに落とされたのか」
「いや、ボローニャにも合格をもらったばかりだ」
「もちろん、ユウゴの合格は有効だ。こっちはもう契約書を作り終えている」
フィリップスの声はもちろん優吾にも聞こえている。
優吾は拳を突き上げて「やった!」と大声を上げた。
「なんだ、一緒にいるのか。ユウゴ、おめでとう。明日こちらに来れるかい?」
「もちろんです。何時に伺えば?」
「昼までに来ると良い。一緒に
「分かりました。でも朝一番でお伺いします。ボローニャに断りを入れるのは昼がタイムリミットなので」
「そうか。じゃあな。明日を楽しみにしているぞ」
フィリップスはそう言うと電話を切った。
「問題は契約の内容だが、あのオッさんがこっちの要求を丸々呑んだとは思えない。しかし、契約書が届くまではともかく食事を楽しもう」
やがて二人を乗せたシュコダ・オクタービアはフィリップスから紹介してもらったリストランテの前に停まった。
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