第16話 代官町パニック
優吾は、京成上野本線を船橋駅でJR総武緩行線に乗り換え、本八幡駅で都営新宿線に乗り換えて九段下駅までやって来た。
ジャックが投宿しているグランドパレスホテルまでは歩いて三、四分だ。
グランドパレスのラウンジで待つように、とジャックからSMSがさっき届いてたのでレセプション付近の「THE PALACE LOUNGE」の一角に座ると、直ぐにホールスタッフの女性が来てメニューを置いて行った。
「えっ、なんだよこれ」
優吾はラウンジはタダでは座れないことと、メニューを見てびっくりした。
「コーヒーがどうやったら1,400円にもなるんだ?」
場所柄、その値段は不思議でもないのだが優吾はこういった場所にはあまり縁がなく、プロのサッカー選手と言っても2部リーグの控え選手である。
浮ついたことができるほどの年棒はもらっていない。
仕方なく、オリジナルブレンドコーヒーを頼んだ。
「マックならまあまあ腹一杯食べれるじゃん」
やがて恭しく提供された1,400円のコーヒーを前にして毒づく優吾。
やがてロビーの奥からジャックが歩いてきた。
白いリネンの上下に、ビビッドな赤い開襟シャツを着ている。
日本人には真似のできないセンスだ。しかしハッキリ言ってよく似合っている。
「さて、何から話せば良いかな」
ジャックはそう切り出した。
「先にアンタが気にしていることをまず話そうと思う」
優吾は躊躇いなく言った。
「アンタがフランスで会ったのは、オレの腹違いの兄なんだ」
ジャックにとってはそれは合点がいく話だった。よく顔が似ているし、優吾の母、千穂が嘘をついたのも分かる。
また同時に違う疑問がいくつも浮かんでくる。
何を訊いてよいか逡巡していると優吾は、
「名前はもう知っていると思うけど、中嶋啓吾という。元東京ブリッツのアタッカーだよ。オレの親父はアマチュアの川島製鉄のミッドフィールダーだったんだ。その後プロ化したガビアータからドイツへ行った。啓吾はその時オレの母さんと結婚する前に違う女の人との間にできた子なんだ」
なるほど、とジャックは頷いた。
「オヤジはオレが16歳の時に事故で亡くなった。啓吾が自分の腹違いの兄だと知ったのはその時だった。啓吾は既にプロ選手としてデビューして得点も取ってたから、もちろん知っていた。その啓吾からオヤジの葬儀で声を掛けられたんだ」
「君の親父さんは、相当優秀な選手だったんだろうな。二人もプロ選手の子供を授かるなんて」
「止してくれよ。オレはまだ半人前で結果なんてほとんど出していない」
「そんなことはないさ。ポテンシャルと実績は別の事だぞ? しかし、そのケイゴが何故?」
「一昨年のシーズン中にケガをしたんだ。左脚十字靭帯断裂、全治六か月。手術もした。でもウチの雅志さんみたいにパフォーマンスが戻らなかった。ちょうど一年前くらいに、啓吾はみんなの前から消えたんだ」
「マサシは、ガビアータにいたマサシ・フワのことだな?」
「ああ、そうだよ」
「ケイゴの事は正直オレは知らなかった。だけどマサシの事は知っているぞ。ロンドン五輪でスペインに勝ったチームの立役者だ。フランスのチームもマークしていたからな。あのケガは残念だった」
「オヤジの葬儀のあと、啓吾とオレは本当の兄弟になった。普通に電話でいろいろと話をしていたし、メシも一緒に何度も食ったよ。ウチにも遊びきていた。母さんは複雑な気持ちだったみたいだけど」
「それで、ブリッツを辞めた後、ケイゴは何をしていたんだ?」
「分からない。俺にも、母さんにも何も告げずに啓吾は居なくなったんだ。再会したのがあの事件の日さ」
「そうだったのか。なあ、このことをヴァンサンに話してもいいかい?」
「ああ。母さんはこれ以上面倒に巻き込まれたくないから言うな、って言っていたけど、ひょっとしたら啓吾のせいで何人も亡くなったって聞いたらそれは間違いだって思ったし、今は母さんも考え直してくれている」
ジャックは優吾の瞳の中をじっと見つめたまま、
「よく話してくれたな。ありがとう、ユウゴ」
そう礼を言った。
「オレ、アンタに付いて行くよ。あとあの刑事さんにもできるだけ協力したい」
「分かった。これからヴァンサンをここに呼んでもいいか?」
「ああ、もちろんさ。でもオレは今日このまま警視庁に行って事情聴取をされるんだ」
優吾はそう言ったが、
「なあに、時間は取らせないさ」
とジャックが言うと、がっしりとした体躯を揺らせながらヴァンサンが向こうから歩いてくるのが見えた。
「なんだよ、もう話はついていたって事か」
優吾は苦笑しながらそう言った。
「さあ、ここを出よう。警視庁までは皇居を跨いだ丁度反対側だ。三人で話しながら歩いたらいい」
外は曇っていたが、湿度は高く蒸し暑い。優吾はヴァンサンの提案には少し戸惑ったが快諾した。
「そうだね。歩くのも悪くない」
優吾は立ち上がり、コーヒーの伝票を探したがもうなかった。
「部屋に付けておいたから大丈夫だ」
ジャックは段取りがよい。
「あ、ありがとう」
「なに、気にするな。後でしっかり稼いでもらうからな」
そう言ってジャックはウィンクをした。
三人は連れ立ってホテルを出て、南に向かった。
田安門から北の丸公園に入り、武道館を右手に見ながら歩いて行くと、代官町通にぶつかった。
すると、首都高速の代官町出口あたりで黒いランドクルーザーが3台、いきなり道をふさぐようにして停まり、それぞれの車から3人ずつ、AK-47と思しき自動小銃を提げて降りてきて、いきなり発砲を始めた。
瞬時に動いたのはヴァンサンだった。
「ユウゴはその植え込みに入って伏せるんだ! ジャック! 君はあの車のフロントタイヤを背にして隠れていろ! エンジンブロックが守ってくれるはずだ。ドアは簡単に銃撃で貫通するからな!」
二人に指示を出し、自らも違う車に伏せて隠れながらは9人の動きを監視し、北小路の業務用携帯電話に電話を掛けた。
「ムッシュ、どうしました」
「キタコージ、いまユウゴと会っているんだが武装集団に襲われている」
「ムッシュ、どこにいるんだ!」
「君のいる建物から真北にある、
銃声が止み、自分も少し落ち着いたので周りを見回すと内堀通りはハチの巣になった車が5台道路の真ん中に鎮座。
「ムッシュ、無事か? 場所は確認できた。いま新木場の航空隊からヘリコプターを出動させた。北の丸から第一機動隊も5分以内に到着するはずだ。無事でいてくれ!」
何名かが撃たれて倒れていて、やや手前にいる男性は突っ伏して痙攣しているのが見えた。
「ああ、オレは無事だが周囲は陰惨なことになっている!」
確かに目を覆うほどの惨劇だ。方々で呻き声も聞こえる。
「こいつら、誰なんだ?」
眼光鋭くヴァンサンは9人の男たちを睨んだ。
全員マスクやバンダナで顔を覆っているが、目の周りを見る限り明らかに日本人特有のものではないことだけは分かった。
ジャックは、
「どうやらオレは、パンドラの匣を開けちまったのかね?」
と天を仰いでいた。
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