第3話 拘束

「あのクソオヤジめ。おいユウゴ! お前絶対に練習でいいパフォーマンス見せて高い年棒で契約するんだぞ! ジャン=クロードに頭を下げさせてやる」

 ジャン=クロードとの会話の内容に気分を害してまくし立てているジャックに優吾は、


「ジャック、気に障るようなことを言うかもしれないけど勘弁してくれ。あんた巨大案件ビッグディールを何回もまとめてきたって本当かよ?」

 大胆にそう聞いた。


「ああ。嘘は言ってないさ。俺が金を持っていなさそうだからそう疑問を持ったってことだろ?」


「まあ、そういうことかな」


「オレに金がないのはオランダのチームとの訴訟で負けたからだ」

 エージェントには訴訟がつきものだが、ジャックのように一匹狼でエージェントをやっていれば敗訴のリスクは高くなる。


「弁護士を雇って契約書を隅から隅までチェックすればよかったんだがな」

 これ以上聞くと面倒なことになりそうなので優吾は聞かないでおくことにした。


「しかしお前さん、フランス語はからっきしだが英語は随分できるようだな。どこで習ったんだ?」


「オレはこの前まで大学生だったんだ」

 

 そう聞いたジャックは、

「ふーん、そんなもんかねぇ。契約書も全部自分で読んで判断しなきゃならねえ。1年でクビにはなったが、オレはイングランドのポーツマスでもプレーしていたからな。英語はかなり勉強したんだぜ」

 とカラカラと笑った。


 二人はRER近郊高速鉄道を乗り継いで漸くオステルリッツ駅に到着した。

 

 優吾はカルネキップを自動改札機に通したが、ここパリの地下鉄にはよくあることでゲートは開いてくれなかった。


 先にICカードで改札を抜けていたジャックは、両手を開き掌を上に向けておどけて見せたが、直ぐに右手の親指で「有人改札へ行け」とばかりに指している。

 優吾はやれやれ、という表情をしながら有人改札へ向かった。


 すると、黒いTシャツに夏には似つかわしくない薄手の上着をひっかけ、下はジーンズというラフないで立ちの男がジャックに声を掛けてきた。


「あんた、グノーさん?」

 ジャックにこんな知り合いは居ない。

 

 ジャックは身構えながら男に訊いた。


「あんた、何者だい?」

  顔に深い皺を刻んだ五十路の男は、上着の内ポケットからトリコロールが斜めに引かれたプラスチックのIDを見せた。――上着の下には拳銃のホルスターが見えた――


「パリ警視庁CBのヴァンサン・バイヤールだ」

 ジャックはギョッとした。


「バイヤールさん、ひょっとしてジャン=クロードから連絡が行ったからオレを迎えに来てくれたのかい?」

 

「そうだよ。ああ、本物だ。あんたに会えるなんて」

 ジャックは何のことか分からなかった。


「本当に懐かしいね。オレはリールの出身でね。リールのNo.6ボランチだったあんたのファンだった」

 そう聞いたジャックはホッとして方に入っていた力が抜けた。


「まあ昔の話だ。とにかくよかった。さっきのA1での爆発事故は知っているだろう? あれに巻き込まれてオレの車を置き去りにしてきたんだ。どうしていいか分からなくてね。ジャン=クロードに警察の知り合いを尋ねていたんだ」

 バイヤールは何も言わない。ジャックは不思議に思ったが、


「こんなに早くパリ警視庁の刑事さんが動いてくれるなんて正直に言うと全く期待していなかったよ」

 と、親しみを込めて皮肉を言った。


「何か勘違いをしているようだが」

 バイヤールは驚くようなことを言った。


「どういうことだ?」


「あなたを逮捕しなきゃならない」


「なんだって?」

 刹那、柱の陰から制服を着た警官が3名躍り出てジャックを囲んだ。


「ユウゴは⁉」

 ジャックは有人改札の方を見たが、優吾は煙のように消えていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「アンタの放置した焼けた車から、サブマシンガンが三丁見つかったんだが、何に使うつもりだったんだ? このゲス野郎!」

 トラン=シス警視庁本部の一室で、ジャックはヴァンサン・バイヤール警部に厳しい口調で取り調べを受けていた。


 ヴァンサンは、浅黒い肌、黒い短髪の中肉中背の五十男で少し強いアクセントがあるフランス語を使う。


「オレはサッカー選手を売ったり買ったりはするが、サブマシンガンなんて仕入れたことはねえよ。旦那」

 もちろんジャックは身に覚えがない。


CDG空港で、お前さんがアジア人からサブマシンガンが入っていたスーツケースを手渡されている監視カメラの映像が残っていたよ。そのサッカー選手とやらはどうしたんだ?」

 

(オレはユウゴに嵌められのか……?)

 ジャックは優吾の第一印象について少し疑念を持っていた事をヴァンサンに伝えようとした。


「旦那、あのスーツケースは確かに俺がユウゴから受け取ったものだが、オレは奴が持っていたボストンバッグのほうが重そうだったからそれを持ってやると言ったんだ」

 

「テロの容疑者が『はい、そうです』とは簡単には言わないのは知っているさ」

 と、ヴァンサンはにべもない。


「それから、オレが事前に見ていた写真の顔とは少し違うし、背もビデオで見ているより高いような気がした」

 ヴァンサンは鼻で笑っている。

 

「そもそも、なぜユウゴはそんなものを飛行機に乗せて持ってこれたんだ? オレはこの目で税関のゲートからユウゴが直接出てきたのを見たんだぜ?」

 気色ばむジャックに対してヴァンサンは、


「バゲッジ・クレームに設置されている監視カメラの映像も見た。そいつがターンテーブルからそのスーツケースを受け取った事実はない」

 と驚くような事を告げた。


「なんだって? じゃあ、アイツは……本物のユウゴ・キサラギじゃないって事なのか?」

 肩を落として宙を睨むジャック。


「じゃあ、アイツは誰なんだ?」

 ジャックの気持ちは怒りに変わっていた。


「お前さん、本当に知らねえのか?」

 ジャックの怒りに気圧されたかヴァンサンの詰問口調は鳴りを潜めた。


「ああ。日本人なんて顔がみんな似てて見分けがつかねえ。ただ、オレが写真と映像で見たユウゴとオレが会ったユウゴは、確かに違和感はあったよ。自分を納得させるために少し大人になったのか、ぐらいに思うことにしたんだがな」

 そこに黒い綿ジャケットに白いドレスシャツを着た女性刑事がドアをノックして入ってきた。


「ヴァンサン、ジャック・グノーの自宅からこんなものが」

 

 ビニール袋には、A4サイズの紙が数枚入っているのが見える。


「おい、勝手にオレの家をがさ入れしたのか?」

 と強く抗議すると女性警部は、


「そうよ。あなたの背後関係が調べるのに家宅捜索するのは許されているのよ。あなたの許可も、裁判所の令状は要らないわ」

 と当然を主張した。

 

「こりゃあ、まずいものが出てきたな、グノーさん。これは爆発したタンクローリーの運行予定表。そしてこっちは指名手配中のテロリストの連絡先リスト。なにか申し開くことは?」

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