第18話 合同捜査
テロリストが自動小銃を乱射し、防空ミサイルで警らのヘリコプターが撃墜されるなど今回のテロ事件は前代未聞の事であり、北小路の所属する外事第三課、つまり国際テロ組織を扱う警視庁公安のみならず、警察庁公安部が積極的に関わる大事件となった。
乱射現場では、結局死亡した14名および殉死したはやぶさ4号のクルー達を悼む献花台が設置され、弔問はしばらく途切れることはなかった。
テレビやネットメディアではこの忌まわしい事件の個人が撮影したと思しき映像が繰り返し流され、情報提供が呼びかけられていた。
しかしながら、犯人グループの足取りはなかなか掴めず、防犯カメラもそれらしき人物を一部捉えていたがロンドンのような連続して特定人物を監視できるシステムではないため、ドライバーを含む12名は完全に蒸発するように消えてしまったのである。
巻き込まれた当事者としてジャック、ヴァンサンそして優吾は事情聴取をされ、ここで正式に中嶋 啓吾の名前が明るみに出た。
しかしながら、警視庁はマスコミにはこの件を公にはしなかった。
啓吾に警戒されて、彼の動きが止まってはいけないという判断だ。
もちろん啓吾がまたテロに関わる何かをしでかすリスクはある。
しかし啓吾は今のところ実行犯ではない。
彼を泳がすリスクは低く、また圭吾の足取りからテロ組織本体に切り込めるという算段からそのような決定となった。
一方でヴァンサンは啓吾をフランスに戻って正式に追うことが可能となったわけだ。
早速帰国準備をしていると、北小路から携帯電話に連絡があった。
警視庁の合同庁舎ビルに再び呼び出されたヴァンサンは、ニコラを連れ立って北小路を訪ねた。
「キタコージ、色々と世話になったな。命拾いしたよ」
と切り出すと、
「ムッシュ、実は話があるのですが」
と応えた。
「どうしたんだ、君らしくない」
ややもすると傲慢に見えた北小路が少ししおらしく見えた。
北小路は思いもよらない事を口にした。
「本件について、フランスの国内で引き続き捜査に加えてもらう事になったのです」
「おい、本当か? リヨンがよく許したな?」
ICPOの本部があるのはフランス・リヨンにあるため、警察関係者からはそう呼称されることがある。
「合同捜査が認められたのですよ」
ICPOにはスパイ映画に出てくるような国際捜査員は実際にはいないため、各国の司法警察官に委ねている訳だが、合同捜査を依頼して了承を得ることができる。
今回はフランスと日本それぞれに合同捜査を持ちかけ認められた訳だ。
「私も渡仏してムッシュと一緒に捜査出来ることを楽しみにしています」
「いやいや、よせやい。こっちは楽しみなもんか」
ヴァンサンは歯に衣着せぬ物言いをする男だ。
北小路がいかに優秀な刑事だとしても、フランスの現場でさまざまな介入をされると思うとゲンナリする。
「もちろん、私にはフランス国内での逮捕権はない事はご存知だと思います。それに」
北小路は続けた。
「この
「気持ちは分かるが、俺たちのやり方に口を出されるのは勘弁だな」
ヴァンサンは率直に北小路に言った。
「ムッシュ。誤解があるようですが、私はあなたの邪魔をするわけでも、監視に行くわけでもない。あくまでもバディとして捜査に協力する。それだけです」
バディ、と聞いてニコラの表情が変わった。
「ムッシュ キタコージ、ヴァンサンのバディはこの私ですが」
「マドモアゼル ルクレール、私のことは誠也と呼んでください。そして心配は要りませんよ。私はあなたのバディでもあるので」
「セイヤ、では私の事もニコラと。「Autant de t
「あなたの事は、ガスケ警視正からお伺いしています。今、パリ警視庁の中でもっとも有望な刑事の一人だと」
「やだ、ボスがそんな事を?」
ニコラはそれを聞いて満更でもなかった。
一瞬のうちに微笑みで顔が咲いた。
「オレもセイヤと呼んでいいか? バディなんだよな? 勿論、オレの事はヴァンサンと呼んでくれ」
「ええ、ヴァンサン」
「それでボスはオレのことを何と?」
自分勝手な捜査で上司であるガスケ警視正を困らせているものの、やはり自分の評価は気になる。
「あー、ヴァンサンの事は伺ってませんね」
「そんなはずはないだろう⁉︎」
半分泣き顔になっているヴァンサンを見て、北小路は少し笑ってしまった。
「ヴァンサン、そんな心配しないで。何も言っていないと言うことは悪い事ではないと私は解釈しています」
「そ、そうだな」
ヴァンサンは会話の最後のほうでは、すっかり北小路の話術に嵌っていた。
「ビザの申請はすぐにでも下りると思いますが、それでもお二人より後発でパリに入ります。後日「36」でお会いしましょう」
北小路はそう言うと「失礼」といって部屋を出て行った。
残された二人に実務的な話を彼の部下である亀谷巡査長と小一時間打ち合わせを持ったが、亀谷はフランス語が話せず、英語での会話になった。
しかし亀谷の英語はネイティブレベルでコミュニケーションに全く問題はなかった。
最後に、
「北小路警部補を宜しく頼みます」
そう改まって亀谷が敬礼をしながら言うので、ヴァンサンは背筋が伸びるような思いになり、敬礼を返した。
ヴァンサンとニコラは亀谷に見送られ、合同庁舎ビルを出て品川のホテルへ戻るためにタクシーを待っていた。
夜の帳が降りて、昼間の喧騒が嘘のように静かになっていた。
警視庁の入り口では、長い警棒を持った警官と亀谷が二人に敬礼をしていた。それを見て満更でもないニコラだった。
ヴァンサンは相好を崩して、
「こんなに礼儀正しくて、職務にも熱心だ。日本って国や人たちが、オレは少し好きになったかもしれない」
ヴァンサンはそうニコラに言った。
「私もこの国が気に入ったわ。セイヤの事も。彼は典型的な日本人ではないのかもしれないけど」
ニコラもそう応えた。
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