第36話 ハットトリック
カン・ソングーは翌週のフライブルグ戦、その週中でのポカールカップの一回戦ボンとの試合、週末のヴォルフスブルク戦でもマチェックからの「注文」に応えた。
「
電話口でマチェックは饒舌だった。
「ああ、すまない。ついドイツ語で言ってしまった」
「さすがにオレだったGute gemachtくらいわかるぜ」
「とにかく、いい働きだぞ」
「しかし、八百長ってのは自分のチームを負けさせる方が簡単じゃないのか?」
「ああ、そうだが長くは持たない。いろいろな方面から疑惑の目で見られるわけだしな」
「無茶言いやがるな。まあ、オレ様だったら『勝たせる八百長』が可能ってことかよ。綱渡りもいいところだ」
「まあこれからも頼んだぞ」
「さあ、どうだろうな。フフッ」
裏家業の人間に褒められても嬉しくはない。が、ドイツに移籍してきてからというものの、あまり
オフや休日の際には現地で知り合った韓国人とばかりつるんでいる。
コーチの中には、
「君がチームメイトを拒絶しているように見える。そんなんじゃチームとして一体感を持つのは難しい。いろいろとあるかもしれないが、ソングー、君もチームに馴染んで欲しい」
と具体的に要求されることも少なくなかった。
ソングーはその度に
(うるせえな。俺は点とってなんぼの選手なんだ。友達作りにドイツくんだりまで来たわけじゃねえ)
と心の中でつぶやく。
それに、
(俺が今やっていることをチームメイトに知られたくない)
という本音もあった。
既に自分が犯罪に近しい事に手を染めている自覚はある。そのことを恥じてもいるが、自分がいつの間にかこんなことに巻き込まれている、という気がしてならない。
本人が薄々感じている通り、「23」にマークされている選手の一人であるソングーには、心の安寧は永遠に訪れることはないのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
9月18日夕刻、ワルシャワのスタディオン・ヴォイスカ・ポルスキエゴ。
シャルロッテンベルリナーはその地に立っていた。
ポーランドリーグ、エクストラクラサ一部の強豪、アルミア・ワルシャワがホームゲームを主催するフットボール専用スタジアムである。
カン・ソングーの活躍もあり、昨シーズンの最終節で
メインスタンドの片隅には、如月啓吾、マチェック、そしてパヴェウ・ジェルジンスキが固まって座っていた。 気温はすでに13℃まで下がっている。
「9月になると、さすがに少し冷えてくるな。寒くないか? ケイゴ」
ジェルジンスキはいつもの冷徹な眼差しだが、啓吾に優しい声を掛けた。
しかしその言葉には言葉以上の意味はない。
「寒いけど、ベルリンとそう変わらない。問題ない」
「今日の仕込みはどうだい?」
ジェルジンスキはマチェックに八百長のプランを聞いた。
「この試合で、カングーはハットトリックを完成させる予定です」
「ほぉ」
ジェルジンスキは、相手の答えが気に入っても気に入らなくてもこのような反応をする。表面上はどちらの感情を持っているか、全くわからない。
マチェックは
「ええと。無理だと思っていらっしゃるんですか?」
恐る恐る聞いた。
ポーランドにおけるエクストラクラサは欧州五大リーグからは外れるが、一方代表チームはFIFAランキング20位から25位辺りを行ったり来たりしているほどの強豪だ。W杯ロシア大会の頃は、最も戦力が充実していて、ランキングを5位まで上げたこともある。
サイドバックとウイングが構成するチェーンからの攻撃に多数のバリエーションを持っていて、しかもスピードに特徴がある危険なフットボールを標榜する。
アルミア・ワルシャワには、4人もの代表選手が揃っていることもあって、ポーランド代表のフットボールを体現しており、シャルロッテンベルリナーとも実力は拮抗。普通で考えればハットトリックはこうしたチーム同士の試合ではめったに生まれるものではない。
しかし、チャンピオンズリーグでもこれまで100人くらいの選手がハットトリックを決めている。中には一人で8回決めた選手が二名いる。メッシとクリスティアーノ・ロナウドだ。 故にソングーができない、という事は勿論ない。
「いいや。無理なんて思っていないさ。ちょっとどれくらいの掛け率になるんだろうなと空想していたところだよ」
これが真意とはマチェックも思ってはいなかったが、ジェルジンスキに対してとりあえず頷いて見せた。
「おい、マチェック。それでどんな勝算があるんだ? お前、サッカー選手じゃないだろ? どれだけ難しいか分かってんのかよ」
ついこの間まで、フットボール選手であった矜持からか、啓吾の口からは辛辣な質問が飛び出た。
「まず、ここ数試合のソングーは絶好調です。ドリブルにはキレがありますし、オフ・ザ・ボール(ボールを保持していない場面)でのポジション取りも野生の勘があります」
「それじゃ答えになってねえよ」
「分かっています。それだけで私がハットトリックなどという大ボラを吹く筈がありません」
「マチェック。話が分かりにくい」
ジェルジンスキは、突き刺さるような視線をマチェックに向けた。
マチェックはたちまち硬直したが、それでも何とか説明を試みた。
「実は、すでにアルミアにも仕込みが終わっています」
啓吾はそれを聞いて激高した。
「おい、いくら使ったんだ。あれほど言っただろ!」
「まあまあ、そんなに怒るなよ。周りのお客さんがびっくりするだろう?」
ジェルジンスキが窘める。
「すみません、ボス。しかし……」
「しかし、なんだ」
「いえ、何も」
啓吾が引き下がると、マチェックはすかさず算段を話した。
「確かにカネはかかりますが、掛け率は少なくとも30倍前後、『お客様』の実入りも多くなりますし、我々に入る手数料は使ったカネよりもかなり大きなものになるのは間違いありません!」
「そうか。お前なりに計算をしてきた、そう云う事か」
そう言うと、ジェルジンスキはVIPルームへ行く、と言って席を立った。
「お前のプランに乗ってみようとするか」
シンジケート Tohna @wako_tohna
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