第35話 ネクスト・ベット

「ムッシュ。試合はこれからですよ」

 仏頂面のハビブとは対照的に、ニヤけた顔をしながらジェルジンスキは言った。


「試合はあと半分しかないが大丈夫かね?」


「ええ、きちんとしますよ。ご心配なく」

 そう言うとジェルジンスキはスマートフォンで指示を出した。


 間もなくドアがスッと開き、黒いスーツを着た男が二名スイートルームに入ってきた。そのうちの一人は大型のアタッシュケースを片手に持っていた。


「ルームサービスは頼んでいないがね」

 ハビブがそう言うと、ジェルジンスキは笑った。


「いえいえ、先ほどのベットの払い戻しですよ」

 ジェルジンスキがそう言い終わるや否や、二人の内の一人がトランクケースをティーテーブルの上に置き、キャッチクリップを跳ね上げて蓋を開けた。


「25%の払い戻しです」


「そうか。それでこれからどんな賭けを提案してくれるのかね」


「アブドル、今回は返金オプションなしで『カン・ソングーが二得点以上』でどうでしょうか」

「もう一得点しているから、もう一得点でいいという事かね?」


「ええ、その通りです」


「オッズは今のところどうなのかね?」


「一得点したので、試合開始直後に比べればさすがに下がっていますが依然として4.2倍と比較的高倍率です」


「悪くないな。それではそのアタッシュケースの中身をすべてベットしよう」

 ジェルジンスキは少し慌てた。


 これでは予定していたアガリには到底足らないからだ。

  

「ムッシュ。このアタッシュケースの中身の金額では、我々がリスクを冒す理がありませんな。大幅に増額いただかないと」


「ほう、随分と自信がありそうだな。君たちは暗号資産は受け取るのかね?」


「ええ、種類によりますが。乱高下しているような暗号資産は我々だけでなく、ムッシュもお使いになっていないと思いますがね」

 ハビブはニヤりとして言った。


「現金なんて持つものではないと思ったがね。これが意外と逃亡生活を支えてくれたりするんだよ。しかし私が今用意できる現金はこれだけだ」


「お望みの通りに」

 ジェルジンスキがそう言うと、ハビブはおもむろにスマートフォンを取り出した」


「アドレスを教えてくれ」

「御意。こちらです」


 ジェルジンスキが確認した金額は三十万ユーロ、(約四千五百万円)だった。


「不満かね?」

 ハビブは訊いた。


「いえ、想像以上で少し戸惑っていたところですよ。ムッシュ」


「では、楽しみにしているとするか」


「ええ、ご満足いただけるかどうかがわかるのは、小一時間後です」

 ジェルジンスキはそう言うと、ハビブのいるスイートルームから出て行った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ピッチの上では、カン・ソングーは王様のような威厳を持って、相手ゴールエリア内に鎮座しているように見えた。

「オレは点を取らないといけないんだ」

 そう自分を鼓舞しながら味方のパスを呼び込んでいた。


 ソングーの意気込みとは裏腹に、後半は攻守が目まぐるしく変わり、戦況はやや膠着状態に陥っていた。


 62分、シュツットガルトはあまりパフォーマンスが上がらないトップ下のシュナイダーを下げ、元ドイツ代表のクローガーを2トップの右に据えシステムを4-2-3-1から4-2-2-2へ変更した。


 この変更はすぐに結果を残した。

 クローガーは、右サイドから上がったアーリークロスを豪快にヘディングで叩きん込んだのだ!


 この失点に、すぐ監督であるグロムバッハは手を打ち、シュツットガルトのミラーシステムを採用。

 

 ソングーが右に、そして中盤の左ウィングに位置していたクラウゼが左のアタッカーに配置された。


 先に結果を出したのクラウゼだった。


 スコアが動いたことで勢いづいたシュツットガルトに、中盤でボールを奪い、ショートカウンターを立て続けに仕掛けられて、枠外、枠内のシュートを打たれていたが、3回目のショートカウンターでようやくボランチが二人掛でボールを奪取。


 間延びした中盤ににポジションを取っていた日本人右MF奥原がボールが出て、奥原はすぐにゴールに一直線にドリブルを開始。

 ソングーにはセンターバックがぴったりとマンマークがついていたため、奥原は左サイドのクラウゼにダイアゴナル対角線のスルーパスを出した。


 クラウゼは右サイドバクをフェイントで躱してカットイン、ソングーのマークについていたセンターバックをつり出してソングーにパスをだすかに見せかけ、またもフェイントで躱してゴールキーパーと一対一の状況を作り出し、冷静にゴール左隅に丁寧に左脚のインサイドキックで流し込んだ。


 ソングーは囮に使われた。


축생チクショウめ!」

 小さく咆哮。

 チームメイトにもみくちゃにされているクラウゼを横目に一人静かな闘志を燃やしていた。


「次はオレがやってやる」


 シュツットガルトのボールで試合が再開。今度はすぐにプレスを掛けた奥原がボールを奪取。今度は右サイドに展開してソングーを使った。


(いいパスだ。オクハラ)

 ソングーはそう呟くと、まるで先ほどのクラウゼのプレーの合わせ鏡のようにカットインして、ゴール前に詰めていたクラウゼに付いてたセンターバックを吊りだしてフェイントをかけて右隅に右脚のインサイドキックでボールを流し込んだ。


무슨 일이야どんなもんだ!」

 再びゴールを決めたソングーは両手をあげて、天を撃ち抜くようなパフォーマンスを行った。


 グルムバッハは90㎏はあろうかという巨漢だが、飛び跳ねて喜んだ。


 そして、リージェント・ベルリンのスイートルームでは、アブドル・ハビブが同じく小躍りし、「23」のアジトではジェルジンスキと中島啓吾がハイタッチをしていた。


 これでハビブは約120万ユーロのペイバックを受けるが「23」はこの半分を手数料として得る。

 しかし「23」は先ほど25%の払い戻しをハビブに行ったため、実際には40万ユーロほどの収益を得たことになった。


 しかも八百長なしでだ。


 しかし、このことが組織がカングーをよりコントロールしやすい状況にしたのだった。


 

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シンジケート Tohna @wako_tohna

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