第22話 初練習

 フィレンツェCC(クラブ・ディ・カルチョ)はイタリア一部リーグ、クラッセAの名門に数えられている。


 過去、アルゼンチン代表だったバティスタンが所属していたことで日本でも有名なチームだ。


 あの日。


 そう、日本が初めてワールドカップに足跡を残したあのアルゼンチン戦で日本からゴールを奪い、世界の強さや遠さを見せつけたあの長髪のFW、バティスタンのことだ。


 二人は約束の時間のに間に合うようにホテルを出た。


 半円状に道が続くマンフレド・ファンティ通りに囲まれたエリアが、フレンツェCCが保有するスポーツセンターで、その敷地の中にメインスタジアムと、練習場、そしてクラブハウスがある。

 

 優吾はガビアータのホーム用のゲームシャツを着て来たが、クラブハウスに入って手続きをすると、ホペイロが近づいてきて、


「これを着るんだ」

 と言って、たった一日の練習に参加させる選手候補にも、オフィシャルの練習着を渡した。

 

 色はあのヴィオラ紫色だ。


 優吾はシャツに腕を通してみたが、驚くほどフィットした。

 

 事前にジャックが身長と体重くらいは伝えてあったのかもしれない。


 着替えると、ジャックが待っていて、


「フィリップスに会わせるからこっちに来い」

 と言って左手の親指を進行方向向けて二度三度振った。


Allenatoreヘッドコーチ」と書かれた表札の部屋のドアをノックする。


Entrer入れ

 と部屋の中からフランス語で返答があった。


 ドアを開けると、フィリップス・ダマン―― フィレンツェCCの監督 ―― がひじ掛けのある革張りの椅子に腰かけて、ラップトップPCを睨みつけながらキーボードを打っていた。


「やあ、フィリップス」


「よう、元気か?」

 漸くフィリップスはラップトップから目を離してにこっと笑ってジャックに挨拶した。


「ああ、流石にパリからここまで飛行機を使わないと結構堪えるね。紹介するよ。ユウゴ・キサラギだ」

 ジャックが優吾を紹介すると、優吾も練習したフランス語で挨拶をした。


「ユウゴ、ここはイタリアだ。私はフランス人だがイタリア語を練習したほうがよかったんじゃないか?」

 と冗談を言った。


「まだここに入れてもらえるかどうかわからないのに冗談が過ぎるよ。フィリップ」

 

「すまないな。でも期待しているんだぜ? なんたって目利きで有名なジャック・グノーが連れて来たビュトゥールストライカーだ」


「まあ、フィリップスも知っていると思うが、彼もちょっとした事件に巻き込まれてね。ようやくコンディションが戻ったところなんだ……それで」


「私は、手加減はしないよ」

 ジャックが何か言いかけるのを制して、フィリップスは言った。


「あ、ああ。それはそうだ。公平にな」

 ジャックは言いかけた言葉を呑み込んだ。


「私もね、今シーズンは剣が峰なんだ。去年は10位。クソみたいな結果だったよ。チャンピオンズリーグもヨーロッパリーグも出れない。今年は結果が欲しいんだ」


「分かっているさ。それでユウゴを連れて来たのさ」


「ビデオは見たぞ。まあ相手はイタリアで言えばクラッセCみたいなチームであまり参考にはならんがな。技術と身体能力についてはかなり興味を持ったよ」


「眼鏡に適ってよかったさ」


「そろそろ時間じゃないか? じゃあ、ピッチで会おう。ユウゴ」

 フィリップスは立ち上がって、優吾の両肩をポン・ポンと叩いた。


 そして右手の親指を立てて、


「ヴィオラがよく似合っているぞ? ユウゴ」

 と言った。


 スタジオで十分にストレッチを行った後ピッチに出ると、CSのクラッセAの放映で見た有名な選手たちが既にボールを使った練習を行っていた。


 いくつかのグループに分かれていて、5-6人で輪を作り、パスを回している。


 そしてその輪の中に一人ボールを奪おうとする選手がいる。

 パスを回している選手がボールを奪われたり、ミスキックをするとそのディフェンス役と交代する。


 どうやら、約束事があるようで、パスを出してきた相手には返してはいけないらしい。簡単そうでなかなか実践的なトレーニングだ。


 ガビアータでもこの練習はやったことがある。


 優吾は手招きされた。


 手招きした相手を見るとフランシス・リベリーノだった。今年38歳の大ベテラン。

 元フランス代表のストライカーだ。


 リベリーノに呼ばれて優吾は少し驚いたが、輪の中に入ってディフェンス役をまずやらされた。


 フィレンツェCCの選手たちの球離れの良さは経験をしたことがない。

 

 トラップをせずにどんどんダイレクトでパスを――強くて正確な――つないでゆく。


 優吾は何度もボールを奪おうとしたが、なかなか奪えない。

 最後には尻餅までついてしまった。


「大丈夫か?」

 と、手を差し伸べたのはリベリーノだった。


「オレはこの人からポジションを奪おうとしてるって事か」

 と小声で言った。


「何だって?」

 リベリーノは日本語で呟いた優吾に興味を持った様だ。


「いや、『ありがとう』って言っただけだよ」

 いずれにしても格下に見られているのは間違いない。


「よし、俺がお前の代わりに中に入る。パスカットされない様に頑張れよ」

 リベリーノはそういうとディフェンスに入った。


 優吾は他の選手の様にダイレクトでパスをはたいてみた。強いパスを出すとコントロールが甘くなる。


「ヒャッホゥっ! 頂きっ!」

 と言って、優吾のパスは簡単にリベリーノにインターセプトされてしまったのだ。


 



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