第33話 コントロール
試合は結局シャルロッテンベルリナーが相手のフュッセンを完封した。
ソングーが2得点を取り、精彩を欠いた相手チームの主力のフォワードが殆ど見せ場を作れずに途中交代させられたこともあり、一見すればシャルロッテンベルリナーの圧勝だった。
ソングーは
1点目はソングーがボールを持った途端にセンターバックのミュラーが足を滑らせた。
2点目もアタッキングサード付近でパスを受けたソングーにチェックに行ったセンターバックのもう一人ハルトマンが簡単に千切られ、ゴールキーパーは一点目にはいい反応を見せたのに、今度はボールウオッチャーとなってソングーがペナルティーエリアで放ったゴール右隅下を狙ったグラウンダー気味のシュートに反応できなかった。
キッカー誌は「何かが変だ」とも書いており、客観的に見てもこの3人の動きがただならざるものであることを窺わせていたのである。
ソングーもすぐに理解した。
(協力者が味方とは限らないとはな)
ソングーはチームから運転を許可されていなかったので自宅からサッカーに関わる移動にはタクシーを手配されている。
試合後、自宅のマンションに戻る途中、タクシーの後席でソングーの持つサムソン製のスマートフォンが鳴った。
相手はマチェック。
「어서, 친구《よう、相棒》」
そう呼ばれることに嫌悪感を抱いて「吐き気がする」と言いそうになったがソングーはぐっと堪えた。
「今日はよくやった。報酬は現金払いでも構わない。これからお前のマンションに持って行ってもいいが、どうする?」
「ビットコインかイーサリアム*で頼む」
「暗号資産だと? お前、本当にそっちの素人なのか?(笑) まあいいだろう。我々もその方が都合がいい。現金取引も額が額だと危なくてな」
そう応えるマチェックの隣には、中島啓吾がいた。
マチェックはソングーを。
啓吾はマチェックを監視し、値踏みをしているのだ。
しかし、その啓吾もまた、
啓吾はソングーとのやり取りを終え携帯電話の通話を切ったマチェックの肩を軽くポンポン、と二度叩いた。
「なかなか良いのを見つけたじゃねえか。随分と働いてくれそうだな」
「残念ながら、まだ
「おい、そんな余計な金を使っているとアガリが少なくなるぞ。そもそもソングーはどうなんだ?」
「まあ『先行投資』とでも思っててください。今日のシノギで
「ほお、なるほどな。で、次の予定は?」
「開幕戦のシュツットガルト戦です」
「次も、うまくやれ。俺はボスに報告しておく。今日は良くやった」
そう言って啓吾はマチェックの泊っているホテルの部屋から出て行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そうか、わかった。よくやったな」
啓吾と電話で話している相手は、パヴェウ・ジェルジンスキである。
「しかしだ。少し仕事が粗いな」
「それは、どういう事でしょう?」
と質問したものの、指摘された点について啓吾も心当たりがないわけではない。
「キッカー誌のハルトマン、ミュラー、それからGKのフランス野郎の評点とコメントだよ。あの三人はだめだ。この仕事というものをまるで分かっていない。最早リスクと呼んでもいいだろう」
「ええ、仰ることは分かります」
啓吾が考えていた通りだった。
ジェルジンスキは衆目の集まるブンデスリーガの一部の試合で、それと見抜かれることに大きな危機感を抱いていた。
「いいか。ケイゴ。
「はい……」
「次は開幕戦でシュツットガルトだったな。完璧にこなすんだ。その暁にはマチェックをババリア地方全体ののスカウトに据えるつもりだ」
「分かりました。
「ソングーは折角レギュラーを掴んだんだ。レッドカードとかで退場ってのも今後のシノギに悪影響が出かねん。とは言え、この仕事では勝つより負ける方が簡単だ。難易度を少し上げてやるか」
啓吾はそれを聞いてまさか、という顔をした。
「ボス、まさかですが」
「ああ、ソングーには自力で点を取ってきてもらうよ。仕込みはナシだ」
ソングーは期待の若手フォワードだ。実力も申し分ない。
しかしソングーはブンデスリーガの絶対得点王のポーランド人、ルトコゥスキーではないし、ましてや
一試合当たりの得点数が1に近い彼らと比較するナンセンスさ、そして若手で経験不足と云う事の不確実さ、そもそもそんなことが可能であれば八百長なんて必要がない。
「ですが、もしできなければ「
「ケイゴ、その事は案ずるな。我々の今の優先事項はソングーじゃない。マチェックだ。あいつが一人前として飼っている選手をコントロールできる術を持たせることが一番大切だ」
「本当に大丈夫なんでしょうか?」
「ケイゴ。お前は俺を誰だと思っている」
言葉遣いが鋭くなったジェルジンスキに啓吾は、言葉の意図を理解した。
「パヴェウ・ジェルジンスキ。そうでしたね、あなたは」
「分かればいい」
通話はそこで切れた。
*ビットコイン、イーサリアム:暗号資産の種類。暗号通貨ともいわれる。
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