第23話 ストライカーの資質

 ウォーミングアップを兼ねたパス練習が終わると、漸くジャージに着替えたフィリップスがピッチに現れて、パス・アンド・シュート、2対2でのディフェンス練習など実践的なトレーニングに移っていった。

 

 ディフェンシブハーフにスコットランド代表のマクガイヤがいたので、優吾はフィリップスのフランス語をマクガイヤに英訳してもらい練習内容を理解していた。


 優吾は派手なことは一切せず、堅実なプレーに徹した。


 さらに戦術練習に移り、いくつかの約束事を理解したところでランチタイムとなった。


「ユウゴ! お前もこっちに来い!」

 マクガイヤに誘われてテーブルに就いたが、同じテーブルにはあのフランシス・リベリーノもいた。


「フランシス、卯月優吾です」

 フランシスは、挨拶をする優吾の事を一瞥もしない。


「あ、ああ、お食事中ごめんなさい」

 優吾は少し不機嫌なフランシスに気圧されてそれ以上の言葉が掛けられなかった。


マクガイヤが心配して、


「おい、フランシス。挨拶位してやったらいいじゃないか」

 と助け船を出してくれるとようやく面倒くさそうではあったが、


「フランシス・リベーリーノだ。ポジションはFW。以上」

 と素っ気なく挨拶を返すと眼光が鋭くなり低い声で言葉を継いだ。


「まあお前さんにポジションを奪われるなんてことは1㎜も思っちゃいねえがな。ライバルにいい顔は出来ねえよ。済まねえな」

 

「ああ、フランシス。実績も名声もあるあなたに簡単に勝てるとは思っていないけど、僕も負けるつもりでここに来たわけじゃない」

 優吾はそう返した。


 二人が不穏なムードに包まれたことで、マクガイヤが困り顔をしている。


 すると、ゴールキーパーのマルチェッロが近づいてきて、

「フランシス、まあユウゴはお客さんみたいなもんだ。そんなに噛みつかなくてもいいだろう?」

 と諌めた。


 するとフランシスは、

「おい、お前。ストライカーにとって何が一番大切なものだと思ってるから言ってみろ」

 と、顎をしゃくって言う。


 優吾は試されていると思った。

 

 頭の中ではありとあらゆる事がグルグルと回っているが、答えられないと思われるのはいくら世界の有名ストライカー相手でも嫌だ。

 一つの答えを出した。


「ゴールを決める事だ。それ以外に興味はない」

 ほぉ、と言った表情をする。


「ではもう一つ質問だ。チームが負けて自分がハットトリックを決めた。嬉しいか?」

 優等生的な答えはできるが、優吾は自分の信条を話すことにした。


「試合に負けた理由はハットトリックを決めた俺じゃない。ハットトリックを決めたのは嬉しいに決まっている」

 それを聞いたフランシスは、大声で笑い始めた。


「あははははは! 聞いたか、この日本人はチームが負けても嬉しいってよ!」

 すると、マルチェッロが言った。


「フランシス、お前がそれを言うか(笑)。同じだろ、お前と」

 

「日本人なら間違いなく嬉しくないって答えると思ったよ。ストライカーっていうのはそうじゃなきゃダメだ」

 フランシスは相好を崩してそう言った。


「さっきは悪かったな。改めてよろしく。ポジションは渡さねえけど」


「フランシス、ええ、少しでもあなたを脅かせるように午後は頑張ります」


「生意気言うぜ」

 二人が打ち解けたところでマクガイヤが口を挟んだ。


「ユウゴ、少し聞きにくいことなんだが、君は誰かに監禁されて、君を騙った男がサン=ドニ付近でテロを起こしたと聞いたけど、誰か知っているの?」

 優吾はもちろんこの質問が来ることは分かっていた。


 ただ、警視庁とパリ警視庁の捜査方針で容疑がかかっている啓吾のことは伏せておかねばならない。とはいえ、言い方を間違えると未来のチームメートから不信感を買いかねない。

 優吾は、本当の事を言うことにした。


「知っています。だけど捜査の方針で今皆さんに言うことはできない」

 近くにいた全員が頷いた。 


「フランスの国民に迷惑や心配を掛けて申し訳ないと思っている。真実が早く究明されるようにオレもできる限り協力するつもりです」


「分かった。俺たちはお前の味方だよ。正直に言ってくれて良かった」

 とフランシス。


 フランシスもフランス人としてあの事件の事には殊更興味を持っていた。


「お前はとにかく午後の練習でアピールをするんだ。とにかくあのオッサンジャックが目を掛けているんだ。何か光るものがあるんだろう」

 少し離れた席でヘッドコーチのフィリップスと食事をしているジャックを見やりながらフランシスは言った。


 優吾は少し驚いて、


「ジャックの事を知っているんですか?」

 と訊いた。


「ああ、オレが若い時にいたリールではスター選手だった。お前、知らないのか?」

 

「いえ。でも現役の時のビデオを何本か見せてもらったくらいです」


「ジャックはポーツマスに移籍して行ったし、俺はBチームから直接ミュンヘンBVに引き抜かれたからちゃんとは話したことがない。だけど間違いなくあの頃のリールはジャックのお蔭でCLやELに出場で来ていたんだと思うぜ」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 午後の練習が始まった。


 午前中の戦術練習のおさらいを兼ねて7対7のミニゲームを5分ずつで回していく感じだ。


 優吾はフランシスとは違うチームに入り2-1-2-2の左FWに入った。


 優吾はそこで足元の技術を発揮し、かつ強引にシュートを撃ちに行って5分間で2得点したターンもあった。


 フィリップスが驚きの顔をしながら、手に持ったボードの紙に何やら書き込んでいる。


 フランシスと同じ組で左右のFWに入った時の破壊力は抜群だった。

 二人ともエゴを剥き出しにしたシュートを撃ったが、時折ゴールに最適解を求めるラストパスをお互いに送りあった。


 ジャックはピッチ外で嬉しそうにそれを見ていた。

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