第12話 集合写真

「しかし東京の人たちっていうのは、特異体質だな」

 ヴァンサンが北小路と会っている頃、ジャックは国立くにたち市にある東京ブリッツのクラブハウスで、監督の国城公也と会っていた。


 流石に優吾の件だけで日本に飛んでくるほどジャックには金銭的な余裕はない。


 フランス元代表の大型センターバック、トマ・ミショーの売り込みを兼ねていた。


 トマは、マルセイユで長年プレーをして来た35歳。身長が197cmで空中戦には滅法強く、積極的な攻撃参加もするセンターバックだ。


 トマは肉体的なピークは超えており、パフォーマンスに安定感がないことから出場機会が極端に減っていた。


 追い討ちをかけるように、新しく就任したイタリア人監督のルゲッティのチーム若返り策から完全に構想外になった。


 国城はジャックが一年だけプレーしたポーツマス時代の同僚だった。

 

 魔法のようなパスを繰り出すトップ下で、しかもフリーキックの名手だった。


 FAカップ(イングランドのカップ戦)準決勝で魅せた40mの直接フリーキックは今でも眼の肥えたイングランドサポーターの語り草になっている。


誰もが国城を「ファンタジスタ(魔法のようなプレイを連発する選手のこと)」と呼んだ。


 年齢のことはあるとはいえ、トマほどの大物が何故ジャックをエージェントとしているのか。


 ジャックが現役時代、リールのボランチにコンバートされたのはトマがマルセイユからレンタル移籍してきて「師弟関係」のようになったからである。


 ジャックはそれまでセンターバックだったが、若く、ジャックを遙かに凌ぐ体躯を活かしたプレーには衝撃を受けた。


 そしてジャックは自身がボランチになる決心をした。


「これからの時代、センターバックで180cm台では通用しない」


 そう当時の監督に直訴してまでボランチにコンバートしてもらったのだ。


 事あるごとにジャックはトマに助言を送った。その時の助言がトマのキャリアを一気に花咲かせたのだ。

 

 ジャックはジャックでコンバートが吉と出た。ボランチとなったジャックは攻守の要としてリールでは伝説のプレーヤーとなったのだ。


 大化けしたトマを、マルセイユは慌てて呼び戻した。


 そして二人は二度と同じチームになる事は無かったが、自分がチームの構想外になったときに頼りたいと思ったのはジャックだったのだ。


 余りに暑いのでジャックの口からはぶつける相手がない文句が絶え間無く漏れてくる。


「こんなフィンランド式サウナみたいな所に住みたがるなんてどうかしてる」


「相変わらず口が悪いな」

 国城は引退後すぐにS級コーチライセンスを取得し、元所属していた東京ブリッツの監督を任された。


 前任者がチームをJSL-Bに降格させてしまったが、一年で再昇格させ、JSL-Aでの躍進を期待されていた。


 しかし新型コロナウィルスの蔓延のため中断され、その手腕を発揮する機会が去年はなく、三月に2020年の続きとして再開されたリーグを今戦っている。


 東京ブリッツは現在18チーム中8位。勝点差は少ないため毎節ごとに順位は入れ替わり、優勝争いも、降格争いもどちらも可能性がある状況だ。


 ここ三試合くらい、東京ブリッツは終盤に続け様に失点を重ねる事が重なり、ディフェンスの強化の必要性が明白だった。


 国城はGMに高さと強さを兼ね備えたディフェンダーを要求したが、リーグ戦の最中に他のチームが適切な人材を放出する事は望み薄であった。


 そのため海外に目を向けて欧州の主要リーグの始まる前に良い人材がいないか検索をしていたところ、ミショーの名前を見つけた。


 国城は英語をなんとか話すが、念のため通訳を伴って臨席していた。


「ジャック、ミショーはなんと言っている?」

 

「条件面については元々トマは金のためだけにフットボールをやったりしない奴だ。問題はない」

 ジャックは可能な限り事務的に応える。


「本当か? ロシア大会の優勝メンバーがブリッツに来るなんて夢のようだよ」

 国城はおもちゃを手にした子供のようにはしゃいだ。


「問題が無いわけではない、お前の戦術とトマのストロング・ポイントが合わない。自己判断による攻撃参加をキミヤ、お前は許すのか?」

 国城は言葉に詰まった。


 ただでさえ薄く脆い最終ラインだ。言葉の壁もある。うまくラインを統率させた上で攻撃参加を認めるなど、残りの試合数を考えるとリスクが高すぎる。


「戦術を変えろ、そういうのか?」

 国城は苦渋の表情だ。


「それはキミヤの専権事項だろう。これは単なるサッカーファンの独り言だが……」


「な、なんだ?」

 ジャックの思わせぶりな言葉に答えを急かす国城。


「今のセンターバック、ミヤザキをどうする?」

 宮崎長政ーー28歳のセンターバック、東京ブリッツの心臓と呼ばれる男だ。


 闘争心を剥き出しで、激しくも冷静なプレーに定評のある宮崎だが、このところの数試合では外国人ストライカーにチギられ、倒され、失点のきっかけを作り続けてきた。


 フィジカル不足だ。

 上背は182cm、日本の中でもやや低いディフェンダーといえる。

 そして身体能力は決して高くない。

 それを弛まぬ努力で補っているのが宮崎という選手の真実だった。


 しかし国城は、


「宮崎は外せない」

 そう断言した。


「ではサイショを外す? バカな!」

 サイショとは筑波大生のプロ選手、税所さいしょ悠真の事だ。


 キャリアは始まったばかりであるが、十分に及第点をあげられる潜在能力の高い若者だ。

 まず、フィジカルは体躯も身体能力も十分だ。


「キミヤ。オレが言っているのはそういう事じゃない。あんなに有望な若手はいないさ。もし、サイショを使わなくなればモチベーションもパフォーマンスも下がる。次の世代に繋げられないぞ」

 

「では、どういうことだ?」


「ミヤザキはセンターバックとしてはフィジカルが弱すぎる。相手チームのスカウティングははミヤザキだと断じているはずだ」


「長政はチームの精神的支柱だ。外すわけには……」

 国城がそう言いかけると、


「誰が外せと? だから人の話は最後まで聞くものだぜ、キミヤ」

 ジャックは強い口調で国城に言った。


「ミヤザキの視野の広さを活かすんだ。ボランチにコンバートしろ。フィジカルはほかのミッドフィルダーよりは強いだろう。かつての俺のように」


「なんだって?」

 国城は一理も二理もあると思ったが、このコンバートは別の問題を生むことになる事を瞬時に想像した。

 

 現役時代はファンタジスタを自他共に認める国城だ。


 ボランチにはボスニア代表のジュリッチがいる。二枚のボランチにすると守りは安定するが、攻撃を一枚削ることにもなる。


 国城のサッカーは展開の早いパスサッカーであり、攻撃に枚数をかけるハイリスクハイリターン型だ。勝点を毎試合2点ずつ削られるのは、ぞっしない。


 意識していなかったが、国城はトマを獲得することにより戦術のやり直しを迫られることになった。


 ジャックによって自分に匕首を突きつけられていることを自覚したのだ。


「どうする? 中東のチームもトマを欲しがっているらしい。俺のところにまだ連絡はないが」

 そう言ったジャックだが、これは単なる噂話。駆け引きには使わせてもらう。


「GMの風間さんと先ず話させてくれ。なるべく早く返答するから、ミショーを売るなよ!」

 

「出来るだけ努力しますが、お早くお願いしますよ、ミスターファンタジスタ」

 ジャックはウィンクしてその場を辞そうとしたが、事務所の入り口付近に掛けてあった集合写真が目に入った。


「おい、なんて事だ!」

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