第20話 フィレンツェへ
翌朝6時に優吾はジャックに叩き起こされた。
「まだ6時だよ? 夕方までにフィレンツェに入ればいいんだろう?」
「ああ。そうなんだが急に決まったからフィレンツェまでの便が全く取れない。乗り継ぎ便も調べたが、うまいこと行かなかった。仕方ないから車で移動することにした」
「なんだって? 何時間かかるんだ?」
「Googleマップによれば11時間半だ」
「実質丸一日ってこと?」
「そうだ。ここは法治国家フランスだ。隣の国に見たいに『速度無制限』みたいなふざけた道路はこの国にはないよ」
「車は燃えたって聞いたけど、どうしたの?」
「中古だが買ったさ。ほら」
そう言ってジャックは優吾にアパルトマンの階下に停まった白いワゴンを指さした。
「あれはなんて車なの?」
「シュコダ・オクタビアと言う車だ。日本でも売っているだろう?」
シュコダはチェコをルーツに持つフォルクスワーゲン傘下のブランドの一つだ。日本では正規輸入されたことは過去一度もない。
「5年落ちだが、オートクルーズコントロールが付いているし、長距離も苦じゃないなかなかのものだ。ユウゴも運転してみるか?」
「えっ、」
優吾が絶句していると、
「冗談だよ。契約上も運転は出来ないことになっている。これはエージェントとして当たり前の条項を盛り込んだだけだが」
「さあ、ユウゴの支度がOKなら出発するぞ」
「オレはもう準備できている」
二人はドアに鍵をかけて階段で一階まで降り、アパルトマンから出る扉を開いた。
今日は気温が34℃まで上がる予報で、車内の外気温表示は早朝にもかかわらず既に29℃を示していた。
一週間分の荷物を入れたトロリーケースを二つ収めたが、フォルクスワーゲンゴルフバリアントと車台が共通であるシュコダ・オクタービアの荷室はまだまだ余裕があった。
ジャックがイグニッションボタンを押すと、2リッターのディーゼルエンジンは軽やかに目覚めた。
ジャックはクラッチを切ってシフトノブを1速に入れた。
「何これ。オートマチックじゃないんだ」
「そうさ。フランスではマニュアルシフトは当たり前だぞ」
優吾は日本ではあまり見かけないマニュアルシフトに少し驚いたが、ジャックは得意顔でそう言った。
アパルトマンを出発すると、直ぐに環状道路に入り、フランス南部へ続くA6に車を進めた。
パリの街を抜けると、A6のルートは直ぐに青々とした自然の中を進んで行く。
農地もあるが、森を突っ切ることも多くなってきた。
二時間ほど走ると、車のセンサーがジャックの疲労を感知して休憩を促してきたのでA6沿いのパーキングエリアで休憩をとることにした。
森を巧みに残しながら造成したこのパーキングエリアはクロワッサンの店とトイレ、ガソリンスタンドが併設してある。
朝食にクロワッサンを一人二つずつジャックが買ってきた。
「こんなもので済まないな。あまり時間がないんだ。許してくれ」
「いいよ。でもフランスはパンが美味しいってわかったから」
そう優吾は答えたが、カロリー不足だ。
「その代わりランチはもう少しマシなものを食わしてやるから楽しみにしていてくれ」
「へー、なんだろう。楽しみにしておくよ」
優吾はそう言うと、二つ目のクロワッサンもペロリと平らげてコーヒーを
飲み始めた。
「フランスでは朝食はこんな感じが多いよ。日本人は結構しっかり朝食を摂る家庭も覆って聞いたけど」
ジャックがそう訊くと、
「家庭によりけりかな。うちはかなり朝食に重きを置いていると思う」
と、優吾は答えた。
「朝食をしっかり食べることが一日のパフォーマンスを決定づけるんだって母さんが言ってた」
「朝食を食べ過ぎると逆にパフォーマンスが落ちる、なんて研究があったりするんだよね。でもはっきり言えばどうでもいいことさ」
首をすくめながらジャックは言った。
クロワッサンを食べ終えてトイレに寄った二人は、再びオクタービアに乗り込んでさらに南下した。
やがて太陽がまぶしい時間帯になってきた。
今思い出したが、この道路の名前は
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