第38話 友人の妹と後輩ががっつり友達だった話
暑い。
なんでもこの8月、真夏の熱気は基本40度を超えているらしく、太陽の熱気を吸ったアスファルトは鉄板みたいに熱くなるなんていう。
それこそ、10年くらい前になれば、30度行ったら暑いなんて言ってたのに……地球温暖化って怖いね。
まぁ、そんなに暑いものだから、都会に居ても砂漠にいるみたいに蜃気楼とか見てもおかしくないんじゃないかなーなんて思ったりするわけだ。
実際、地面から水蒸気は上がっているし、熱で頭もクラクラしてくるし、だから――
「あれ、おかしいな。俺の目にはかつての可愛い後輩が目の前にいるように思えるんだけどなぁ」
「かつての?」
”彼女”は、気だるげな半目をこちらに向けながら、昔と変わらない気だるげな声をぶつけてくる。
「アタシ、一応今でももと……センパイの後輩っすけど」
「あ、そうだな、うん……あれ……?」
俺は目の前で、キャリーケースを引いている彼女が未だに本物だと信じられなくて、隣でニコニコしている朱莉ちゃんに目を向ける。
「あの、朱莉ちゃん。今日来るのは、りっちゃんだよね?」
「はい」
「その、りっちゃんは?」
「今目の前にいるのがりっちゃんですよ」
「へ?」
「りっちゃんっす」
へそ出しノースリーブ、太ももを大胆に露出したショートパンツを履いた健康的なギャル、桜井みのりがどこか少しぎこちなく手を挙げる。
「つっても、りっちゃんなんて呼ぶの朱莉くらいなもんすけどね」
「えー、可愛いじゃん、りっちゃんって。ね、先輩」
「え? ……まぁ、そうだね。可愛いかもね」
「いや、可愛くないっすから」
みのりは口を尖らせつつ、目を逸らした。
桜井みのり。中学時代、俺が所属していた陸上部にいたマネージャーであり、多分一番仲の良かった女子だ。
本人は走ることにはあまり興味無くて、入った理由もなんとなくということだったけれど、気だるげな雰囲気ながらにしっかり者かつ働き者で、何かと助けられたことを覚えている。
部活外でもそれなりに仲が良く、たまに誘われて一緒に映画を見たり、図書館で勉強したり……そんな風に一緒に遊ぶことも多かった。
けれど、俺が高校に入ってからはガクっと接点が減ってしまっていた。
みのりも同じ高校に入ってきたのだけれど、特に話したりすることも無く……この間電話で話したのが本当に久々で、随分と懐かしく感じる。まぁ、一目でみのりだと分かったのだから、まだマシかもしれないけれど。
「あの、ぶっちゃけ暑いんで、さっさと先輩の家行きたいっす」
「え? あぁ……」
そういえば、りっちゃん――つまりみのりのことなんだけれど、泊めるって話を朱莉ちゃんからされてたんだった。
でもまぁ……みのりなら、いっか。間は空いているが良く知っている後輩だし。
「お前さ、泊まるってことでいいんだよな」
「できれば、ですけど」
朱莉ちゃんが言ってたことと認識は合ってる。
「別にいいよ。むしろみのりで安心した。お前なら何度か泊めたことあるし」
「えっ!」
俺の言葉に、何故か朱莉ちゃんが驚いたように声を上げた。
「りっちゃん、先輩んちに泊まったことあるんですか!?」
「うん、といっても実家の方だけど」
みのりにはプルートもよく懐いていて、みのりも猫好きで、よくプルートに会いたいって行って来てたなぁ。うちの親とも仲良くて、次はいつ連れてくるんだなんて突かれたこともあったっけ。
「プルートちゃん、元気っすか」
「ああ、みのりがくれたボールの玩具で今も遊んでるよ……って言っても、俺も大学入ってからはずっと会ってないんだけど――っと、みのり、キャリーケース持つよ」
「あ、どもです」
みのりからキャリーケースを受け取ると、朱莉ちゃんが勢いよく彼女に駆け寄った。
「りっちゃん、聞いてない!」
「朱莉?」
「りっちゃんが先輩の家に泊まって、猫ちゃんとも親密な関係なんて!」
親密って……猫相手には少々大袈裟にも思えるけれど。
「朱莉……」
対するみのりは朱莉ちゃんの頬っぺたをぎゅっと掴む。まさかの物理的な反撃!?
「ふぎゅっ!?」
「アタシもいきなり聞かされたんだけど? 朱莉がセンパイんちにホームステイしてるって」
「いたいよ、りっちゃん」
「これでもマイルドな方だから」
なんとなく、2人の関係性が見える構図だ。
ちょいちょい天然の入っている朱莉ちゃんと、ものぐさながら面倒見のいいみのり。
なるほど。駅前でぼーっと突っ立っているみのりを見つけた時はまさかと思ったけれど、結構相性のいいコンビなのかもしれない。
それこそ、姉と妹みたいな……じゃれている2人も共に美少女だからこそ絵になるし。
……本当に俺、今日からこの2人とあの狭い独り暮らしの部屋で暮らすのか?
なんかよくよく考えると相当おかしな状況に思えてきた。
「まぁでも、今の先輩の胃袋を掴んでるのは私だからっ」
「え、朱莉の料理毎日食ってるとか、センパイうらやますぎなんだけど。朱莉、アタシも一緒に養ってよ」
「じゃありっちゃん、ウチの子になるかいっ」
「なるなる。朱莉ママー」
友達間特有の脊髄で会話をしている感じ、なんか傍から見るとちょっと面白いな。
まぁ、これもひと夏の思い出。俺という異分子はいるものの、女子高生が仲良く和気あいあいとしている様子なんて滅多に見れるもんじゃないし、これはこれでいっか。
「なにニヤニヤしてるんですか、先輩?」
「キモイんすけど」
「別にニヤニヤは……っていうか、キモイは辛辣過ぎない?」
大学生と高校生。たった1年の違いなのに、明確に分け隔てられた関係だからこそ、女子高生からのキモイはなんだか無性に胸を抉って、俺はちょっとばかり落ち込むのだった。
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