第2話 友人の妹についてあれこれ考える話

「あっ! 洗い物、私がやりますねっ」


 互いに空となったグラスを取って、朱莉ちゃんが微笑む。キッチンといっても、通路と合体した手狭なものだが。

 彼女は、一束に纏めた黒髪をぴょこぴょこと揺らしながら、寝室と通路兼キッチンを分けるドアの向こうに姿を消した。


 そういえば掃除のときにヘアゴムで纏めてたな……そんなことにも気が付かないくらいテンパっていたらしい。とはいえ今が落ち着いたかといえば全くそうでもなくて。


 かれこれ大学に入って4か月くらい経つけれど、俺の部屋にやってくるのは野郎ばかりで女子だと彼女が初めてだ。

 元々物を多く持たず、殺風景な部屋ではあったものの女の子に掃除をさせるなんてのはちょっとした罰ゲームみたいにも思えた。


 しかも――いや、なんだか顔で人を判断しているみたいになってしまうけれど、とても大事な要素として、宮前朱莉は美少女だ。

 高校生を子どもと表現していいのかは微妙なところだけれど、少し幼い雰囲気もある“可愛い”と“美しい”の丁度中間の魅力を放っている。

 スタイルもいい。セーラー服ってのはちょっとダボっとしているもんで、マンガみたいにくっきりと体形が見えるものではないが、彼女の場合はしっかり胸のふくらみが分かるし、そのふくらみによって吊り上げられているせいか、たまに腰の辺りが露わになると同時にきゅっと締まったウエストが――


「って、何冷静に分析しちゃってるんだ俺は!?」


 頭の中に浮かんでいた朱莉ちゃんの姿を、首を振って物理的に吹っ飛ばす。

 朱莉ちゃんが美少女だというのは今更考えるまでもない。彼女とは高校も同じで、学年の壁を越えてしっかり噂になってたし。


 あぁそういえば、昴はよく家から弁当を持ってくるのを忘れていて、その度朱莉ちゃんが昴に届けに来るなんてことがあった。

 朱莉ちゃんはそうやって教室に来るたびに、俺にも挨拶してくれて……いや、まぁ兄と一緒に飯食っている先輩を無視もできないだろうけど。

 そうやって見るたびに美少女だと思ったし、毎日健気に弁当を届けに来る姿には「大変だな」という感想と、「兄思いのいい子なんだろうな」という印象を抱いたものだ。


 まさか、その兄思いが行き過ぎて、たかだか500円程度の借金のカタになるとは思いもしなかったけど。

 借金のカタ。つまり物質(ものじち)。けれどこの場合、彼女は当然人間なので人質となる。嫌な響きだなぁ……。

 本物の借金取りを生業としているプロの方でも、500円の代わりに妹を差し出されたら困惑するに違いない。


 これで借金が1000円だったら代わりに何が出てくるんだろう……いや、額が上がったところでやっぱりプラマイゼロ理論を出される気がする。


「先輩っ」

「わっ!?」


 突然視界――というか目の前に朱莉ちゃんの顔が現れ、変な声を上げてしまった。

 そんな俺に、朱莉ちゃんはクスクスと口元に手を当てつつ笑う。


「驚きすぎです」

「いや、驚くでしょ!?」

「早く慣れてください。これから一緒に暮らすんですし」

「暮らすって……」


 そう言われても簡単に受け入れられるわけがない。

 しかし、冗談と思うには送られてきた2つのトランクケースとニ〇リの布団の本気感が強すぎる。特に後者は新品の筈なのに歴戦の猛者のような覇気を放っている。流石お値段以上を謳うだけのことあるなぁ……


「あっ、そうだ先輩。冷蔵庫の中」

「冷蔵庫?」

「殆ど空っぽじゃないですか。普段どういう食事をされてるんです?」

「どういうって、コンビニ弁当とか」

「はーっ」


 なぜかあからさまにデカい溜め息を返された。


「そんなんじゃ駄目ですよ。育ち盛りなんですから」

「もう流石に育たないと思うけど……」

「先輩、1人暮らしの男性に一番足りていないものが何か知っていますか」

「え、と……話の流れ的に野菜とか?」

「ぶっぶーです。不正解のペナルティは後で考えるとして……正解は『女の子の手料理』です!」

「そんな正解あるかぁっ!」


 そりゃあ“男の”1人暮らしなんだ、不足するに決まっている。というか充足した状態ってどういう状態だよ!?


「念のため聞くけど、その情報はどこから引っ張ってきたものなんだ……?」

「私の勝手な印象ですっ」

「本当に勝手だね!?」


 そんな出題者が有利というか、勝ちの確定しているクイズに間違えて、ペナルティがどうとか言われてるのか、俺。


「実際、女の子の手料理成分が不足した先輩はそう遠くない内に死に至るでしょう……」

「至らないから! 仮に至ったとしてもそれは全く別の理由によるものだ!」

「しかしご安心をっ! ほら、今先輩の目の前にはピチピチの女の子がいらっしゃいますでしょ?」

「自分にいらっしゃるなんて言う?」

「私が先輩の為に手料理を振る舞って差し上げます! なんたって私は兄の借金のカタですから。しっかり美味しい料理を振る舞って、がっちりその胃袋を仕留めさせてもらいますよ」

「毒殺するつもりじゃないよね……?」


 たかだか500円の借金の為に債権者を殺すなんてただのサイコだ。殺すより500円返す方が楽だろ絶対。


「まぁ、ある意味間違いじゃありませんね。人は常に代謝を行い、新たに生まれ変わり続けているのですから。先輩は私の料理によって新たな存在へと生まれ変わるのですっ」

「また意味の分からないこと言い出したよ」

「というわけで先輩。食材を買いに行きましょうっ!」


 朱莉ちゃんはポニーテールに纏めていたヘアゴムをすっと取りながら、そう笑顔で提案してきた。


 束縛から解放された長い髪がサラサラと宙を踊る姿は妙に様になっている。まるでシャンプーのCM映像みたいだ。

 思わずそんな姿に見とれて、やっぱり彼女は美少女なんだなと再認識した。友人の妹だけれど。

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