友人に500円貸したら借金のカタに妹をよこして来たのだけれど、俺は一体どうすればいいんだろう
としぞう
第1話 友人が500円の借金のカタに妹をよこしてきた話
大学生活1年目。
人生の18年間で初めて親元を離れ、四苦八苦しつつも1人暮らしをしている俺の下に、人生18年間で一番奇妙で奇天烈なイベントが舞い込んできていた。
「…………」
ああ、視線を感じる。
6畳1間の部屋の隅に膝を抱えてちょこんと座る女の子。
よく見知ったわけじゃない。殆ど知らない。喋ったことも僅かでしかない筈だ。
当然向こうも同じだろう。
そんな彼女が俺の部屋にいる。居座っている。
彼女曰く、そして彼女の兄曰く――借金のカタとして。
◆◆◆
「なぁ、お前いつこの間の500円返すの?」
それはまだ記憶にも新しい大学1年目、前期課程の終わり間際のこと。
俺は高校来の友人である宮前(みやまえ)昴(すばる)にそう投げかけた。
別に500円が惜しいとかじゃない。俺が500円で生活が変わる程度に困窮していたわけでもない。
500円は少額だ。少なくとも今の俺にとって、友人にきつく詰め寄るという対価を支払ってまで取り戻したいものではない。
ただ少額だからこそ、こうして思い出した時に催促しないと俺の方が忘れてしまう可能性が高いのだ。500円は少額だが金は金。決して同い年の彼に季節外れのお年玉を上げたわけじゃない。
そんな、たかだか500円に対して複雑な心境を抱きつつ借金の催促をした俺に対し、昴は顔面を真っ青にした。オーバーじゃない?
「す、すまない。我が高校来の友人、白木(しらぎ)求(もとむ)よ!」
「なんで芝居じみてるんだよ」
「ちゃんと言わないとお前の名前が読者に伝わらないだろ!?」
「読者って誰だよ。お前、こんな些細な会話を本にでも纏めるつもりなの?」
「その可能性がゼロである、という保証は出来ないからな。俺がひょんなことで世界中が注目する有名人にならんとも限らないだろ?」
「仮にそうなったとして、お前こんな500円がどうとかいうしょうもないエピソードを収録するのかよ」
誰が買うんだそんな自叙伝。
載せるにしても上手い事脚色するなり、モノローグで補えばいい。……いや、省く方が賢明だな、やっぱり。
「とにかく、借りた金のことだが……もう少し待ってくれないか?」
「500円だぞ、たった500円」
「お前みたいな金持ちには分からないだろうが、500円というのは大金なのだ……!」
「うるせぇ資産家の息子」
昴は高校来の友人。地元での彼も知っているが、彼の家は中々に金持ちだ。俺のような一般的なサラリーマン家庭に比べれば遥かに資産に富んでいるし、そんな彼から金持ちと言われるのはただの皮肉でしかない。
「とにかく、借金返済は待ってくれ。タダでとはいわない、代わりに俺の命より大事なものを預けるから!」
「お前、たかだか500円の借金にカタを出すなんて聞いたことないぞ」
「前代未聞……いい響きだ」
「気持ち悪いなぁ」
なんて、自叙伝には残らなそうなくだらない会話がきっかけになるなんて思いもしなかった。
数日後、
「兄に言われ、借金のカタとして参じました。これからよろしくお願いいたします」
彼女、宮前(みやまえ)朱莉(あかり)が本当に借金のカタとしてやってくるまでは。
◆◆◆
前述の通り朱莉ちゃんのことを俺は大して知っているわけじゃない。
高校時代、昴と遊ぶ際はゲーム類がより揃っている昴の家でということが多く、そうやって遊ぶ際何度か朱莉ちゃんと顔を合わせるということはあったけれど、がっつり話すなんて機会は無かったように思う。
彼女は兄と同様に整った顔立ちをしている……というか、普通にテレビの向こうにいそうなどこか現実味の無い美少女だ。実際、何度かスカウトも受けているという。
たとえ1つ年下でも、そんな彼女が部屋にいるというのは落ち着かない。そのたった1年も俺は大学1年、向こうは高校3年。落ち着かない理由は彼女が高校のセーラー服を身に付けているということも多分に含まれている。俺も半年前までは通ってた筈なんだけどな。
「あの、宮前さん?」
「朱莉でいいです、先輩」
「朱莉ちゃん……?」
「はい、なんでしょうか、先輩」
朱莉ちゃんは自分から何かを語るでもなく、自分が借金のカタだと言ったきり、部屋の隅に座り込んでしまった。まるで座敷童だ。サラサラと背中に流れる長い髪も、大和撫子感あるし。
「ええと、高校はいいの?」
「大丈夫です。夏休みですから」
「あ、そういえばそっか……って、だったら何で制服なんだ!?」
「その方が先輩が喜ぶと兄からアドバイスを受けましたので」
どんなアドバイスだよ、昴……!?
「あ、お茶でも出すよ。ええと……麦茶でいい?」
「お構いなく。私は借金のカタ――先輩の物ですので」
「も、もの!?」
「ああでも、麦茶なら一緒に砂糖を頂けると大変嬉しいです」
「あ、ああ……うん、お構いしますよ」
言い回しは妙だけれど、俺は彼女に従い麦茶と、あとコーヒー用に購入してまだ沢山余っているスティックシュガーを1本差し出した。
彼女はそれらを受け取ると、麦茶の入ったグラスに砂糖をサラサラと流し込み、細い人差し指でちゃぷちゃぷと混ぜた。
そういえば麦茶に砂糖を入れるなんて飲み方は、昔地元で流行ったものだったなぁ……。
「ふふっ、甘いですね」
一口、麦茶を口に含んだ朱莉ちゃんが美味しそうに微笑む。
彼女が口を離した際に、グラスに唇の跡が残っていて、それが妙に色っぽかった。って、1つ年下相手に何を考えてるんだ、俺……!?
「それで、朱莉ちゃん」
「なんでしょうか、先輩」
「借金のカタって……ええと、どうすればいいんだ?」
「いかようにもしてください。覚悟は……その、できているので」
自分で言っておいて、顔を真っ赤にし俯いてしまう朱莉ちゃん。
いや、たかだか500円に自分捨てすぎだろ……!?
「いや、朱莉ちゃん。確かに俺、昴……君のお兄さんにお金を貸しているけど、たかだか500円だよ?」
「たかだかではありません。『一銭を笑う者は一銭に泣く』という言葉もあります。1銭は0.01円ですから、500円はその5万倍です。つまり、500円を軽んじれば5万回泣くということです。そんなに泣いたら脱水症状で死んでしまいます」
「う、うぅん……?」
何か滅茶苦茶なことを言っている気がする……いや、言ってるな、確実に。
「とにかく先輩っ」
「は、はい!?」
「兄が死ねば私はともかく、両親が悲しみます。私は両親を悲しませたくないので、兄が500円を返すまでそのカタとして先輩の物になります。それは決定事項です!」
「俺に決定権は無いの!?」
「ありませんっ」
「無いんだ!?」
債権者なのに、権利は無いらしい。それじゃあ権という字は何を示しているんでしょうね……?
「しかし、先輩。そこまで拒絶されると流石の私も傷つきます。結構メンタル弱いんです。私、500円の価値も無いんですかね……?」
「い、いや、そんなこと言ってない……っていうか、人には値段なんて付けられないし……!」
「そんなことはありません。自分の身を売って対価を得るのが現代社会ですよ。よく『スマイル0円』なんて言いますが、あのスマイルにも時給は発生してます。りっちゃんが言ってました」
「りっちゃんって誰!?」
「某ファーストフードでアルバイトをしている私の友達です」
言っていることは色々際どいが、要するに、働いてお金を得るのは当たり前ということを言いたいらしい。
「では先輩。なんなりと私を使ってください。先輩になら私……何を言われても受け入れるよう頑張るので」
「いや、その悲痛な決意はどこから来るのさ……!?」
「悲痛……ではないと思いますが……」
とにかく、友人の妹を部屋に置いておくのは精神衛生上よろしくない。
ここは彼女に従ってサクッと500円分の返済を済ませてもらった方が建設的だろう。
「それじゃあ、朱莉ちゃん」
「は、はい。覚悟は、できています」
「何の覚悟……かは聞かないとして。そうだな……」
彼女に頼むこと、何かあっただろうか……うう、自分の私欲の為に友人の妹を使うというのはなんというか背徳感が凄い。胃がキリキリしてきた。
最悪、昴が突然カメラを持って部屋に入ってくるという事態もあり得るわけだし。
「それじゃあ、部屋の掃除でもお願いしようかな」
「…………はい?」
結構オーソドックスな依頼だと思うのだけれど、朱莉ちゃんはどこかがっかりしたような、呆れたような半目、すなわちジト目を向けてくる。
「あの、先輩。掃除ですか」
「う、うん」
「先輩の、ではなく、部屋の?」
「俺の……? いや、うん、この部屋の」
「はぁー……」
あからさまに大きな溜め息を吐く朱莉ちゃん。
「……分かりました。今はそれで我慢します」
「もしかして、掃除なんてしたくない?」
「いいえ……でも、そうですね。こういうところでしっかりポイントを稼いでいくのも大切だと思うので」
どこか真剣な顔つきになって、朱莉ちゃんは深々と頷いた。
ポイントを稼ぐなんて言っているけれど、借金はたかだか500円。時給換算したらいくらになるかは知らないが、たとえ低めに見積もっても1時間かからない程度で返済は完了するだろう。
そんなこんなで1時間後。
元々汚していたつもりは無かったが、それでもビフォーアフターがはっきり見えるくらい綺麗になった部屋を見て、俺は感嘆していた。
「どうですか、先輩」
得意げな笑みを浮かべ、朱莉ちゃんが胸を張る。
「いや、凄いな。思ってたより全然。これなら定期的にお願いしたいくらいだ」
「分かりました。これから毎日、掃除しますね」
「毎日? いや、それはいいよ」
流石に毎日頼むのは過多な気がするし、逆に彼女への支払いで俺が借金する必要が出てくる可能性もある。
「ですが、私は先輩の物になりましたので、いくらでも使っていただいていいんですよ」
「だから言い方……でも、もう大丈夫。ほら、今働いてもらった分で500円以上の価値があったと思うし。返済完了ってことで……」
「何を言っているんですか、先輩。流石の私も呆れてしまいそうです」
俺としては至極当然のことを言ったつもりだったのだけれど、そんな俺を朱莉ちゃんはやはり呆れるように見てくる。
「いいですか、先輩。まずはこの部屋の家賃を月6万円と仮定します」
「仮定するというか、その通りだけど……まぁ、はい」
「6万円を月30日で割ると、1日2000円です。また、仮に先ほどの掃除1時間が時給1000円だったとしても……そうですね、標準的な1週当たりの勤労時間が週40時間程度らしいので、1日換算すると6時間弱になります、つまり、フルで働いたと仮定すれば1日当たり私は6000円稼いでいる計算になります」
「う、うん? なんで家賃とか勤労時間とかが出てくるんだ……?」
「これだけ聞くと先輩も、家賃を引いても4000円私のお給料が残ると考えると思います」
「ごめん、正直追い付けてない」
「ですが、その4000円も残念なことに露と消えるのです」
俺の言葉を無視し、朱莉ちゃんは声を高らかに上げた。
「光熱費とか水道料金とかそういう諸々によって!!」
「そんなに高くないよ、光熱費も水道料金も!?」
「先輩……私、毎日スマホ充電しますよ……?」
「微々たるもんだわ!!」
理解は追い付いていないが、彼女の言葉をなぞると家賃を光熱費・水道料金が超えるということになる。それらが無いと生活が成り立たないとはいえ、流石に足元を見られすぎだろう。
「ま、まぁ、そういう諸々と言ったので。それ以外にも色々とコストは発生しますよ、うん。それで結果トントンになってしまい、兄の借金である500円の返済には一切手が回らないわけです。アー、コマッタナー」
「最初は随分それらしいことを言っていたのに詰めが甘すぎる……」
「チャームポイントというやつですね」
「自分で言わないで」
何が何だかという感じだが、1つ分かったのは、朱莉ちゃん的に今の掃除程度では500円の借金は返せないと思っているらしいということだ。
そんなに500円って重たかったっけ……俺が知らない間に円の価値高騰してたの?
なんてやり取りが途切れた瞬間、ピンポーンと軽快なチャイムの音がした。
「ん」
「あ、宅配便ですね」
朱莉ちゃんは当然のようにそう言い当てると勝手に出てしまう。
本当にドアの向こうにいたのは宅配便業者だった。
「はい、白木です。私、白木ですよ。印鑑もあります」
必要以上に自分がこの家の人間であるというアピール(嘘)をしつつ、どこから手に入れたのか俺の苗字が刻まれた判子を伝票に押し、荷物を受け取る朱莉ちゃん。何この手際の良さ。ていうか、届いたもの何?
「ああ、これは私の荷物です。まずこのトランクケース2つには私の着替えを始めとする私物が入っています」
「き、着替え!?」
「はい。私は借金のカタですので、当然お泊まりになりますし。ああ、ご心配なく。宿泊に際する諸々の費用も、私の日々の労働賃金から天引きしていただければと思いますので。そういった諸々を含めてプラマイゼロになる計算です、はい」
ガラガラのついたトランクケース2つを部屋に入れ、次いで彼女が運び入れたのは……トランク2つと比較しても大きいフワッとした商品袋だった。
「な、何それ」
「布団です」
「布団!?」
「はい、宿泊の為に購入しました。お泊りならばお布団が必要だと思いまして。勿論枕も付いています」
よいしょっと、などと言いつつ床に布団の入った袋を置く朱莉ちゃん。
「いや、それを買うお金があるなら500円くらい……」
「いいえ、それは無理です。これニ〇リなので」
「ニ〇リ関係無くない!?」
「お値段以上なのでプラマイゼロです」
ドーナッツは穴が空いてるからカロリーゼロみたいな理論……!?
「まぁ、仮に料金がかかったとしても……それもアレですね。1日当たりのアレにアレしたらプラマイゼロなので」
「なんか一気に色々ぼやかしてきたな……?」
こほん、とあからさまな咳をして無理やり話を切り替えようとする朱莉ちゃん。
いや、でも、この荷物とか彼女の発言を考えると……
「というわけで先輩。精一杯借金のカタを務めさせていただきますので、これからよろしくお願いしますね」
「ええと……いつまでいるつもりなのかな……?」
「勿論、兄の借金にケリがつくまで……それか、私の目的が果たされるまで、ですかね?」
「朱莉ちゃんの目的?」
「内容は秘密です。……まぁ、果たせたらお教えしますよ、ええ」
――勿論夏休み中に決着を付けたいと思っていますが。
そう朱莉ちゃんは補足するように言葉を追加する。少しばかり挑発するような音を滲ませながら。
「これは本気で取り立てた方がいいな……」
「ふふふ、気長に行きましょう。ああ、先輩」
「……なんでしょうか」
「もう一杯、麦茶を頂けますか。お砂糖の入ったとびっきり甘いものを」
「それ……いや、はい。畏まりました……」
麦茶一杯分でも借金減額に繋がらないかと言おうとして、やめた。
どうせそれを口にしたところで、日銭のアレやコレやでプラマイゼロにされるだろう。便利な言葉だなプラマイゼロ。
俺から受け取ったグラスに口をつけ、またも美味しそうに微笑む朱莉ちゃん。
そんな彼女に触発されてか、俺も久々に麦茶に砂糖を入れて飲んでみる。
「う……」
かつて親しんでいたその味は、今の俺にはどうにも甘すぎる感じがした。
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