第24話 友人の妹とアウトレットモールを楽しむ話
買い物は意外にも結構順調に進んだ。
というのも、朱莉ちゃんはある程度事前に調べ、決め打ちしていたらしい。
ランニング用のシューズも、ウェアも、値段はお手頃ながら機能性の高いものを選び、デザインやサイズだけ合わせてささっと決めてしまった。
「ふぅ、何とか足りました」
「朱莉ちゃん、結構詳しいんだね……」
正直、陸上を暫く離れていた俺では最新のアイテム事情などさっぱりだったのだけれど、ブランド名を見れば確かに信頼できるものだということくらいは分かる。まぁ、その良し悪しは人によるので何とも言えないけれど。
「実は頼れる相棒がいるのですっ」
「頼れる相棒?」
「はい! ランニング始めようと思うって相談したらコレが良いんじゃないって教えてくれて……」
ニコニコと誇らしげな笑顔を浮かべる朱莉ちゃんから、彼女がその相棒のことをとても大事にしていることが分かった。
お手頃価格になんて言ってもスポーツシューズなんてそれなりの買い物だ。それを委ねられる相手か……
「そういえば、俺にもそういう子がいたな」
「そういう、子」
「ああ、中学の時にね。練習でシューズを駄目にしちゃった次の日に、これかこれがおススメみたいな情報を纏めてくれてさ」
朱莉ちゃんが大きく目を見開く。
ああ、そういえば彼女もうちの高校だし、朱莉ちゃんとも友達かもしれない。元気にしてるかなぁ……。高校入ってからあまり話せなかったからなぁ。
「お互い、良い相棒を持ったってことだね」
まぁ、後輩の交友関係にも朱莉ちゃんの交友関係にも口出しするのは野暮というものだ。
もしかしたら彼女が朱莉ちゃんの相棒さんかもしれないが、ここでそれを口にして彼女の迷惑になってしまったら良くないし。
今度、久々に連絡してみるか……。
「取りあえずランチでも食べようか。混んでくると大変だから」
「あ、はい。そうですね!」
朱莉ちゃんは何か考え事をしていたみたいだけれど、俺の提案に乗って頷く。
そして、モール内のまぁまぁリーズナブルなパスタ屋に入店した。割とどこにでもある感じのチェーン店だけれど、故に安くて味の保証もされている。
まぁ、女子からしたら微妙かもだけど……
「取りあえずで入っちゃったけど、ここで良かった?」
「あ、はい! 私パスタ大好きですし!」
メニュー表を眺めつつ、ニッコリと笑う朱莉ちゃん。本当にできた子だなぁ……
「それに、先輩と一緒ですから問題ありませんっ」
「あはは……なんだか随分と過大評価されてる気もするけど。まぁ、でも俺も同じだな」
「え?」
「朱莉ちゃんと居ると楽しいよ」
「ふぇ……」
朱莉ちゃんは呆然と目を見開き、固まる。
そして、じんわりと顔を赤くした。
「しぇ、しぇしぇしぇ、しぇんぱい!? しょ、しょのこころは!?」
「大喜利?」
「ではなくっ! 私と居ると楽しいって……同じって!!」
「言葉通りの意味だけど……あっ! もしかしてまた妹扱いになってた……?」
やってしまった。女の子のプライドを傷つける妹扱い……!
どうにも癖になっているのか、年下相手にはこう接すると染みついているものがそもそも駄目かもしれない。
「ああ、でも本心だよ。朱莉ちゃん、元気だし、笑顔もカワ……いや、それもなんだか妹扱いっぽいな……? ええと、笑顔も素敵で」
素敵、なんて言葉初めてまともに口にしたかもしれない。
他にも癒されるとか、暖かい気持ちになるとか浮かんだけれど、それはそれでペット相手っぽくて違う気もする。
「しぇ、しぇんぱい……」
「朱莉ちゃん?」
「それは不意打ちですっ! 卑怯ですっ! 当たり前みたいな顔してそんなこと言って……もう!」
「え、ええと……やっぱり良くなかった?」
「いえ……むしろご馳走様です……!」
「いや、まだ注文もしてないよ!?」
何故か、心地良さげに昇天したような笑顔を浮かべる朱莉ちゃん。
そんな彼女に俺は戸惑いつつ、やっぱり楽しい気分になるのだが、また困らせても仕方がないので、それは黙っておくことにした。
その後、それぞれが注文したパスタが届き、それぞれ舌鼓を打つ。
ちなみに共にランチセットで、俺が海老のトマトソースパスタ、朱莉ちゃんがキノコのクリームソースパスタだ。
「うん、久々に食べたけどやっぱり美味しいなぁ」
「むぅ……」
「あ、あれ?」
なんかまた機嫌を損ねられてる……?
また何かやらかしてしまったのだろうか、と思ったけれど、彼女の目は俺ではなく手元のパスタに向いていた。
「先輩に美味しいと言ってもらえるからっていい気にならないでくださいよ……?」
「もしかしてこのパスタに言ってる!?」
「当然ですっ! ぐぬぬ……今や先輩の胃袋はこの私のものだというのに……!!」
我が家の台所を預かっている自負が強いのか、朱莉ちゃんはチェーン店のパスタに嫉妬をぶつけていた。一瞬俺が失言したわけじゃないと思ったけれど、不用意に美味しいと言ったのは失言だったかもしれない。
「あ、そ、そうだ。朱莉ちゃん」
「はい……?」
「これ、プレゼント」
「…………………………え?」
決して話題を逸らすために用意したというわけでは無いのだけれど、結果そう機能してしまったプレゼントを差し出す。
本当は朱莉ちゃんがゆっくりランニング用具を選んでいる最中に選ぼうと思ったのだけれど、結構サクサクと選んでしまっていたのであまりゆっくり吟味できなかったのと、包装ができずお店の袋そのままというのが勿体ないが……
しかし、効果はあったようで、朱莉ちゃんは怒気も毒気も抜かれたように呆然と袋と俺の顔の間で視線を彷徨わせていた。
「せ、先輩?」
「うん?」
「こ、これ、なんですか……? プレゼントと聞こえた気がしたのですが……」
「うん。朱莉ちゃんに、まぁ……色々事情はあるにしても、お世話になってるからさ」
「先輩が、私に、プレ、プレゼント……!!? まさかこんな日が来るなんて……!!!」
……プレゼントを渡しただけでここまで感動される俺、いったいなんだと思われていたんだろうか……?
そう思いつつも、しっかり朱莉ちゃんに袋を手渡す。まぁ、喜んでくれているみたいなので良かった。ただ、問題はこの後だ。
「でも、いつの間にこんなものを……?」
「ほら、朱莉ちゃんが商品を用意してもらっている間にトイレに行かせてもらったでしょ? その時に、隣の雑貨店で見繕ったんだ」
サプライズという計画があったわけじゃないけれど、スポーツショップに入る前に偶々見つけられたのが幸いした。
まぁ、急いで選んでプレゼントを鞄に隠して――とやっている内にも朱莉ちゃんを待たせちゃって、少し怒られてしまったけれど。
「あの、開けてもいいですか?」
「も、もちろん」
さぁ、最後の壁。
プレゼント自体は喜んでもらえたけれど、一番大事なのはその中身を彼女が気に入るかどうかだ。
朱莉ちゃんは顔を赤らめつつ、こちらにも心臓の音が聞こえてくる錯覚がするほど緊張した面持ちで、ゆっくりプレゼントの中身を取り出す。
そこまで緊張されると、こちらまで緊張してくる……いや、他人事じゃあないぞ、俺。
「……これ、エプロンですか?」
そう、俺がプレゼントに選んだのはエプロンだった。
あまり柄に拘っている時間はなかったのでファーストインプレッションで猫がプリントされたシンプルなものだ。改めて見ると少し子どもっぽいかもしれない。
「朱莉ちゃんにはやっぱり、普段から料理してもらって助かってるから……そのお礼に丁度合ってるかなって。……どうかな?」
あまりに不安になってしまい、感想を催促するノミの心臓、俺。
朱莉ちゃんはボーっとした様子でエプロンを眺め……そして、ぎゅっと胸に抱き締めた。
「私……凄く嬉しいです!」
「そっか、良かった……」
ほっと胸を撫でおろす。良かった。気に入ってもらえたようで、本当に良かった。
「はぁ……大好き……」
余程気に入ってもらえたのか、どこか夢見心地な様子で朱莉ちゃんが呟く。
そして、不意に俺と目を合わせて、何故か驚いたかのように目を大きく見開いた。
「い、いや、しぇんぱ……い、今のは違くて、その……!?」
喜んでいる姿を見られたのが恥ずかしかったのか、大きく慌てる朱莉ちゃん。そんな彼女に俺はつい頬を綻ばせる。
そして――
「俺も好きだよ」
「――ッ!!!?」
言えずにいた思いを口にした。
「いやぁ、猫のデザインってちょっと子どもっぽいとも思ったんだけど、実家で猫を飼ってたからかな、ついプルート……ああ、うちの猫のことを思い出しちゃってさ」
「あ……あ、ああ……そういう、アレ、ですか……そうですよね、あは、あはは……」
「あー、ごめんね。つい彼女のこと思い出しちゃって」
プルート、元気にしてるかなぁ。あー、また会いたくなってきた。一人暮らしに連れて来れば良かった――というのは駄目か。ペット禁止のアパートって多いし。
ついついお猫様のことを考えて、にやけてしまう俺に対し、朱莉ちゃんは何故か深く、深ーく溜息を吐いたのだった。
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