第25話 友人の妹とランニングに行く話
買い物の翌日、早速ランニングに行きたいと朱莉ちゃんは言い出した。
「この胸に宿った決意の炎が鎮火してしまう前に、挑戦しなければいけないのですっ!」
「そんな大げさな……」
「折角買ったウェアも先輩に披露したいですし……!」
「そう言われると弱るなぁ。まぁやる気なのはいいことだし、シューズも買ったばかりだし、初日は慣らしで軽く行ってみようか」
「はいっ!」
というわけで、一応短めの距離を設定した上でランニングに繰り出すことにした。
まぁ、最初だし30分程度。ランニングといってもウォーキングを入れつつならバテることはないだろう――
と、そう思っていた時期が俺にもありました。
「あづぅいぃ~……先輩ぃ……あづいでず~……」
「だ、大丈夫……?」
正直予想外だった。走ってもペースは緩く、結構ウォーキングの時間も長かったのに、朱莉ちゃんはバテていた。割と序盤の方から。
けれど実際、ランニングの一番の敵はこの暑さだ。朝とはいえガンガン照り付けてくるこの日光には予想以上に体力を取られてしまう。
「朱莉ちゃん、もうちょっと。もうちょっと歩けば公園があるから。そこで休もう?」
「はいぃ……」
情けない声を出しつつ、俺にもたれかかるようにシャツを掴んでくる朱莉ちゃん。
傍から見れば、ばっちり有名ブランドのロゴが入ったシャツとスパッツを着こみ、キャップを被り、黒い長髪をポニーテールにまとめた彼女はそれはそれは様になっていて、ランニングが趣味な健康意識高い系の女の子という印象を与えてくれるのだが……まさか、ここまでのもやしっ子だったとは。
最初からガンガン水分補給をしていたせいか、彼女のポーチに入れていたペットボトルは空っぽになっていた。
「朱莉ちゃん、これ飲んで」
「はい……って、これ先輩のじゃ……!? これって、か、かん、間接――」
「大丈夫、口付けてないから」
出発した直後からなんとなく名状しがたい嫌な予感がして、ペットボトルに口を付けないように飲んでいたのが幸いした。ドリンクを分ける時に間接キス――セクハラを気にしてたらやってられないもんなぁ……。
「そう、ですか……」
何故か朱莉ちゃんは残念そうに見えた。いや、ぐったりしているだけか?
けれど、しっかりドリンクには口を付けたので大丈夫だろう。俺のはセーブしていたおかげで半分以上残っていたし、公園までは持つだろう――
「先輩」
「ん?」
「あの、先輩もお飲みになった方がいいのでは……?」
そう朱莉ちゃんは俺にペットボトルを差し出してくる。いや、がっつり口付けてたの見てたんだよなぁ……
「大丈夫。慣れてるから」
「でも……」
「朱莉ちゃんは人に気遣ってる余裕があるなら、しっかり歩く! これには妹扱いも何もないから!」
「はーい……」
朱莉ちゃんは叱られた子どものようにぼやくと、より俺に寄り掛かるように身を寄せてくる。ガッツリ密着――逆に熱くないのだろうか。
ただ、本人がこれで落ち着くならいいかもしれない。人には妹扱いとクレームを入れておいて……と思わなくないけれど、イケメン無罪ならぬ美少女無罪だ。なんだかんだ悪い気がしないあたり、俺も男の子ってことだな……。
なんとか公園に着き、朱莉ちゃんを木陰のベンチに座らす。
「ふぃ~……極楽ですぅ……」
「大袈裟だなぁ」
「こうして外に出て、改めてウィリス・キャリアの偉大さを感じました」
「ウィリス……?」
「クーラーの発明者です」
流石受験生。博識だなぁ。
「まぁ、テレビで見ただけのものなのであまり誇れませんがー」
受験は関係無かったらしい。
とはいえ、言葉にも段々覇気というか、“らしさ”が出てきた。これならあとちょっと休ませれば帰れそうだな。
「俺、飲み物買ってくるよ」
「あ、私行きます。後輩ですし……」
「そういうのいいから。朱莉ちゃんはしっかり休むこと」
「むぅ……」
「むぅ、じゃないから」
立ち上がろうとした朱莉ちゃんの頭を手で押さえつける。
これで本当に飲み物を買わせに行ったら自販機の前でぶっ倒れる……なんてこともゼロではない。
「預かってる妹を熱中症で病院送りにしたなんてことになれば、昴だって黙ってないだろうしさ」
「兄は別に関係無いじゃないですか」
「関係無くないよ。いくら借金のカタなんて言ったって、いつかは返さなきゃいけないんだから」
「別に………………じゃないですか」
「え?」
ぼそっと呟かれた言葉は俺の耳まで届かず、木陰を流れるそよ風に流されてしまう。
思わず聞き返す俺だったが、朱莉ちゃんは少し恥ずかしそうに唇を尖らせ、
「な、なんでもないです」
目を逸らして打ち切ってしまった。
まぁ、疲れから思ってもない言葉が出てしまうというのはよくあることだ。俺も変に追及しない方がいいだろう。
「とにかく、俺が飲み物買ってくる。ここでじっとしてなよ?」
「はぁい……先輩」
「ん?」
「行ってらっしゃい」
ベンチの上で体育座りをするように膝を抱え、そうはにかむ朱莉ちゃん。
ちょっとそこの自販機に行くだけなのに大袈裟だなと思いつつも、俺は微笑み返し――
「行ってきます」
小走りでその場を後にするのだった。
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