第26話 先輩に助けられる話
「はぁ……」
吐き出した息は無性に熱かった。
少しのぼせているかもしれない。
けれど、心地が良かった。
木漏れ日に吹くそよ風が火照った肌を冷まそうとして、けれど、熱は胸の奥から湧き上がってくる。
先輩から貰ったスポーツドリンクは少し温くなっていたけれど、喉を通すと妙に熱く感じた。
残念ながら間接キスは逃してしまったが――もしもそうなっていたら、きっと熱すぎて火傷しちゃっただろうし、私にはこのくらいの方が丁度いいのかもしれない。
「心地、いいのかもなぁ……」
りっちゃんの気持ちが分かってしまうのが情けない。
先輩の、どこか遠くて近い――妹扱いは、心地が良いのだ。どうしようもなく。
りっちゃんが先輩のことを好きだったのかは確かじゃない。
けれど、私はやっぱり、どうしようもなく――先輩が好きだ。
慣れないランニング――走るのが苦手なのは、ずっと同じことを延々繰り返すだけだったからと思っていたけれど、単純に私は体力がなかったらしい。17年生きてきて結構な衝撃だ。
だって、先輩と一緒に走るのは何よりも楽しくて、幸せだったから。
少しでも褒めて欲しくて、張り切り過ぎちゃったから――余計に自爆しちゃったわけだけど。
「うへへ……でも、先輩優しかったなぁ……」
思わず頬が緩んでしまう。バテた私を公園まで優しく連れて来てくれて、帽子であおいでくれて、まるでお姫様みたいな気分。
昨日だって、エプロン買ってもらっちゃって――結局、昨日は着るチャンスがなかったから披露できなかったけれど、今日は見せれるかな。どういう反応してくれるだろう。……正直、エプロンを着た時点で私が色々いっぱいいっぱいになっちゃいそうだけれど。
昨日のことも、今も、妹扱いなのだろうか。それとも後輩扱い?
これがもしも恋人相手だったら……先輩はどういう対応をするのだろう。
もっと甘いのかな。もっと優しいのかな。
もしもその相手が私だったら……きっともっとのぼせちゃう。暑いとかそういうんじゃなくて、脳みそが沸騰して、浮かれちゃって、本当に幸せすぎて死んじゃうかも。
ああ、早く戻ってこないかな。
こうして先輩の傍にいられるのはこの夏の間だけ。
私達の関係が変わっても、変わらなくても、9月になれば私はまた地元に帰らなくちゃいけない。
もっと先輩と一緒にいたいのに、高校3年生と大学1年生――たった1年の差がこんなに大きく、遠いなんて。
「白木、求、先輩……」
そう、噛み締めるように先輩の名前を呟いた――その時だった。
「あれぇ? キミ、1人?」
誰か、声を掛けてきた。
「え……?」
「わっ、めっちゃ可愛い。ねぇねぇ、この辺りの子? 1人?」
「え、あ、その……」
男の人だ。少し軽い感じの、大人の男性。
彼はニコニコと少し人懐っこい笑顔を浮かべながら、ベンチ――私の隣に腰を掛けた。一瞬肩に腕を回されたと思ったけれど、その手はベンチの背もたれで止まる。少しホッとした。
「良かったら一緒にどう? あ、お茶とかがいいかな?」
「いや、その私、連れ、というか……」
「えー、いいじゃんいいじゃん。折角なんだし」
なにが折角なんだろう……。
どうしよう、今までも何回かこういう風に声を掛けられたことがあったけれど、一緒にいたりっちゃんが追い払ってくれたり……あれ、それ以外にはどうしてたっけ、頭が回んない……
「あれ? どうしたの? もしかして具合悪い? どっか涼しいところ行く?」
「え、あぁ、いや……」
腕を掴まれた。結構強い……。
触られた場所が妙に冷たく感じる。
どうしよう、どうしたら……
あまりの展開に頭の中がぐちゃぐちゃになって、力が入らなくて――
「あの、すみません」
先輩の声。
頭がボーっとする中でもそれだけははっきり分かった。
「彼女、俺の連れなんで。行こう」
「あ、はい……!」
意外にも男性はあっさり引いた。連れ、というか別の男性が一緒だったからそういう気にならなかったというだけかもしれないけれど。で、でも……!!
――手を、繋いでしまっている!!!!!
先輩の手はがっつり私の手を握っている。
それに、先輩、私のこと、俺の連れって……! それってもう、結婚じゃ――!!?
「ごめん、1人にしすぎた」
「あ、いや……」
先輩は私の手を引っ張って歩く。少し強引なくらい。
やっぱりさっきの人とは違う。繋いだ手が凄く、熱い。
「変なことされなかった? あっさり引いてくれて良かったけど」
「あ、いえ、全然――」
「朱莉ちゃん、可愛いからナンパもされるよなぁ……その心配もしなきゃか」
先輩が、私がナンパされるのを心配してくれている。多分、私が求めている意味じゃないけれど、それでも嬉しい。
でも、もしも、それ以上の何かがあったら……。
――先輩は私のこと、どう思ってるんですか?
そう先輩の背中に視線で訴えかける……訴えかけた、つもりだったのだけれど。
不意に先輩が振り返る。も、もしかして声が漏れてた――!?
「朱莉ちゃん、これ忘れてた」
先輩との距離が詰まり、頬にひんやりとしたものが触れる。
私の為に買ってきてくれたペットボトルだった。
どうやら漏れていた訳ではなくて、普通に気を遣ってくれただけみたいだけれど……これはこれで先輩らしくて……
「えへへ……ありがとうございますっ!」
やっぱり私は、今、この瞬間にも満たされてしまうのだった。
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