第44話
「お疲れ様です、先輩」
無事みのりをベッドへ移動し終え、朱莉ちゃんがいる廊下兼キッチンへと行くと、彼女は労うように麦茶入りのグラスを差し出してくれた。
改めてどっと疲れを感じつつ、受け取ってすぐ喉に流し込む。
「はぁ……美味い……」
ほどよい苦さと冷たさに癒やされつつ、深く溜息を吐いた。
どうやら砂糖は入っていないようだけど、個人的にはこっちのが落ち着くな。
なんだか実家に帰ってきたような安心感というか……まぁ、まだ一人暮らし始めたての俺に、帰省するってことがどんなものなのかはあまり分かってないけれど。
「ふふっ」
「うっ……! ごめん、だらしない顔して」
「いえいえ! 写真に収めて待ち受けにしたいくらいですよ?」
朱莉ちゃんも図太くなったなぁ、と思いつつ俺はただ苦笑いする。
初めて来たときは緊張も見られたけれど、いまじゃすっかりこの家の住人だ。
「先輩、少しお喋りしませんか? りっちゃんを起こしちゃうので、ここで立ち話になっちゃいますけど」
「どうしたの改まって」
「嫌、でしょうか……?」
「ううん、そんなことないよ」
曇りかけた彼女の表情を晴らすように、俺はすぐさま首を横に振る。
「よかったぁ……」
「そんなに喜ぶこと?」
「喜びますよっ。だって、りっちゃんが来てから先輩とゆっくり話せてませんでしたし」
「来てからって言っても、あいつ、今朝来たばかりだけど……」
「むぅ。そんなの関係ありません」
朱莉ちゃんはこの部屋での暮らしに慣れたようだけれど、俺は未だ彼女のことを完璧に理解するには至っていない。
今もなぜか拗ねるように頬を膨らました彼女に、つい困惑してしまう。
「先輩、随分りっちゃんと仲が良いんですね?」
「え、そうかな……朱莉ちゃんの方がずっと仲良さげだけど」
「そりゃありっちゃんとは自他共に認める親友同士ですし……って、話題を逸らさないでくださいっ!」
朱莉ちゃんは満更でも無さそうな顔をしつつ、しかしすぐに話を戻す。
「確か、陸上部のマネージャーだったんですよね、りっちゃん」
「ああ、うん。中学の時ね」
「中学のりっちゃんってどういう感じだったんですか?」
「今とそんなに変わらないよ。自由で、勝手で」
昔を懐かしみつつ、つい口元が緩む。
中学を卒業してから疎遠だったけれど、数年越しの会話は驚くほど前までと変わらなかった。
まぁ、今は朱莉ちゃんって言う『自他共に認める親友』もできたみたいだし、実際は変わっているんだろうけど。もちろん、良い意味で。
「中学の頃の先輩は、どんな感じだったんですか?」
「俺? うーん……」
「あれ、何かマズいことでした……!?」
「そんなことないよ。でも、どう伝えるのがいいかなって」
中学の頃の俺かぁ……まぁしかたのないことだけれど、当時の俺は今より全然ガキで、そのままありのままを伝えれば朱莉ちゃんからの評価を落とすことになりかねない。
なんて、見栄を張ろうとしているみたいでそれもそれで恥ずかしいんだけど。
「前も話したけど、中学の頃は陸上一筋でさ。他のことは二の次だったな。みのりにもすごく迷惑かけたし」
「迷惑、ですか?」
「遅くまで練習付き合わせたり、片付け一緒にやってもらったり……時にはロードワークについてきてくれたりもしてたし」
「へぇ……りっちゃんが」
「まぁ、ロードワークも一緒に走るわけじゃなくて、あっちは自転車だったし、それにあいつの気が向いた時だけだったしね」
あくまできまぐれに、でも付き合ってくれるときには彼女なりに真剣に向き合ってくれた。
おかげでダサいところも沢山見られたけれど、そのおかげでそれなりに仲良くなれたとも思う。
朱莉ちゃんは俺の話を聞いて、少し驚いたように目を丸くしていた。
「りっちゃん、やっぱり……」
やっぱり?
そう聞き返そうとして、しかし、俺が何か言うより先に――
「あ、いや……なんでも、ないです!」
朱莉ちゃんは何かを誤魔化すように、そう、ぎこちなく笑った。
友人に500円貸したら借金のカタに妹をよこして来たのだけれど、俺は一体どうすればいいんだろう としぞう @toshizone23
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。友人に500円貸したら借金のカタに妹をよこして来たのだけれど、俺は一体どうすればいいんだろうの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます