第43話
「あー、暑いぃ……センパイ、エアコンエアコン」
家に着くなり、ぐでーっと倒れたみのりは、相変わらずの通常運転だった。
ていうか、また俺の布団にもたれかかってる……しかも畳んだままで。
あまり気持ちの良い体勢じゃないと思うけど、広げるのも億劫だったってことか?
「ほら、そこに落ちてるから自分でつけろよ」
「へーい……」
ばたばた手を泳がせ、リモコンを掴むとピピピっと操作するみのり。
なんていうか、朱莉ちゃんより、いや、下手したら俺よりこの部屋を自分の物にしている……!?
「りっちゃん、制服しわになっちゃうよ?」
「ん……いい。どーせ、帰ったらクリーニング出すし」
心配して声をかける朱莉ちゃんにもこれだ。
同じ制服を着ていても百八十度違うなぁ。
「ていうか、りっちゃん! それ先輩の布団だから!」
「んー……まぁ、いいでしょ。センパイもどうせ気にしないし」
「気にする」
「ほら、気にしないって」
「聞いてねぇ……いいよ、朱莉ちゃん。後で消臭スプレーかけとくから」
「華のJKを悪臭扱いしないでください」
ぐあっ。枕が飛んできた。
「まったく、りっちゃんったら……」
「なんかごめんね、朱莉ちゃん」
「いや、先輩が謝ることあります?」
「ほら、オープンキャンパスもさっさと切り上げることになっちゃったし」
結局学食を体験した後、みのりがダルいダルいとごねて、ろくに大学を回れないまま帰路についてしまったのだ。
いや、本当に何しに来たんだこの後輩。
「雰囲気は十分分かりましたし、大丈夫ですよ! モチベーション上がりました!」
「朱莉ちゃんは良い子だなぁ……」
「そ、そうですか? えへへ……」
比べる対象が対象だけど、でも朱莉ちゃんはやっぱりしっかりしていて良い子だ。
もしも最初に押しかけてきたのが朱莉ちゃんじゃなくて、みのりだったら――
――センパイ、さっさと飯用意してくださいよー。飯ー。
……なんか、そんな姿が容易に想像できるな。中学の時はもっとしっかりしてたのに。
「ていうか、りっちゃん寝ちゃいましたね?」
「え? あ、本当だ」
気が付けばみのりは布団にぐったり倒れ込みながら、すーすー寝息を立てていた。
「朝も早かっただろうし、疲れてたのかな……」
「……かもね。さっきまでも朱莉ちゃんとはしゃいでたし」
「べっ、別に私ははしゃいでなんて――」
「しーっ」
つい大声を出してしまう朱莉ちゃんに、静かにとジェスチャーを送る。
「あう……」
朱莉ちゃんも気付いて、咄嗟に自分の口を塞いだ。
寝てしまったみのりを起こさないように、というささやかな配慮というやつだ。
「でもこんなにガンガン冷房効かせて、しかもあんな体勢で寝てたら風邪引きそうだよなぁ……ったく」
さすがに制服から着替えさせるのは無理だけど、少し動かすくらいなら――
「先輩、私のお布団に」
俺のやろうとしていることを察して、朱莉ちゃんが囁いてくる。
なんというか、しばらく一緒に暮らしてる分、実際に言葉を交わさなくても意思疎通できるようになってきた気がする。
まぁ殆ど朱莉ちゃんの気遣い力の高さによるものだけど。
「ありがとう」
「いくら先輩でも、りっちゃんが可愛いからって変なところ触っちゃダメですからね?」
「さっ――!?」
思わず叫びそうになって、咄嗟に口を塞ぐ。
そんな俺を見て、朱莉ちゃんは悪戯に成功したみたいに無邪気な笑みを浮かべた。
「ふふっ、冗談ですよ。さっきのお返しです。先輩は変なことしないって、私わかってますから」
冗談にしては苦笑しかできない。ていうか、朱莉ちゃんから向けられる信頼がめちゃくちゃプレッシャーだ。
みのりのやつ、起きてないよな……? こいつのことだ、もしも起きてたり、運んでる最中に起こしでもしたら、絶対騒ぐ。
そしてそうなれば、いくら朱莉ちゃんが俺を兄の友達として信頼してくれているといっても、その信頼は地に落ちてしまうに違いない。
(今更、朱莉ちゃんにお願いする……ってのは男らしくないよな)
そんな情けないことをつい思いつつ、俺はかなり緊張しながら、みのりを起こさないようにそーっと抱き上げるのだった。
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