第42話 後輩たちとオープンキャンパスに行く話

 オープンキャンパスというのは、大学が進学を検討している人に向けて、「大学はこんなところですよー」と宣伝する場である。

 当然、大学は勉学の場なので、どちらかというとあまり遊びのない、真面目で少し硬い雰囲気で行われることが多いらしい。


 まぁ、騒がしく楽しい雰囲気であれば、今まさに受験勉強に暑い夏を費やしている受験生の集中を削いでしまうことになるだろうし、間違ってないだろう。


 当然ターゲットは現役大学生ではないので、俺にとっては結構退屈で……一応朱莉ちゃんとみのりの付き添いとして傍にはいるものの、正直なんとか眠らないように気をつけるので精一杯だった。

 実際、入学してから大学や学部の紹介、それにミニ講義と題した体験授業を受けても今更だし。


 ただ、主役である2人は結構真面目に聞いていて――朱莉ちゃんはともかく、クールというか、熱を感じさせないみのりにしては珍しく思った。


「なんだか、私達が普段受けてる授業とは全然違ったね」

「まぁ、高校の授業は大学入試のためのものだし」


 説明回を受け、学部紹介、ミニ講義を終えた俺達は学食へと足を運び、ランチタイムへと突入していた。

 この学食もオープンキャンパスの一環で、現役高校生は無料で体験できるようになっている。ちなみに付き添いは自腹だ。けちくさ。


 2人は早速お揃いのカレーを突きながら、オープンキャンパスの振り返りで盛り上がっていた。2人ともどことなく目を輝かせているように感じる……ああ、そういえば俺も大学に入る前はこんな感じだったかもしれないなぁ。


「なんだか、大人な雰囲気ですよね。授業じゃなくて、講義って呼ぶところとか」

「センパイ、本当に大学生やれてるんすか」

「人を怠け者扱いしないでくれますかね? これでも前期はフル単……単位だって落としちゃいないし」

「そうそう、単位制なんですよね。自分の受けたい授業が受けられるっていう……」

「基礎的なものなら他の学部で学ぶような講義も取れるし、面白いものは面白いよ」


 つまり面白くない講義は面白くないということだが……まぁ、向き不向きだろう。


「まぁ、俺のことはともかく。どこか行ってみたい学部はあった?」

「そうですね……たしか先輩は経済学部でしたっけ?」

「うん、そうだよ」


 話を変えた筈なのになぜかまた俺のところに戻ってきてしまった。

 なんだか尋問……いやいや、インタビューを受けてるみたいだな。


「経済学部って面白いですか?」

「まぁ………………為にはなると思うよ」


 うっかりネガティブなことを言ってしまわないよう、当たり障りのない言葉を選びつつ、嘘にならないよう答える。

 今、朱莉ちゃんとみのりにとって俺は大学生代表だ。変にネガティブなことを言って、2人の進学意欲を削いでしまえば、2人のご両親からお叱りを受けてしまうかもしれない。

 ちゃんと2人が大学に行きたいと思えるような模範的な大学生になるんだ。できる。俺ならできる。


「なんだか胡散臭いすね。為になるって言い方とか」

「は、はぁ!? そんなことないしぃ!?」

「うわ、あからさまに目泳がせてる」


 じとっと半目を向けてくるみのりの視線から顔を逸らしつつ、冷や汗を垂らす俺。

 そんな俺達のやり取りを朱莉ちゃんは苦笑しながら見ていた。


「りっちゃん、別に為になるって言い方は間違ってないんじゃないかな」

「朱莉の質問は面白いかだったじゃん。そうなら面白いって言えばいいのに、為になるなんて誤魔化すのはあからさますぎ」


 どこか得意げに言いながらパクリとカレーを一口食べるみのり。

 ぐっ……言い返せない。みのりとは付き合いも長い分、ブランクがあるとはいえ、こちらの思ってることなど筒抜けらしい。


「まぁ、そんな正直だからいいんすけどね」

「え、なんて?」

「……なんでもないすから」


 咀嚼しながらぼそぼそ話すものだから最後の一言は聞き取れなかったが、なんでもないならいいか。


「せ、先輩っ」

「おおう!?」


 机を叩く勢いで朱莉ちゃんが身を乗り出してくる。

 ただ、勢いだけで実際には叩いていないところ、彼女らしいというか育ちの良さを感じさせるというか。


「わ、私も経済学部を目指そうかなと思ってますっ」

「え? そうなの?」

「は、はい。ええと……もしも、経済学部だったら、先輩と一緒に授業……じゃなかった、講義を受けることになったりするのでしょうかっ!」

「ええと……そうだな。物によっては同じ講義を取ることになるかもね。ただ、基本的に1年で取らなきゃいけない単位、2年で取らなきゃいけない単位……必修っていうんだけど、それは決まっているから殆ど被らないとは思うけどね」

「そ、そうですか……」


 朱莉ちゃんは勢いをなくして、少し落ち込んだように肩を落とした。

 あ、あれ? てっきり、高校までは別の学年の生徒と授業を受けることがないから、それを懸念してのことだと思ったんだけど……回答を誤っただろうか。


「あぁ、でも、昴となら一緒に講義を受けることもあるかもね」

「えっ」

「昴?」

「朱莉ちゃんの兄貴」

「ああ……どおりで僅かに聞き覚えが」


 納得したように頷くみのりとは対照的に、朱莉ちゃんはどこか動揺したように目を真ん丸にしている。


「せ、先輩。どういう意味ですか? 先輩とじゃなくて、兄と?」

「うん。あいつ、必修落としてたから。来年も1年と同じ講義を取ることになる筈だよ」

「え、うわ……なんだか、ちょっとモチベ下がりました……」


 朱莉ちゃんはそう、あからさまにがっくりと肩を落とした。

 あ、あれ? 朱莉ちゃんと昴、仲が良かった筈じゃあ……てっきり喜ぶと思ったんだけど……!?


 連続して間違えた結果、朱莉ちゃんの進学に対するモチベーションを奪ってしまったらしい。

 いや、冷静に考えれば兄が落第したみたいなことを聞かされれれば、妹としては情けないと感じるかもしれない。


 でも、そもそもの問題は昴のやつが必修を落としたことが原因だからな。

 もし、朱莉ちゃんの親御さんから責められ時は昴を盾にしよう。俺は密かにそう決意するのだった。

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