第41話 後輩たちの準備を待つ話

 そもそも、オープンキャンパスなんてものはそんな注目するほどのイベントとは言えない。

 夏に開催されるものの、それは高校生が夏休みだからという至極当然な理由で、夏に行われるからと夏らしい何かがあるわけではない。

 俳句に入れたとて当然季語としてカウントはできず……というか、オープンキャンパスだけで9文字だし字余り確定か。


 などと考えれば行きたく無さが増すので、頭の隅に押しやりつつ、だらけようとするみのりをあーだこーだと説得し、昼過ぎ、よりにもよって太陽が一番活発に活動する時間に政央学院大学へと向かうこととなった。


「暑ぃ……」


 だらしなくそう零すのは当然みのりだ。脱色した髪をてらてら光らせつつ、項垂れてしまっている。


「みのり、これ被れ」


 そんな彼女を見かねて、俺はベージュ色のキャップを被せてやった。

 みのりはこちらを見て目をぱちくりと瞬かせつつ、両手でキャップを押さえる。


「な、なんすかこれ。ツンデレですか。センパイ、ツンデレですか!?」

「ツンもデレもねぇよ」


 彼女の物言いに思わず気恥ずかしい気分になった俺は、みのりの両手越しにキャップを押さえつけた。

 ひゃう、などと言葉になっていない変な声を漏らし俯くみのり。まぁ、キャップを地面に叩きつけるみたいな行動には出なそうなのでいいか。


「センパイ、これセクハラっすよ……」

「うぇ……その言葉は効くわ。悪かった、もう二度としないよ」

「いや、二度ともやってください」

「どっちだよ……」


 ああ、このいつまで経っても掴みどころの得られない感じも懐かしい。

 いつも気だるげで気分屋。けれど気分屋だからころころ言うことも変われば、無駄に行動力に溢れる瞬間もある。

 ツンデレなんて人に言うが、広義的に見た時、こいつもツンデレと言われても仕方がない言動をしていると思うけどな。ツンにしてもデレにしても水に溶けたみたいに方向性がぼやけてしまっているが。


「お待たせしましたー!」


 無駄に気まずい感じの空気が流れ、どうしたもんかと困っていると、救世主の如く朱莉ちゃんが出て来た。ちなみにこの時間は朱莉ちゃんの準備待ちだったので、ある意味気まずい時間を作ったのも朱莉ちゃんだし、その空気を切り裂いたのも朱莉ちゃん……なんだか手のひらの上で踊らされている気分だぜ。


「あれ、朱莉」


 みのりは朱莉ちゃんの服装を見て目を丸くする。

 彼女の恰好は特に目新しいわけでもなく、おそらくみのりの方が俺より遥かに見慣れているだろう――制服姿だった。


「色々悩んだんだけど、オープンキャンパスだし制服の方がいいかなって」

「え、ちょ、聞いてない」

「だって相談しようとしたら、りっちゃん今の恰好のままでいいって」


 そう、みのりは駅で会った時の服装のままだ。外行きの格好だし、大学に入れば私服での登校になるので別に変でもないと思うけれど。


「さすが朱莉……これでもかとJKブランドを推していく……!」

「りっちゃん?」

「アタシも着替える。朱莉との制服デートチャンスだし」


 みのりはそう呟くと朱莉ちゃんと入れ替わりに部屋に戻ってしまった。ていうか、制服持ってきてんのか?


「なんか、変なスイッチ入れちゃいましたかね?」


 そして、苦笑しつつ傍に寄って来る朱莉ちゃん。

 改めて、我が母校の夏服を着ている朱莉ちゃんを見ると、確かに現役高校生らしいみずみずしさと、美少女ゆえの色香を放っていて、目の毒に思える……っていうか、妙な犯罪臭がする。俺、一歳しか違わない筈なんだけど、通りすがりの人に彼女と一緒にいるところを見られたら通報されてしまいそうな恐怖が……


「先輩? じっと見て、どうかしましたか?」

「あ、いや……似合ってるなって」

「え? え、へへ……ありがとうございます……って、喜んでいいんですかね……?」


 朱莉ちゃんは嬉しそうにはにかみつつ、すぐにそれを苦笑に変えて首を傾げてしまう。


「この制服を着るのももう残り少しですし、それに、先輩から見たら、高校生なんて子供ですし」


 だから一歳しか違わないって……まぁ、俺も高校生の時は大学生は大人に思ったものだ。

 朱莉ちゃんがこうも無防備に懐いてくれているのも、大学生と高校生という住む世界の違いみたいなものが起因しているのかもなぁ……。


「月並みかもしれないけれど、朱莉ちゃんは可愛いから何を着ても似合うと思うよ」

「ふぇっ」


 と、思わず恥ずかしいことを言ってしまった。

 朱莉ちゃんの顔がジワジワ赤く染まっていくのも、何もこの夏の暑さだけが原因ではないだろう。


「……ごめん、今のはセクハラかも」


 先ほどのみのりとの会話のせいでつい弱気になる俺。

 そんな俺に朱莉ちゃんは、ぶんぶんと大きく首を横に振って、


「そ、そんなことないです!」


 思い切り否定する。


「先輩にだったら、いくらでも褒めてもらいたいですよ!」


 そして、そんな言葉を付け加えては、ハッとした表情を浮かべ、咄嗟に両手で口を押さえた。


「あ、あの、えっと……その……」

「……ありがとう、朱莉ちゃん」


 自分で言っておいて動揺する朱莉ちゃんだが、対する俺もそこそこに動揺してしまった。

 先輩にだったら、なんて言葉を受けて一瞬でも勘違いするなという方が無理がある。


 けれど、勘違いというなら、なぜ朱莉ちゃんがそんな言葉を使ったのか……そして、なぜ今、思わず言ってしまったという感じの反応を見せているのか……その理由はハッキリと浮かんでは来なかった。

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