第18話 友達の新たな一面を知った話

「りっちゃんは先輩のこと――好きなの?」


 沈黙はほんの僅かだった。けれど、永遠のようにも感じた。


 電話越しにりっちゃんの息遣いが聞こえてくる。

 彼女が今どういう顔をしているか分からないけれど――でも、それが見えなくてホッとしてしまう自分もいた。


『――そんなんじゃないよ』


 ほんの僅かな間を経て、りっちゃんが返してきた言葉は否定だった。

 本心を押さえ殺しているというより、どこか自嘲するような響きだ。


『ま、中学ん時に色々良くしてもらってたってだけだし』

「そう、なんだ」

『つかさ、そんなことより今は朱莉のことでしょ』


 りっちゃんは少し呆れるようにそう言ってくる。


 私? と一瞬考えたけれど……そうだ。

 そもそもこの話になる前、私はりっちゃんに、先輩から妹のように思われていると指摘されていて――


『センパイさん……ああ、もういいや。求クンはさ、正直やめといた方がいいと思うんだよねー。あの人、恋愛サイコパス気味だから』

「れ、恋愛サイコパス……!?」


 ウェブの記事で見たことがある。それって貞操観念緩々の人のことだ……!!


『あー……ごめん。多分朱莉が考えてる意味で言ったわけじゃないわ。適当にそれっぽい言葉選んでみただけ』


 私の反応から私がどんなことを考えたか察したらしい。流石りっちゃん……いや、私が分かりやすすぎるんだろうか。


『なんかあの人さ、恋愛って線引きがないんだよね。好きって感情はあるんだろうけど、なんかふわっとしてるってかさ、異性としての好きとか、友達としての好きとか区別してないっぽい。本当に思春期迎えたの、って感じ』

「へ、へぇ……」

『だからもう鈍いってレベルじゃないの。そもそもアンテナ自体立ってないの。電波拾ってないの。SIMカードの入ってないスマホみたいな感じ』

「SIMカード入ってなくてもWi-Fiは拾えるんじゃない?」

『いや意味は伝わるからいいっしょ。朱莉ってそういうとこ天然だよね』


 天然なんてひどい。もちろん意味は分かってたけど、つい気になって――いや、こういうのを気にしちゃうのが駄目なんだろうか。


「で、でも、先輩だって男の人だよ! ずっと一緒にいたらいつか、ふとした瞬間にってことが――」

『ないよ』

「一蹴!?」

『多分朱莉は今妹認定されてるでしょ。逆に妹認定されてるから求クンの家に泊まれてるんだろうけど。でもさ、あの人一旦そう思い込んだらずっとそうなんだよね。全部そう処理しちゃうわけ。妹だと思われたらずっと妹。ソースは――』


 りっちゃんが途中で言葉を止める。ちょっと不自然に。


『――とにかく、妹認定されたままじゃ平行線のままだよ。妹として可愛がってもらうので満足なら十分すぎる環境だと思うけど』

「妹……は、やだな」

『ま、そーだよね』


 私とりっちゃんは同時に溜め息を吐いた。

 そのことに2人ともビックリして、また同時に笑う。

 なんだかまたいつの間にか重々しくなっていた空気が和らいだ気がした。


「ありがと、りっちゃん、私もっと頑張ってみる。先輩に女の子として見てもらえるように」

『朱莉も難儀だね。朱莉と付き合いたいって連中はいくらでもいるのに』

「でも、私が付き合いたいって思うのは――先輩だけだから」


 どくん、と心臓が跳ねた。自分で言っていてなんとも恥ずかしい台詞だ。それに、よりにもよってりっちゃんに――


『ふーん、いいじゃん。なんだか青春って感じで』


 けれど、りっちゃんは私の言葉を受けて笑っていた。怒った感じも作った感じもない。

 いつものりっちゃんって感じで楽しそうに笑っている。


『朱莉がそんなに情熱的になってるの初めてかも』

「えっ、そ、そうかな……」

『だって朱莉も求クンみたいに、恋愛なんか興味ありませんって感じに見えたし』


 そんなからかうような響きに私はやっぱり自分の顔が熱くなるのを感じた。


『ま、でもさ。朱莉ならいいかなー』

「え?」

『別に。ああっ、一つ忠告。やけになって告白はしない方がいいよ』


 少し真剣な口調でりっちゃんはそう言ってくる。

 確かに妹認定されているという現実を考えれば、それを覆すのに告白は効果的かもしれない……なんて、私にはまだそんな勇気ないけれど。


『あの人、とりあえず付き合ってみるって思考無いからね。友達としか見れなくてーとか平気で言うし。朱莉の場合、妹みたいに思ってるから―ーかな』

「なんか実感籠ってない?」

『中学時代、そんな子沢山見てきたから』


 今度はソースについて言い淀まなかった。ということはつまりさっきのは――と考えると、自然と暖かな気持ちがこみ上げてきた。


「ふふっ、りっちゃんって可愛いね」

『は? なんでアタシ?』

「私もりっちゃんだったら諦められるかなー」

『ちょ、朱莉。何の話』


 少し動揺した感じのりっちゃんに、今度は私が笑う。凄く自然に笑えていて――ああ、きっとりっちゃんもこんな気持ちだったんだろうな、なんて思う。


「忠告、有難く頂戴いたしますっ。私は私らしく頑張ってみるので」

『うん。ま、応援してる』

「あ、そうだ、りっちゃん」

『なに』

「りっちゃんもこっちおいでよ! 久々に先輩に会いたいでしょ?」

『はぁ? 別にアタシそんなんじゃ――』

「分かってる分かってる。でも、私もりっちゃんに会いたいもん」


 これは紛れもなく本心だ。

 もしもりっちゃんがライバルだったとしても、りっちゃんが私の親友であることはやっぱり変わりないから。


 声だけ聞いてたら、無性に会いたくなってきたというのもあるし。


『……やっぱり朱莉ってちょっと変だよね』

「え、酷くない?」

『褒めてるよ。少しは』


 それって多くは褒めてないってことだよね、やっぱり。


『はぁ……なんでこんなことになっちゃうんだか。ま、考えとくよ』

「うんっ。あっ、それまでに私が先輩とラブラブになっちゃってても恨まないでね?」

『なにそれ』


 りっちゃんが笑う。釣られて私も笑った。


 もしもりっちゃんが先輩のことを好きだったとしても、やっぱり嫌な感じは無い。

 むしろ彼女と同じ人が好きになれて、彼女が同じ人を好きになってくれて――そんな不思議な嬉しさがじんわりと胸を満たしてく。


『あ、そろそろバイトだから』

「うん、お勤めご苦労様ですっ」

『朱莉も頑張ってね』

「はいっ!」


 じゃあねと、りっちゃんが通話を切る。

 私はスマホを耳から離すと、深く息を吐きつつ、壁に背中を預けてボーっと宙を見上げた。


 妙に落ち着いていて、同時にそわそわもしている。

 けれど悪い感じはない。むしろちょっとすっきりしちゃったくらいだ。


 もしかしたら、りっちゃんにはモヤモヤさせちゃったかもだけれど……。


――ポコッ。


 スマホが鳴り、りっちゃんからのメッセージが届いた。


――もとむくんにあたしのこといわないでね


 全部平仮名なのが相変わらずりっちゃんらしいけれど、でも書かれている内容は凄く女の子っぽい。


 りっちゃんは私が恋愛に興味ないと思ってたって言ってたけど、それは私も同じだ。

 りっちゃんはどこか大人びていて、カッコよくて、恋愛なんか興味無さそうだと思っていた。


 だから、このメッセージから伝わってくる"いじらしさ"みたいなものが何とも新鮮で――


「ああもう、可愛いなぁ、りっちゃんは」


 私はやっぱり笑ってしまうのだった。

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