第17話 友達に先輩との関係を尋ねる話
――朱莉の好きな人ってさ、もしかしなくても求クン?
え、ちょっと、え?
待って、なんで、いや……どうして?
私の頭の中でぐるぐると同じ思考が回る。
彼女が私の好きな人が先輩――白木求先輩であることに気が付いたことはいい。
それこそ本当に付き合うことができたなら当然明かすつもりだったし、そうでなくてもタイミングがあれば話していたと思う。
それが若干早まっただけだし、親友である彼女なら気が付くきっかけもあっただろうから。
けれど、今詰まっているのはそこではなく――
「り、りっちゃん」
『なに』
「今、も……も、求くんって言った……?」
名前。名前呼びだ。
それも結構親しい――いや、当然といった感じで呼んでいた。
仮に私が先輩を“求さん”なり、”求先輩”と呼んだとしてもどこかで照れが出てしまう。実際、今思い浮かべただけでも照れるもの。
もしも私がりっちゃんのように自然に先輩を名前で呼べるようになるとしても、一体どれだけの時間が掛かるだろうか……
『あー………………呼んでなくない?』
「……え?」
『白木センパイって言ったんだよ。求クンなんて言ってない』
「え、あ……そうだった?」
『うむ』
「……って、騙されるかーいッ!!!」
私は関西人さながらのツッコミを電話の向こうのりっちゃんに突き付ける。
ぐえっ、と呻くような声が聞こえたことから、りっちゃんの鼓膜へダメージを与えることには成功したみたいだ。
「りっちゃん! りっちゃんは先輩とどういう関係なの!?」
『ど、どういう関係って……』
「さっきの言葉の響きから、ただの先輩後輩っていう浅い関係じゃない感じがした! 凄く自然に、当たり前みたいに先輩のこと名前で呼んでたし、いつも気怠そうなりっちゃんの声に若干力が籠ってた感じもした! それに白木先輩って言い直したのだって凄く違和感あったもん! コアラを指差して、『あれはカンガルーだよ』って言うくらい変だった!!」
『たった一言でよくそこまで分析できるね……ってか、最後の例え意味不明だし……』
りっちゃんはちょっと引いたみたいに引きつった声を出す。
けれど反応は正しい。私は今、見極めようとしているのだ。
りっちゃんが味方か、それともライバルなのかを!!
『朱莉、あのさ。アタシは――』
「りっちゃん、聞いて」
『アッハイ』
ああ、緊張する。私は何度か深呼吸を繰り返し、そして、重々しく口を開いた。
「まず、前提として――りっちゃんの指摘は正解です。私は先輩が……白木求先輩のことが好きです」
『あー…………うん』
「だからはっきりさせたいの。その、ええと、りっちゃんは……」
ああ、駄目だ。口にするのが怖い。
「あの……あのね? 私別に責める気はないの」
『うん』
――パチンっ。
「別にりっちゃんがその……ライバルだったとしてもいいの。先輩はそれくらい魅力的でカッコいいと思うし」
『朱莉、それは考えすぎ』
――パチンっ。
『アタシ、そんなんじゃないよ』
「じゃあ何で先輩のこと――ごめん、ちょっと待って?」
『なに?』
「りっちゃんさ、今爪切ってない? さっきからパチンパチンって音が」
『何言ってるの朱莉』
あ、そうだよね。こんなタイミングで切る筈がない。
だって、今は私とりっちゃんがライバルなのかどうかを明らかにするシリアスな場面で――
『切ってるけど』
「切ってるの!!?」
『聞いてきたの朱莉じゃん』
「そうだけども!!」
まさか本当に今このタイミングで爪を切ってるなんて思わなかった。
いや――でもりっちゃんなら有り得るか。りっちゃんの偶に起こす奇行を考えれば、シリアスな会話の最中に爪を切るなんてことジャブにもならない。
ああ、冷静さを失っている。落ち着かなきゃ。
りっちゃんは敵じゃない。仮にライバルになったとしても、りっちゃんが私の親友であることには変わりが無いのだから。
……まさか、りっちゃんの奇行で冷静に戻されるなんて思わなかったけれど。
「あの、りっちゃん」
『なに?』
「りっちゃんは――先輩とどういう関係なの?」
『どうって……』
りっちゃんが少し言葉を詰まらせる。
その様子はりっちゃんをよく知る私からしたら、やはり意外な反応だった。
「先輩にね、りっちゃんのこと、話したことがあるの。ほんの少しだけど。でもその時は先輩、りっちゃんのこと知らないって言ってて……」
『つかさ、分かる訳ないでしょ』
「え――どうして?」
『りっちゃん、なんて呼ぶの朱莉くらいだし。アタシ、“みのり”だよ。みのりの“り”を取ってりっちゃんなんて普通呼ばないから』
「え、そうかなぁ……」
可愛いと思うんだけどな、りっちゃんって。
でも確かに、先輩がその呼び名を知らなければ彼女と連想もできないのは当然かもしれない。
『朱莉さ……別にアタシら、そんな訝しがる関係じゃないから。センパイさん――求クンは同中ってだけ』
「おなちゅう……」
『んで、アタシは先輩のいる陸上部のマネージャーやってたから話す機会も多かったっていうか』
「先輩のマネージャーっ!!?」
な、なんて羨ましい響きっ!!
先輩は高校でも陸上部に入っていたけれど、あまり力の入った部じゃなかったということもあり、マネージャーは募集していなかったのだ。
だから私も諦めざるを得なくて――ぐぬぬぬぬぬ! 羨まじいぃ~!!
『求クンのじゃなくて、陸上部のね』
「でもそれって先輩のマネージャーと同義だよ!」
『いや、そうはなんないっしょ。他の人の世話もしなきゃだし』
りっちゃんはやっぱりちょっと引いた感じに声を引きつらせる。
うぅ……これが持つ者の余裕なのか……
『ま、そんなだから求クンのこともちょっと知ってて、朱莉の話を聞いてたら求クンぽいなって思っただけだから。マジで』
「むぅ……りっちゃんの言うことだし信じるけど」
そもそも責める話でも無いのだ。
先輩がどこで誰とどんな関係であっても、それは先輩の勝手だし、彼女でもなんでもない私がとやかく言うことじゃない。嫉妬はするけど!
だからりっちゃんを責める気は全く無い。
でも――一つだけはっきりさせておかなければいけない。
「りっちゃんは先輩のこと――好きなの?」
電話をかけたときには、まさかこんな話になるなんて思いもしなかったけれど。
でも、これから先輩と接していくにも、りっちゃんと付き合っていくにも、私だけ何も知らないままでいるよりはよっぽど良かったから。
自分でもびっくりするくらい、口から出た声は落ち着いたものだった。
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