第34話 友人の妹に食わず嫌いな話をする話
それから少し経って、相変わらず昴・長谷部さん夫妻は帰ってくることも無く、ただただ静かな時間が過ぎた。
朱莉ちゃんは終始もじもじとしつつも、嬉しそうに笑みを零している。彼女がいいならいいのだけれど、俺はやっぱり少し恥ずかしい。
「朱莉ちゃん、気分はどう?」
「最高ですぅ……」
「じゃあそろそろ起きれるかな」
「あ、たった今絶不調になりました」
「そんな急に浮き沈みするもの!?」
朱莉ちゃんは笑顔をしかめ面に変えて、深々と溜息を吐く。
「そうだ、先輩」
「ん?」
「先輩はどうして彼女を作らないんですか?」
……またか。長谷部さん、昴に引き続き3度目の同じ質問。
正直示し合わせていたんじゃないかと思う方が自然だ。なので、俺はまたもや同じ回答を口にした。
「俺は作らないんじゃなくて、作れないの。相手がいないから」
「じゃあ、もしも先輩のことが好きって子が現れたらどうします?」
「え」
朱莉ちゃんはそう、更にもう一歩踏み込んできた。
「突然女の子が現れて、先輩のことが好きって告白してきたら……先輩は付き合いますか?」
「あ、朱莉ちゃん、どうしたのいきなり……?」
「……いきなりじゃ、ないです」
ぽつり、と拗ねるように零す朱莉ちゃん。
同時に寝がえりを打って、俺から顔をそらしてしまった。
「今まで、告白されたりってことなかったんですか?」
「無いよ、そんな経験」
「えっ!」
そんなに驚かれることだろうか。
けれど、言った通り小・中・高とそういう経験は無かった。
それなりに女子とも仲良くしていたとは思うけれど、精々いい人止まりといったところだっただろう。
「意外?」
「正直……はい。先輩は色んな女の子から引っ切り無しに告白されているんじゃないかと」
「ええと、褒められてるのかな、それ……」
「当然です!」
「あ、ありがと……でも、残念ながら的外れだよ」
俺は自嘲しつつ、公園の入り口に目を向ける。
残念ながらまだ昴達は帰ってきてはくれない。正直、こういう恋愛話みたいなのはあまり得意ではないんだ。
「それじゃあ、例えば、わ……」
「わ?」
「わ、わた――分かんないですけど! そこそこ可愛いって噂されてる子から突然告白されたらどうします!?」
がばっと身を起こし、その勢いのまま聞いてくる朱莉ちゃん……だけど、その勢いの割に質問はフワッとしている。
「あ、朱莉ちゃん、もう元気に――」
「そんなことどうでもいいので! 質問に答えてください!!」
ぐいっと顔を近づけ、強い目力を放ちながら、朱莉ちゃんが迫ってくる。
俺の両肩に手を当て、抑え込むような姿勢はまるで俺を押し倒そうとしているようにも思えるけれど――いや、こんな分析をしてても仕方がない。
この感じ、俺が答えるまで朱莉ちゃんは解放してくれないだろう。
「一応、相手にもよるけど、多分――断るんじゃないかな」
「断るん、ですか?」
「これも意外? まぁ、その時になってみないと分からないけれど……その、俺食わず嫌いなんだ」
「食わず……?」
「ああっ、なんか言い方良くなかった気がする。ええと……」
上手い事表現できる言葉が浮かんでこない。けれど、朱莉ちゃんは俺の言葉を待ってくれている。
「そのさ、朱莉ちゃんってカラオケ行ったことある?」
「え? ありますけど……」
「俺はなくてさ」
何か変な話始めたな、こいつ。みたいな反応をする朱莉ちゃん。いや、もっとオブラートに包んだ感じだけれど。
確かに俺も回りくどいかなと思う。けれど、多分これが一番近い。
「小学校の音楽の時間かな。みんなで歌うって時間がなんか苦手で。ほら、男子ってそういうの茶化したりするでしょ?」
「ああ……まぁ、そうですね」
「なんかトラウマってほどじゃないんだけど、そっから人前で歌うってのが妙に嫌になって――んで、結局経験が無いまま大学生になっちゃって。なんだか今更初めてで行くのも億劫というか、気後れするというか。そういう感じを、誰かと付き合うっていうのにも感じちゃうんだよね」
うん、分かりやすい気がする。分かりやすい気はするのだけど……なんだか、随分ダサいことを言っている気がする。
朱莉ちゃんは俺の言葉を受けて呆然と目を丸くしていて――そんな反応も当然だと思いつつ、ちょっとツラいというか。
「まぁ、そんだけの理由。だから……多分尻込みするんじゃないかなって」
「そう、ですか……てっきり、何か過去にトラウマがという話かと思ったのですが……」
「そんな漫画の主人公みたいな設定は持ってないよ」
持っていれば、この彼女いない歴=年齢という部分もカバーできたのだろうか。いや、こんな話、精々笑いの種にされて終わりだな。
「まぁ、今はそういうのが無くてもそれなりに充実してるしね。有難いことに友達はそれなりにいるし、朱莉ちゃんもいるし」
「わ、私ですか!?」
「うん、最初は随分戸惑ったけど、今じゃ朱莉ちゃんがいない生活なんて想像できない気もするし……」
「ほ、本当に……? え、えへ」
余程嬉しかったのか、朱莉ちゃんは少しだらしない笑顔を浮かべる。まぁ、それでも可愛いままなのだから美人っていうのは得だなぁ、なんて思っていると、こちらに体重をかける体制のまま脱力して――俺の胸に抱き着いてきた。
「朱莉ちゃん?」
「えへ、えへへ……私も今、最高に幸せですよ!」
「そ、そっか。ありがと」
何故か礼を言う俺。そして、何故か俺に抱き着いたままの朱莉ちゃん。
そんなこんなしている内に昴たちも戻ってきて――その後随分茶化されはしたのだけれど、まぁ、そういうのも含めて『悪くない』と思えた。
そして、その後――
「先輩!」
「何?」
「えへへ、呼んでみただけです」
ご機嫌なままの朱莉ちゃんと並んで、ランニング後のクールダウンとして歩く。
今度は昴と長谷部さんが先行する形だ。
「しかし、なんというか」
「どうしました、先輩?」
「いやぁ、昴がさ、ダブルデートがどうとか言ってたのを思い出して」
「ああ、そういえばそんなこと――え、それがどうかしたんですか?」
「ああいや……なんか、こういう感じなのかなって思ったくらいで」
まぁ、朱莉ちゃんに失礼というのは変わらないけれど。
でも――いや、これは本当になんとなく思っただけだ。変に掘り下げられることでもない。
「あの、先輩!? それって、つまりそういうことですか!?」
「え? そういうこと?」
「いや、なんでそこでとぼけるんですか!? 先輩が言ってるのは――」
「おおっ? どーした、朱莉! いきなり叫んで!」
朱莉ちゃんの声に昴が反応して振り返る。
「ちょ、お兄ちゃん!? なんで肝心なところで邪魔するの!?」
「は? 肝心……?」
っと、これは助かったでいいのかな。朱莉ちゃんの注意が昴に逸れてくれた。
「随分仲良いね」
「長谷部さん。ああ、いい兄妹だな」
「そうじゃなくて、白木君と朱莉ちゃん」
「え?」
まぁ、仲が悪いわけではないし、いい関係を築けていると思うけれど。
そんなことを思う俺に対し、何も言っていないのに何故か溜息を吐く長谷部さん。
「ちょっと、なんで溜め息?」
「それは自分の胸に聞いてみなさい。でもさ、ちょっとお節介になるかもしれないけど――」
長谷部さんは一度、昴と口論する朱莉ちゃんの方に視線を移した後、また俺を見る。
そして――
「お似合いだと思うよ。2人とも」
そんなことを言って微笑んだ。
俺は、その言葉をどう受け止めればいいか分からなくて、取りあえず笑って返すのだった。
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