第37話 友人の妹に激しく起こされる話

「先輩。せーんーぱーい!」

「んうぅ……」


 朱莉ちゃんの声に目を覚ます。とはいえ、俺の身体はまだ貪欲に睡眠を欲していて、


「後30……時間……」

「30時間!? 先輩、それは欲張りすぎます!! いいから起きてくださーい!」


 我ながら確かに欲張ったと思う。まぁ、30時間も寝れたらそりゃあもう満足だと思うけれど。


「先輩、今日はオープンキャンパスの日ですよっ! もうりっちゃんも待ってるんですから!」

「……りっちゃん?」


 その聞き慣れたのか、聞き慣れていないのか分からない名前に頭がふんわりと覚醒する。


「そういえば、友達が来るとか……それってりっちゃんだったのか」


 確か、バイト戦士でアレコレと変な知識を朱莉ちゃんに吹き込んでいると噂の子だ。度々彼女の会話に出て来ては愉快そうなイメージを与えてくれている。

 俺はてっきりみのりが来ると思っていたのだけれど。


 俺との電話でオープンキャンパスに来ると言っていた彼女は、メッセージでどうするか聞いてみたところ見事に既読スルーをかましてくれた。

 元々コミュニケーション下手というか、既読スルーもよくある奴だった。でも、たとえ気の置けない相手であっても既読スルーというのは中々男の子のハートにダメージを与えるもので――何度も何度も追及する気力も無く、勝手に朱莉ちゃんの友達として来ると思ってしまっていたのだけれど。


「まぁ、後で考えればいいか……」

「何を後で考えるんですかっ! 起きてくださいってばぁ!」

「うぐっ!」


 朱莉ちゃんは俺が眠る掛布団の上にどんっと乗っかってくる。

 掛布団といっても夏用の薄いやつだ。結構ダイレクトに朱莉ちゃんの乗っかる感触が伝わってくる……。


「せーんーぱいっ!」

「朱莉ちゃん……なんかその起こし方妹っぽいね……」

「えっ! 私、兄にこんな起こし方したことないですけど」


 漫画とかだと、主人公の布団の上に妹的存在が乗っかって起こすってのは定番だと思うけれど――って、俺は主人公じゃなかったわ。前提が崩壊して…………


「もうっ、先輩! なんでもいいですから早く起きてくださいっ!!」


 なんてうだうだしている内に、いよいよ俺は友人の妹を怒らせてしまうのだった。



◆◆◆

 

「もう、先輩! なんで普段は寝起きいいのに、今日に限ってあんなんだったんですか!?」

「ご、ごめん」


 何度も何度も怒られ、叩かれ、身体を揺らされ――随分な迷惑を掛けて起き上がり、顔を洗うことで強制的に目を覚まさした俺に真っ先に浮かんだのは当然、罪悪感だ。

 真面目で優秀、気配りもよくできる朱莉ちゃんに俺が偉そうに年上としての模範的な姿を見せる――なんてことは、今更できる筈もないが、それでも率先して駄目な姿を見せるというのは違うと思う。

 彼女もさぞがっかりしただろう――と思いつつ、朝食の並べられた食卓越しに朱莉ちゃんの方を伺ってみると――


「えへへ、可愛い所見ちゃった……」


 何故かニヤニヤしていた。

 彼女の呟きは小さすぎて聞こえなかったけれど、まぁ、あまりいい印象を抱かれることではなかっただろうし、俺のメンタルを考えたら聞こえなくて正解かもしれない。


「朝ご飯食べて、着替えて――そうしたら取りあえず駅に行きましょう! 友達を回収したいので」

「うん、分かった」

「それで……一度帰ってきます」

「うん……?」

「で、お泊りセットを置いて――」

「あれ? お泊りセット?」


 その友達――おそらくりっちゃんを一旦うちに連れてくるというのにも少し引っ掛かったが、お泊りセットという響きはより違和感を与えてくれた。


「ねぇ、朱莉ちゃん」

「なんですか先輩」

「もしかしてだけど……その友達とやら、うちに泊まるつもりなの?」

「はい」


 当然と言わんばかりに朱莉ちゃんが頷く。

 それに俺は思わず頬を引きつらした。


 りっちゃんは女の子の筈。朱莉ちゃんの時は半ば強引に、泊めることになってそのまま流され――という感じだったけれど、流石に女子高生2人泊めるのはマズいだろう。社会的な信用的に。


「あ、朱莉ちゃん。何か他にアテは無いの? それこそ、女の子を泊めても問題なさそうな知り合いとか、ホテルとか……あ、そういえば――」

「先輩、まさかか弱い女の子を1人外に放り出すなんて真似しませんよね?」

「う……」


 長谷部さんの家なんてどうだろう、と言おうとしたが、朱莉ちゃんの視線はそういう逃げも許してくれそうになかった。

 いや、そもそも長谷部さんの家は実家だと聞いたことがある。そこに押し付けて解決とはさすがに行かないだろう。


「まぁ、ちょっとの間ですからっ」

「ちょっと……? それって1日じゃ終わらないじゃ……」

「とにかく、さくっと朝ご飯食べちゃってください! 暑い中待たせるのも可哀想ですからっ!」


 なんだか、ここ俺の家の筈なのにすっかり立場が無い気がする。

 けれど、食という暮らしの中でも最大最強の柱を握られている分、強気に出れないのも事実。それに彼女の言う通り、女の子を1人野に放置して、最悪悪い男に引っ掛かって……なんてなれば、一生、それこそ寝起きが悪くて朱莉ちゃんに迷惑を掛けた以上の罪悪感に駆られるに違いない。


 取りあえず、我慢するしかないか……。

 やはり寝ぼけが続いているのか、俺は自然と朱莉ちゃんの案に乗る方向へと思考を流しながら味噌汁を啜るのだった。

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