第36話 友人の妹と明々後日の約束をする話

「ふぅ、疲れたぁ……」


 バイトが終わり、家について溜息を吐く俺。

 正直、朱莉ちゃんが来た頃は家に他人がいる感覚があって落ち着かなかったのだけれど――


「おかえりなさい、先輩!」


 今では、彼女がいるのがすっかり当たり前で逆に落ち着く。

 実家だと当たり前だから気が付かなかったけれど、誰かにおかえりと出迎えて貰えるのはなんとも落ち着くものだ。


「ただいま、朱莉ちゃん」

「先輩、ご飯にします? お風呂にします?」


 帰ってくるなり、そんなベタな質問をされるのも最早恒例行事だ。

 最初はぎょっとしたけれど、今ではこれもすっかり慣れた。一回目も年上のプライドで一切動揺は出さなかった、つもりだけど。


「それじゃあご飯で」

「はーい!」


 朱莉ちゃんは笑顔を浮かべると早速晩御飯を用意してくれる。

 仕事終わりに家に帰ると暖かい料理が用意されている……ああ、なんて贅沢なんだろう。

 こればかりは慣れないというより、ありがたみが一切薄れない。朱莉ちゃんがいなくなった後を考えると憂鬱になるくらいだ。


 今晩も朱莉ちゃんの料理で舌鼓を打ち、まったりとテレビを眺める。そんな怠惰で幸福感のある時間を過ごしていると、不意に朱莉ちゃんが声を掛けてきた。


「先輩先輩」

「んー」

「先輩、明々後日はバイトお休みでしたよね」

「んー」


 朱莉ちゃんにバイトのシフトを握られているのも今更だ。

 明々後日は確かにフリーだ。バイトしかやることが無いということなので、喜ぶべきかは不明だけれど。


「それじゃあオープンキャンパスに行きませんかっ!」

「オープンキャンパス?」


 オープンキャンパスとはアレだ。

 大学進学を考える学生たちが大学を見学する……的な。


「政央学院のですよ。先輩、自分の学校の行事なのに覚えてないんですか?」

「いや……ぶっちゃけ夏休み中の行事なんて気にしてる現役は少ないんじゃないかなぁ」


 ああでも、みのりが電話で言ってたな。オープンキャンパスに来るとか――


「先輩、意外といい加減なんですね」

「意外は余計だな」

「そこは訂正するところじゃないですから!」


 朱莉ちゃんはそう言い、スマホの画面を見せてくる。


「ほら、明々後日ですよ!」

「あぁ本当だ」

「これに友達と一緒に行こうと思ってて……是非先輩にもついてきてほしいんです」

「友達と……まぁ、いいけど。でも、俺他の奴とも一緒に行くって約束してて――」

「あっ、それなら大丈夫です」


 大丈夫、とは……と思ったけれど、みのりは朱莉ちゃんと仲が良いみたいだし、その友達というのも彼女のことかもしれない。

 まぁ、後で一応確認だけしておくか。


「でもオープンキャンパスかぁ……現役生徒の俺が行ってもいいものなんだろうか」

「いいんじゃないですか? ほら、このFAQサイトには現役大学生が別の大学のオープンキャンパスに行ってもOKって書いてありますし」

「他の大学の生徒じゃないんだけどなぁ……」

「黙ってれば問題無いですよ!」


 うーん……まぁ、大丈夫か。怒られたら謝ろう、うん。


「朱莉ちゃんは美人だからね。1人で行かせてまたナンパに遭ったら大変だし」

「え、えへへ……美人だなんてそんな」

「そんなことあるよ」


 実際この間もナンパされたわけだし……うーん、みのりも美人だからなぁ。あいつだったらナンパされても自分で追い払うと思うけれど、騒ぎになるのは避けられないかもしれない。


「また、昴でも呼ぶか……?」

「えっ、兄はいいですよ……」

「そんな反応?」

「だって、この年になって兄同伴なんて恥ずかしいですし……」


 いや、この間は自分で呼んだのにその言い草は酷いんじゃ……。

 まあでも、気持ちは分からなくない。

 兄の大学に行くってだけで授業参観みたいな感覚になる……かもしれないし。いや、俺にはそういう相手がいないから今一分からないけれど。


「大丈夫です。先輩は2人くらい纏めて面倒見てくれる器の持ち主だと信じてますから」

「なんか大袈裟じゃない……?」

「普通です、普通」


 現役JKからの期待が凄い……まぁ、朱莉ちゃんが昴を呼んで欲しくないと言うなら俺も従うしかない。

 あいつを呼んだら呼んだで、別にメリットばかりじゃないしなぁ。あいつの対応という仕事が増えると思うと、マイナスの方が強いかもとさえ思える。


「分かった、じゃあ明々後日は俺だけでエスコートさせてもらうよ」

「エスコートって、えへへ……はい、よろしくお願いしますっ!」


 俺の軽口に朱莉ちゃんは、今度はツッコミ無しで、ただただ嬉しそうに笑顔を浮かべるのだった。

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