第14話 友人の妹とメッセージを送り合う話

「~♪」


 キッチンの方から鼻歌が聞こえてくる。当然、朱莉ちゃんのものだ。

 ジャーっと流しに水が流れる音が聞こえ、ほんの僅か間を置いて、


――ポコッ。


 そんな通知音が鳴った。俺のスマホから。

 通知を見ると、つい先ほど連絡先を交換したばかりの相手、朱莉ちゃんからチャットアプリでスタンプが届いたらしい。


「器用だなぁ」


 晩御飯の準備をしながらスマホも操作する、というのは行儀的にはどうなんだろうか。

 うっかり鍋にでも落としたら悲惨なことになってしまうけれど……そんなことを思いつつアプリを立ち上げると、何とも形容しがたい動物――ネコのようなそうじゃないような……そんなイラストが「よろしく」と言ってきていた。


 同じように、手頃なスタンプで挨拶を返すと、すぐに、今度は直打ちのメッセージが飛んできた。


『プロフィール写真可愛いですね!』


 この距離なんだし直接言えばいいのに。

 いや、彼女は火を見ているんだからキッチンを離れるのは危ないか。


「朱莉ちゃん、もしあれだったらそっち行こうかー?」

「い、いえ! 大丈夫です! こっちはその……ちょっぴり臭いので!」

「臭い……?」


 キッチンの方に声を掛けると、そんな慌てた声が帰ってくる。

 臭いなんて言うけれど、今日買った食材でそんな臭いのする食材はなかったような。強いてあげれば魚くらいだったと思うけれど。


「とにかく、先輩を来させるのは忍びないですし。折角交換したんですからスマホで話しましょう!」


 そういうことなら、と上げかけていた腰を下ろす。

 流石に臭いというのは嘘だろうけど、何か見られたくないものでも――正直浮かばないが、変に追及するのも気が引けたので、大人しくメッセージを送り返す。


 話題は俺のプロフィール画像だったな。改めて聞かれるとちょっと恥ずかしい感じがするけれど。


『実家で飼ってる猫なんだ』

『実家のですか! お名前は?』

『プルート』

『猫なのに?』

『猫なのに』


 そういえば昴にも同じ返しをされたな。兄妹似た者同士なところを感じて、思わず少し笑ってしまう。


『冥王星から取ってるんだ』


 付けたのは父さんだったな。もう冥王星が太陽系から除外されて結構経っていたけれど、ロシアンブルーの青っぽい毛並みからなんとなく連想したとかなんとか。

 久々に会いたくなってきた。プルートも結構年だしなぁ……。


『男の子ですか、女の子ですか』

『女の子だよ』

『いいですね!』


 朱莉ちゃんも猫は好きなんだろうか。

 昴は好きみたいだったけど、プルートからは冷たくあしらわれていたなぁ。朱莉ちゃんはどういう反応をされるか、ちょっと気になる。


『今度会いに来る?』

「いいんですかっ!?」


 バンっと、勢いよく部屋のドアを開けて、朱莉ちゃんが声を上げた。

 ……正直、かなりビックリした。何故か朱莉ちゃんの方がビックリしているようにも見えるけれど。


「も、もちろん」

「それって先輩のご実家ということですよね!?」

「そうだけど……あ、流石に実家はハードル高い? 同じ地元だしいいかなーって思ったんだけど」

「いいえっ! いつかは通る道だと思っていたので、むしろウェルカムです」

「あ、そ、そう?」


 随分と力強く頷く朱莉ちゃん。そんなに猫が好きなのか……。


 まぁ、確かにうちのプルートは可愛い。実に可愛い。

 勿論見た目もそうなんだけど、性格がめちゃくちゃ可愛いんだよなぁ。


 俺が家に帰るとふらっと玄関まで迎えに来てくれる甲斐甲斐しさみたいなのがあって、でも自分を決して安売りせず、俺が手招きするまで飛び込んでは来ない。

 勉強したり、本を読んだり、スマホいじったり――何かずっと同じことをしていると視界に割って入ってきて、構えって態度を見せてきたり、お風呂が苦手なのに偶に入ってきて身体を洗わせさせてきたり。


 我儘なお姫様なんですよ、うちのプルートは。

 朝起きたら布団に入ってきていて、俺の腕の間で寝くるまってるなんてこともある。冬は特に多いけど、いつキュン死したっておかしくないからね、本当に。


 なんて、久々に実家にいる愛猫のことを思い出してほっこりした気分になっていると、カシャッという電子音が聞こえた。


「えっ?」

「どうかしましたか、先輩」

「どうかしましたって……」


 今、朱莉ちゃんに写真撮られたよな?

 ほら、今もこっちにカメラ向いてるし――あれ?


 ほぼ確実に撮られたと思うのだけれど、朱莉ちゃんはニコニコと笑顔を浮かべながら、俺の言いたいことが分かっていないみたいに首を傾げている。


「あっ、お鍋っ!」


 そして、俺が言及する前に、火にかけたままだった鍋のことを思い出したのか慌ててキッチンに引っ込んでしまった。


「……いや、俺の勘違いかもしれないな」


 朱莉ちゃんが去って、再び1人になった瞬間、急激に頭が冷えた。

 そもそも朱莉ちゃんがいきなり俺の写真を撮るなんていう必然性が無い。自意識過剰もいいところだ。


 良かった、直接口にしないで。いざ聞いて「は? 撮ってないんですけど。先輩ってナルシストなんですね」的なことを言われたら結構傷ついたと思うし。


「昴にも言われてたからなぁ。あまり人前でプルートのこと考えない方がいいぞって……反省だ、反省」


 プルートとはまた夢の中で会うとしよう。いつの間にか開いていた写真フォルダも封印っ!(非削除)


『先輩』


 あれ、またこっちで?

 キッチンへのドアは閉まっていて朱莉ちゃんは見えないけれど、そっちの方からパタパタ音は聞こえてくる。


『さっきの、先輩の家に行く約束、こっちでもしてください』


 ……なんでわざわざ?


『記録したいので』


 わざわざ俺が文字を打ち込むことなく、こちらの疑問に答えてくれる朱莉ちゃん。

 ていうか、ログを残す目的だったのか……なんでか分からないけど。


 どこかに提出でもするのかなー、あ、昴にとか?

 そんなことを思いつつ、俺は改めて朱莉ちゃんを実家に誘う旨をポチポチ打ち込むのだった。

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