第35話 友人の妹とご飯を楽しむ話
「お待たせしましたー!」
キッチンから朱莉ちゃんが意気揚々と帰ってくる。
そんな彼女の手に抱えられた大皿には大量の茶色いアンチクショウが――
「先輩、今晩は唐揚げですよぉ!」
「う、うおおぉぉぉ!!!」
男の子はみんな大好き唐揚げを前に、歓声を上げる俺。
朱莉ちゃんの絶品家庭料理力によって鍛え上げられた唐揚げの山はキラキラに輝いて見えた。
「ちなみに、付け合わせに豚汁も用意しました!」
「う、うおおぉぉぉ!?」
男の子はみんな大好き……かは分からないけれど、俺は大好きな豚汁もセットになってやってきた。
何コレ、誕生日?
「それと――本日のドリンク、牛乳ですっ!」
「う、おおぉ……?」
男の子関係無く好き嫌いの分かれる牛乳まで現れた。
ちなみに俺は普通だけれど、このメニュー相手だったら無難に麦茶がいいかな。砂糖抜きの。
「ふふん、今日はお肉が特売だったので鳥・豚・牛をコンプリートしてみました!」
「へ、へぇ……」
けれど、そんなことを言われてしまうと、『牛乳はいらないから麦茶を出せよ』なんて亭主関白みたいなことは言えない。亭主じゃないし。
まぁ、給食みたいだと思えばワンチャン……?
「先輩、どうぞっ」
「ああ、うん。いただきます」
両手を合わせて、命と生産者の方々へ感謝の念を送る。
そして、先ほどから蠱惑的な香りをこれでもかと放っていた唐揚げへと箸を伸ばした。
「それじゃあ早速――ふあっ」
口に含んだ瞬間、衣の中に蓄えられた肉汁が弾け飛ぶ。そして、ニンニクと醤油の爆裂的な旨味が絡まって……うっ!!
「もうここで死んでもいい……」
「先輩!?」
「美味すぎる……」
「あ、美味しいのリアクションだったんですね」
朱莉ちゃんがほっと息を吐く。
どうやらややこしいリアクションになってしまったみたいだけれど、正に最後の晩餐にしたっていいと思える最高の味だった。
「やっぱり朱莉ちゃんは料理が上手だなぁ」
「えへへ、お褒めに預かり光栄です。あ、豚汁もどうぞ」
「うん――はぁ……これも美味い……!」
正直、唐揚げはオールシーズンって感じがするが、豚汁は冬に食べたい。そんな甘えた考えはあっさりと吹き飛ばされた。夏に豚汁……っていうか、美味いものはいつ食べても美味いんだなぁ。
「あぁ、白米も合う……牛乳は――うん、まぁ、そうだよな」
食べなれた白米でさえ唐揚げと豚汁と合わせて掛け算式に力を増すのに対し、牛乳は我関せずと己が道を行っていた。孤高の存在――そう言うと少しカッコいい。
「先輩は美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐がありますね」
「いや、まさか俺もここまで朱莉ちゃんの味にハマるとは……」
食い意地が張っていると思われてしまいそうだが、むしろ俺は食にはあまり拘らないタイプ――というか、金を掛けない人間なのだ。朱莉ちゃんが来るまでコンビニ弁当だけで生き延びてきたことからも明らかだろう。
自分自身、半分驚き、半分「この味を毎日食べさせられてたら当然だよなぁ」と納得しつつ食べ進めていると、不意に朱莉ちゃんからじっと見られていることに気が付いた。
「どうしたの?」
「あ、いえ、ええと……なんだか、楽しいなって」
「うん、誰かと一緒に食事をするってのは楽しいよね」
「“誰が”が大事なんですけどね……」
「え?」
「あっ、いえ、なんでもないです、あはは……」
朱莉ちゃんは誤魔化すように笑うと、唐揚げを一口で食べる。
「あづっ!?」
そして、自分自身が生み出した旨味の爆弾に見事に反撃されてしまう。
「あ、朱莉ちゃん!? 大丈夫っ!?」
「だ、大丈夫です! その、私、ちょっと猫舌で……」
「えっ、それなのに熱々を?」
「はい。だって、唐揚げは熱い方が美味しいじゃないですか。それに、先輩に喜んで欲しかったから」
朱莉ちゃんは口元を押さえつつ、微笑む。
こういうちょっとドジなところも彼女の魅力というか……まぁ、基本スペックがかなり高いから余計に目立ってしまうというのもあるのだけれど。
「凄く美味しいよ。本当に、毎日食べたいくらいだ」
「ま、いにち……!」
「なんて、毎日は言い過ぎかな」
「い、言い過ぎなんてことないです! 私、頑張りますねっ!!」
朱莉ちゃんはぐっと拳を握り、気合をアピールしてくる。
そんなに意気込まれると、逆に言った俺がプレッシャーなんだけど。
「では、先輩、早速先輩の好きな食べ物をもっと――っと、その前に、折角作ったこの子たちをしっかり堪能してくださいっ!」
「うん、そうだね」
先の話はそこそこに、目の前の食事に再び手を付ける俺達。
食べ進んでみて思ったこと――意外と、牛乳も合った。
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