第21話 友人の妹と部活の話をする話
「ごめんね、なんかいきなり変な話しちゃって」
空気が重くなってしまったのを感じて、俺はまた謝ってしまう。
そんな俺に、朱莉ちゃんは優しく微笑んだ。
「謝らないでください。先輩は悪くありません。これはただの、私の我儘なんですから」
「我儘なんて――」
「我儘ですよ。ずっと……」
ずっと、という言葉が何を指しているのか、俺には正直分からなかった。
そして、俺がそれに考えを巡らすよりも先に――
「そういえば、先輩。中学の時と言っていましたけど、先輩ずっと陸上部だったんですよね?」
「ん、ああ。中学と高校ね」
「どうして陸上部だったんですか?」
意図してか、偶然か、話題が明るいものに切り替わる。
それに情けなくも内心ほっと胸を撫でおろしつつ、その話題に乗っかった。
「特に理由は無いよ。何か運動部に入ろうと思って……一番部費が安かったからね」
「え、そんな理由だったんですか?」
「あはは、他にあるだろって今なら思うけど。でも結局シューズとかでそこそこの値段行っちゃったんだけどさ」
そんな理由だけれど、中学の時はそれなりに本気だったと思う。
サッカーとか野球と違って、陸上はただ走るだけ。決められた距離を、誰よりも早く走る完全な個人競技。風や気温に変化はあっても、基本的にやることは変わらない。
そのシンプルさが面白かった。運に左右されず、純粋に実力がタイムに現れて、そしてそれを縮めていくのが楽しくて――
「ははっ」
「先輩?」
「ああ、いや……なんか思い出しちゃってさ。中学の時はそれなりに、いや、結構周りが引くくらい陸上に打ち込んでたなぁって」
それこそ、周りもちゃんと見ないで。
あの頃の俺はまだ子どもで、もっと自己中心的で――そんな子どもだった頃より成長したと思っていたけれど、さっき朱莉ちゃんに指摘されたことを考えると、本質はそのままかもしれない。なんとも恥ずかしい……。
「先輩、高校ではあまり活動していませんでしたよね?」
「うん……まぁ、俺がっていうより陸上部自体が緩くて――って、どうして朱莉ちゃんがそんなこと?」
「え? あ、ああ、えっと……兄です! 兄から聞いて!」
「ああ……昴も一応陸上部だったもんな。殆ど幽霊部員みたいなもんだったけど」
それでもお咎めなしなのだから、高校の陸上部は緩かったと今でも思う。
オンラインゲームでいうところのエンジョイ勢というやつだ。適度に体を動かし、まぁまぁな目標を目指せればそれで良かったっていう……その程度の部活。
まぁ、昴に関しちゃログインもまともにしていなかったから、俺と比べても全然だったけれど。
「そうですっ。兄ったら、きっと先輩にも迷惑ばかりかけて……」
「そんなに迷惑じゃなかったよ。陸上には必要人数ってのが無いからさ。いないならいないで特に問題なしって感じだし」
「あはは……そう思うと兄にとっては都合のいい部だったのかもしれませんね」
「そうだね。まぁ、うちの陸上部は、取りあえず何かしら運動したいけど本気でやりたくないって連中の逃げ場みたいなところだったし」
真面目に陸上と向き合っている人が聞けば憤慨するかもしれないが、まぁそれも部の楽しみ方の一つだ。
俺も最初は拍子抜けしたけれど――“住めば都”というか、“朱に交われば赤くなる”というか……すぐに慣れてしまった。そういう楽しみ方もあるんだなぁと。
「朱莉ちゃんは部活入ってないんだっけ」
「えっ!?」
「え、そんなに驚く……?」
「い、いえ……だって先輩が私の部活のことなんか知ってくれていたなんて、思いませんでしたから……」
「そんなことないよ。朱莉ちゃん、有名人だったし」
「ゆ、有名!?」
っと、これは言わない方が良かっただろうか。本人が自覚していないパターンもあるからなぁ。
上級生から噂されているなんて、後輩からしたらあまり気持ちのいいものではないだろう。
「って、騙されませんよ。先輩は私のこと兄思いの妹って思ってたんですもんねー!」
べーっと舌を出しながら少しいじけた反応を見せる朱莉ちゃん。
そうか、前に言ったことも彼女からしたら嫌だったのかもしれない。そういえば微妙な反応してたもんなぁ。
「まぁ、それは俺の個人的な意見でしかないから……」
「それが大事なんですよ、もう。私はちゃんと、先輩に対して私だけの印象を持ってましたよ?」
「え、そうなの?」
俺が高校時代朱莉ちゃんとあった接点は昴を通してのもので、当然朱莉ちゃんが抱く俺への印象も昴と関わっている俺の筈……なんだけど、どうにも話の流れ的にそうじゃないらしい。
でも俺も目立つタイプじゃなかった筈なんだけどなぁ……後輩からの印象か、ちょっと気になる。
「ちなみに、どんなの?」
「え……気になります?」
「そりゃあ気になるよ。特に今の話の流れ的にさ」
朱莉ちゃんは、何故か少し困ったような、引きつったような顔を浮かべる。
「ひ、引きません……?」
「え? う、うん、引かない」
そんな前置きをされると逆に身構えてしまうけれど……まぁ、おかげでどんな変なものが出てきても狼狽えない心構えはできた。
できた……筈……!
「え、えと、それじゃあ言います……!」
朱莉ちゃんは意を決したように言って、何故か俺との間合いをじりじりと詰めてくる。
「え、えと……?」
「えいっ!」
掛け声とともに、飛びつくように両手で俺の耳を塞いでくる朱莉ちゃん。
そして、俺の聴覚を塞いだ状態で、
「――――――!!」
何かを言った。駄目だ、全然聞き取れない。
「ちょ、朱莉ちゃん――」
「言った! 言いました!!」
「いや、全然聞こえな――」
「言いましたからーっ!!」
まるで逃げるようにベッドに飛び込み、掛布団を被ってしまった……。
いや、まるでじゃないな。完全に逃げられた。
「うーん、気になるなぁ……」
もやもやした感じは拭えないけれど、これ以上追及しても駄目そうだ。
俺は掛布団から出た朱莉ちゃんの足がバタバタとベッドを叩くのを眺めつつ、深い溜息を吐くのだった。
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