第12話 友人の妹に本人の印象を話す話
スマホの寿命はなんとも儚いもので、昨日の夜寝る前もケーブルに差し忘れていたらしく、すっかり電源が切れてしまっていた。
まさか昨日の夜から凡ミスを犯していたとは……自分で自分が情けない。
「そ、そんな……ここに来ておあずけなんて……!!?」
そして、そんな報告を受けて、朱莉ちゃんは何故か途轍もなくショックを受けてしまったようで、ちゃぶ台に突っ伏してしまった。
これに関しては……ちょっとよく分からない。
「ええと……なんか、ごめん」
「まったくです……ぬか喜びもいいところです……」
表情は見えないけれど、声は若干震えていた。
ただ連絡先を交換するってだけだし、それに充電が終われば問題もないと思うんだけど……いや、こういうのは男女の感性の違いってやつなのかもしれない。
頭ごなしに否定するのは、女心が分かっていないと叩かれる原因にもなりかねない。
取りあえず……話題を変えるのが吉だな、うん。
「朱莉ちゃん、取りあえず充電終わるまで何か――そうだ、買い物でもいかない? カレーも無くなっちゃったからさ、食材なり、弁当なり」
「むぅ……買い物ですか。当然、先輩も一緒にですよね」
「そりゃあ勿論」
「スマホ君は置いていきますよね」
「スマホ君て……まぁ、持って行っても仕方ないからね。このまま置いとけば帰ってくる頃には充電も終わってるでしょ」
「そうですね……うん、それなら良しとします。行きましょう。すぐに行きましょう!」
朱莉ちゃんはそう言って立ち上がる。準備……は必要なさそうだ。既に外出できる服装だし。
というわけで、お亡くなりになったスマホを置いて、俺達は昨日のスーパーへと繰り出すこととなった。
外は既に夕日も殆ど落ちてきていて、涼しい――とはさすがに言えないけれど、昼間に比べれば随分快適にはなっていた。
そんな街灯が照らし始めた道を俺と朱莉ちゃんは並んで歩く。何故か朱莉ちゃんが距離を詰めてきて、肩と肩が触れそうなまでになっているけれど。
「やっぱり都会は暑いですね。早速クーラーの効いた部屋が恋しくなっちゃいます」
「あはは、確かに……もしきつかったら家で待っててもいいよ? 何か買って欲しいものがあれば言ってくれれば――」
「まさか。ついていくに決まっています。それ以外に選択肢はありません!」
「そんな大げさな……」
まぁ、本人が楽しそうなのでいいのだけれど……と思っていると、不意に朱莉ちゃんが深呼吸を始めた。
「どうしたの?」
「え? あ、いえ……その、気持ちを落ち着けていたんです」
「気持ちを?」
「はい。その、どうにもフワフワしちゃって……先輩にはしっかり者の私を見て欲しいので」
ああ、おそらくまだ彼女も緊張しているのだろう。そりゃあ今までまともに喋ったことの無い相手とずっと一緒にいるんだ。
時々押しが強い感じになる気がするのもそのせいかもしれない。
もちろん、まだ俺も彼女がいる状況に慣れれている筈もないので、その影響もあるかとは思うけれど。
「別に無理しなくてもいいよ」
「え……?」
「多分、昴の為にもしっかりしなきゃって気持ちがあるんだろうけどさ。そもそも借金のカタってのも別に気にしなくていいんだし」
「い、いえ。ちゃんと私は自分の使命を果たします。最初に言った通り『一銭を笑う者は一銭に泣く』です。それに『金の切れ目が縁の切れ目』とも言いますし」
「それって、たかが500円の借金が原因で俺が昴と絶交するって思ってるってこと……?」
「たかが500円、されど500円ですから」
「……取りあえず、俺が朱莉ちゃんの中で金にがめつい奴だって思われてるってことは分かったよ」
うーん、そんな悪印象を抱かれる生き方をしてきたつもりは無いんだけどなぁ。
内心落ち込む俺に、朱莉ちゃんはニッコリと、やはり見惚れてしまうくらい綺麗な笑顔を向けてきた。
「だから精一杯、私の役目を果たします」
「そっか……まぁ、俺は別に迷惑でもないし、むしろ昨日みたいに美味いご飯を食べれるならありがたいくらいだよ」
「はいっ。今日も一生懸命美味しいご飯作りますからね」
朱莉ちゃんはそう表情を引き締める――けれど、俺なんかにでも期待されれば嬉しいと思うのか、口はにやけるのを堪えるみたいにひくひく動いていた。
「ははっ」
「ちょ、先輩? 何ですか、いきなり笑って……」
「いいや、朱莉ちゃんがおかしくって」
「べ、別に変なところなんてないですっ」
「はは、そうだね。でも、高校時代に勝手に感じてた印象とは少し違うから」
「私の印象、ですか?」
朱莉ちゃんが首を傾げる。
それを見て、今のは失言だったかもと感じた。だって――
「聞きたいです。先輩が私のこと、どう思っていたかって!」
こうなるに決まってる。自然な流れだ。
別に後ろめたい事なんか無いけれど、本人に直接言うのはたとえ好印象なものであっても気恥ずかしい。
「あ、いや――ああ、そんなことよりさ」
「先輩、露骨に話を変えようとしないでください」
「う」
「もう……何度か話題変えられちゃってますけど、私だって学ぶんです。先輩が私をどう思っていたか話してくれるまで、絶対逃がしませんからね?」
そう、上目遣いに睨みつけてきつつ、同時に俺の腕を掴んで物理的にも逃がさまいとしてくる朱莉ちゃん。怒られているっぽいんだけど、普通に可愛いので今一反応しづらい。
「えーと……まぁ、そんなに大したアレじゃないけど」
「はい」
「お兄ちゃん思いのいい子だなって」
「…………え」
妙な間が空いた。
「おに……兄ですか? え、兄思いって、いや、なんで」
「だって殆ど毎日弁当届けに来てたし。俺は一人っ子だから分からないけど、それでももし俺だったら先輩たちの教室に行くのなんて億劫だし、それこそ携帯で呼び出すかなーって。でも、朱莉ちゃんはわざわざ教室まで来てさ。なんとなく優しい子なんだろうなぁと思ってたよ」
朱莉ちゃんは力なく腕から手を離し、深々と溜息を吐いた。
「あれ、俺なんか悪い事言った……?」
「いえ……改めて、先輩にとって私は宮前昴の妹なんだなぁって……」
「俺にとってっていうか、実際そうだよね?」
「むぅ……」
どこかで何かを間違えたのか、朱莉ちゃんは不機嫌そうに唇を尖らしてしまう。
「……それで先輩。今の先輩にとって私はどんな子ですか。兄の妹ではなく、先輩のものである私は」
「いや、その言い方――」
「私は一貫して先輩のものです――ずっと」
ずっとて。まだ一日程度なのに。いや、一日でも俺のものって言い方はやっぱり腑に落ちないけれど!
「今の朱莉ちゃんは――」
「兄抜きですからね」
「わ、分かってるよ。ええと……そうだな、面白い子かな」
「お、面白い……なんかこれまた微妙な……」
やはりまた求めていたものでは無かったらしく、朱莉ちゃんは口元を引きつらせる。
「いや、変な意味じゃないよ。本当に。なんていうか、まだ少ししか一緒にいるわけじゃないけど、一緒にいて飽きないっていうかさ」
「飽きない……」
「ああ、また悪い言い方だったかも。ええと――」
「いえ――先輩、十分です」
朱莉ちゃんは俺の言葉を切ると少し小走りで先に行ってしまう――が、すぐに振り返って、笑顔を向けてきた。
「飽きない、は中々の好ポイントです。だって、一緒にいるなら大事なことですからっ!」
「あ……うん。俺もそう思う」
笑顔の彼女に、俺も笑顔で頷く。
「――ッ!! せ、先輩……私、先行ってますので、後からゆっくり来てください! それまでには、また普段の私に戻るのでっ!!」
「え?」
何故か朱莉ちゃんは虚を突かれたように一瞬目を丸くして、再び向こうを向いた。
そして、俺の返事も待たずに、結構な勢いで走って行ってしまった。
対照的に、俺は少しの間呆然と足を止めていたのだけれど――
「まぁ、怒った感じじゃなかったし、いいかな?」
深く考えず、再び歩き出す。
朱莉ちゃんのことはまだあまり分かっていないけれど、少しずつ知っていけばいい。
彼女は面白いし、一緒にいて楽しい。その気持ちは素直なものだから。
なんて、早くも彼女との生活を前向きに受け入れられていることが、ちょっとおかしく思えた。
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