第20話 友人の妹に怒られる話
「せ、先輩! こ、ここを教えて欲しくて……!」
「ええと、これは……こう、かな」
うろ覚えながらに、問題を見れば何とかなるもので、俺は朱莉ちゃんから聞かれた問題を割とスラスラ答えられていた。
うーん、流石は元受験生。3,4か月程度では染みついた知識もまだ残っていたか。
「えへぇ、ありがとうございます……!」
分からないのが恥ずかしいのか、耳を真っ赤にしながら笑顔でお礼を言ってくる朱莉ちゃん。
ただ、解けているところと解けていないところを比べてみてみると……うーん、ちょいちょい、「ここができるなら、こっちができない筈がない」って感じの問題がちょいちょいあるんだよな……。
「緊張してる?」
「ふぇっ!? そ、そんなこと無いですよ……?」
「そう?」
とてもそうは見えないけれど――だとしたら体調が悪いのだろうか。
「ごめん、ちょっと失礼」
「ふぇ?」
断りを入れて朱莉ちゃんの額に手を当てた。熱い感じはするけれど熱ってほどかなぁ……ん?
「ふ、ふあ……」
朱莉ちゃんの様子がおかしい。目の焦点が定まっていないというか……
「これは、例の、しちゅ――はっ!!」
突然、かっと目を見開き、朱莉ちゃんが俺の手を押しのけた。
そして先ほどよりも顔を赤くしながら、少しいじけるようにこちらを見てくる。
「せ、先輩! 私だって女の子なんですから、そんないきなり駄目ですよっ!!」
「え、あぁっ!? そうだよねっ、ごめんっ!!」
ついやってしまったが、よくよく考えなくてもいきなり額に手を当てるなんてセクハラみたいなもん……いや、セクハラだ。120パーセントセクハラ!
なんでか分からないが、つい、思わず手を出してしまっていた。何やってんだ俺。
「い、いえ、そこまで謝らなくても大丈夫です! むしろ、その、嬉しかったというか――あっ! これは、触られたことではなく、心配頂いたことについてですねっ!?」
「あ、いや……俺も軽率だった。色々と。でも元気ならよかったよ、うん」
顔は真っ赤になっているが、それは俺が怒らせたせいで興奮してしまっているからだろう。
熱があったとしても原因は俺だ。猛省しろ、猛省。
「もう、先輩ったら。私は先輩の妹じゃないんですからね?」
「え? うん、それは勿論」
「本当に分かってますぅ……?」
訝しむようにジト目を向けてくる朱莉ちゃんに、俺は思わず冷や汗を垂らす。
彼女を妹のように見た気は無い。だって妹いないし。
彼女が友人である昴の妹だからとはいえ、俺の妹にはならないなんて重々承知している。
けれど、彼女がそう感じたのならそう接してしまっていたのかもしれない。彼女にとっての昴みたいに――いや、それはなんか嫌だな。無性に恥ずかしい。
それに、兄想いである彼女が他人である俺に同じような態度を取られても嫌だろう。
ん? だとしたらどう接するのが正解なんだ……?
「先輩」
「朱莉ちゃ……ん!?」
気が付けばかなり近くに朱莉ちゃんの顔があった。
朱莉ちゃんは俺が伸ばした足の間に手を付くくらいに身を乗り出して、こちらを見てきていた。
さっきはもっと近く、それこそ肩と肩が触れ合う距離にいたというのに、なんだか今の方が変に緊張する。
「私は確かに兄の借金のカタとしてここに来ています。もう数日間立ちますが、滞在費とか諸々のアレで一向に借金は減る様子を見せてはくれません。ああ、残念。本当に残念です」
「う、うん……?」
「ですが、そんな私にも人並みのプライドはあります! 先輩には私のこと、ちゃんと女の子として見て欲しいですっ!」
「み、見てるつもりだけど……」
「見てませんっ! 全然見てませんっ!!」
そう、彼女は顔を真っ赤にし、勢い任せに叫ぶ。うっすらと目尻には涙も浮かんでいた。
怒っている、恥ずかしがっている……どっちにも取れるけれど、いや、後者で受け取るのはあまりに俺に都合が良すぎるな。
「ごめん。言い訳みたいに聞こえるかもしれないけど、本当に自覚は無くて……でも、朱莉ちゃんを傷つけちゃってたなら、本当に――ごめん」
駄目だ。咄嗟のこととはいえ、上手く言えない自分が嫌になる。
「あ、先輩、私そんな、責めてるわけじゃ……」
「いや、朱莉ちゃんの言いたいことも分かるんだ。実は俺、あまり人付き合いが得意なタイプじゃなくてさ」
「え、先輩が……? そんな風には見えませんけど」
朱莉ちゃんは目を丸くし、本当に信じられないといった様子で首を傾げる。
そんな純粋で可愛らしい仕草に少し微笑みつつ、それでも俺の心は晴れない。
「中学の時にも似たようなことを言われたよ。本人からじゃないんだけど、その、俺がある子に対して今言われたみたいな、妹に対する態度みたいなものを取ってるってね」
「中学の時……」
「正直、あんまり本気にしてなかった。言ってきたのは普段からあまり喋ったことのない奴だったし、俺がそういう態度を取っちゃってるっていう相手も誰か教えてくれなかったし――」
確か中三の時だったか。いきなり廊下で掴みかかられて、怒鳴られたんだ。
彼は一つ学年が下で、正直それまで顔を見た記憶も無かった。その時だけの関りだったから、結局名前も分からず終いだ。
彼は、彼が好きだった女の子に告白して、その子の想い人が俺だと聞いたらしい。そして、俺にその子が妹に対するような、恋愛対象外とはっきり分かってしまう態度を取られてつらいと言っていると言ってきた。
正直、何を言われているのか分からなかった。別に俺はそんなにモテるタイプじゃなかったし、接点のあった女子もそれほど多くなかった。まぁ、過去形だが、現在進行形でもある。
だから、その後輩の男子が俺に言ってきていることもピンと来ていなかった。
ていよくフラれたのだろうと、そんな風に思っていた。
けれど、朱莉ちゃんに対して、その誰か分からない女子にやっていたような、あの後輩男子を怒らせるような態度を取っていたのなら、きっと彼女からの責めも妥当なものなのだろう。
「そっか。高校を挟んでも、俺は変われてないんだな」
そう思うとなんだか全身の力が抜けてしまう感じがした。
あの時よく分からないからと流したツケが彼女に回ってしまったのかもしれない。そう思うと、本当に申し訳ない気分になってくる。
「あの、先輩、私そんな傷つけるつもりじゃ」
「あはは、傷ついてはいないよ。でも、なんていうか――いや、ごめん。上手く言葉にできないや」
そう苦笑で誤魔化す俺に、朱莉ちゃんはむしろ心配するような目を向けてきて、それ以上追及してはこなかった。
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