第33話 友人の妹に膝枕する話
「ふあぁ……」
デジャブというかなんというか、朱莉ちゃんはまたもダウンして、昨日と同じ公園でダウンしてしまっていた。
後ろから見ていたけれど、長谷部さんと仲良さげに走っていたと思ったら突然ペースを上げて、バテてしまって……正直完全に自爆だったけれど。
そして――
「あれ……先輩? って、なんで先輩が私の上に……?」
「俺が上というより、朱莉ちゃんが俺の上にいるんだけどね……」
「え? へ……あっ、えぇっ!? こ、これ、膝枕……!?」
そう、改めて言われてしまうと恥ずかしいというか……まぁ、仰る通りなんだけど。
今、朱莉ちゃんはベンチに横になりつつ、俺の膝に頭を乗せている。
その理由は――長谷部さんだった。
――バテた人は頭部を人肌で暖めてあげるのがいいらしいよ。いきなり冷やすと良くないから、体温でじっくり慣らしていくの。そんな話を聞いたような、聞いてないような。
ほんまかいな、と疑いたくなる話だが、そこに昴も加勢し、やれ抱き締めろだの、裸になれだの無茶ぶりを散々受けた挙句の折衷案として、膝枕に落ち着いたというわけだ。朱莉ちゃんにはとにかく申し訳ない気持ちばかりだけれど。
まぁ、朱莉ちゃんも気が付いたら嫌がってどくだろう――と思っていたのだけれど、
「す、すみません、先輩……ご迷惑をおかけして……」
などと謝りつつも、退く様子は見せなかった。
むしろ、体勢を少し整え、がっつり休む感じになっている。
「あの、兄とナナちゃんは?」
「2人はドリンク買いに行った。昨日のこともあるから、昴は護衛だけどね」
「そうですか」
小さく吐き出された彼女の息が膝に触れてくすぐったい。こんなことになるなら短パンなんて履かず普通のジャージで来れば良かったな。
にしても、ナナちゃんか。長谷部菜々美のナナだろうけれど、渾名呼びなんて随分と仲良くなったみたいだな。
「先輩の足、意外と弾力ありますね」
「あはは……最近運動不足気味だったし、柔らかくなっちゃったかもね」
「私にとっては程よく丁度いいです。切り取って枕にしちゃいたいくらい」
「それはやめてね!?」
なんとも猟奇的な発想に思わず声を上げる俺だったが、当然朱莉ちゃんは冗談で言っていて、クスクスと楽し気に笑う。
「それじゃあ今晩だけでいいのでお願いします」
「一度切り取ったらもうくっつかないからね?」
「一晩くらいだったらくっついたままでも大丈夫ですよ」
やっぱりバテで頭がボーっとしているのか、甘えるように俺の腿に頬を擦り付けてくる朱莉ちゃん。これ、正気に戻ったら黒歴史認定されるんじゃないか?
というか、一晩でも膝枕なんて続けたら血が止まってしんどそうだ。
「少し話変わるけど、朱莉ちゃん」
「はい?」
「随分長谷部さんと楽し気だったけど、どんなこと話してたの?」
「えっ、気になります?」
少し目を丸くする朱莉ちゃん。
確かに唐突だったかもしれない。正直俺の足を守るために話題を変えることが優先だった感は否めないし。
けれど、朱莉ちゃんは何故か少し嬉しそうに微笑んでいた。
「んふふ、ズバリ先輩のことですよ」
「え、俺? 昴じゃなくて?」
「はい。大学で先輩がどういう印象を持たれているのかとか」
長谷部さんは昴の彼女であり、俺と彼女の関係性といえば、学部が同じくらいのもの。あとは友人の彼女、彼氏の友人という、知り合いの知り合いでしかない。
「で、どういうこと聞いたの……?」
「それはナイショです」
「えぇ!?」
「気になるならナナちゃんから聞いてください」
それは……聞きづらいな。
正直、周りからどう思われているかなんて気にならない筈ないのだけれど、だからといって本人に聞けるほど図太い訳でもない。
「と、ところで先輩、私はどうして膝枕されているのでしょう……?」
「今更!? っていうか、そうだよね! すぐに退くから――」
「いえっ!!!! 退いてほしいわけではなく! まったくなく!! ただ経緯が知りたいだけなのでっ!!」
俺に膝枕されながら、食い気味に言う朱莉ちゃん。
あれ? もう元気なんじゃ……と、思いつつ、長谷部さんから言われたことをそのまま伝える。人肌がどう、とかいうやつ。
「……? あ、ああっ! そ、ソレナラ、ワタシモ、キイタコト、アリマスーっ!」
何故か棒読み――いや、片言だった。
「なんかぎこちなくない?」
「え!? いやいや、まったくそんなことなくてですね……ええと……あっ!! 思いつ――思い出しました!」
「……ええと、何を?」
「そのナナちゃんの言った対応では不十分なんですっ。だって、これだと後頭部しかカバーできません!」
俺の腿に後頭部を押し付けつつ、得意げに語る朱莉ちゃん。
確かに一理ある――っていうか、本当にこの人肌理論有名だったんだ……。
「ですが、後頭部を膝枕で暖めつつ、おでこを撫でていただくと、なんと両方同時に暖めることができるのです!」
「え」
「ほら、先輩。朱莉のおでこ、空いてますよ?」
そんな、どこかで聞いたことのあるようなフレーズを言いつつ、朱莉ちゃんが得意げな表情のまま目を閉じる。
口元をもぞもぞと動いているのを見ると、まるで笑いを堪えているようにも思えるけれど――俺はほんの少し迷った後、言われた通り、彼女のおでこ、というか頭に手を当てた。
「ひゃうっ!」
朱莉ちゃんが変な声を出して、ほんの僅かに身体を跳ねさせる。
「朱莉ちゃん?」
「い、いえ、ちょっと涼しい気分になったので身震いしただけです」
「涼しくはならないんじゃない……? ほら、人肌って温かい方だし」
「とにかく、当てるだけでなく、撫でてください! 愛情的なものを込めながら!」
「なんかしれっと追加されてる!」
愛情的なものってなんだ……? と戸惑う俺だが、取りあえず一番近いであろう、実家の愛猫を撫でるような感覚で朱莉ちゃんの頭を撫でてみる。
いや……これ、伝わらないだろ。俺でも込められているのかよく分からないし。
「ふあぁ……」
けれど、朱莉ちゃんは気持ちよさそうに脱力した声を漏らす。
非常にリラックスしているようで、正解っぽかったので、俺は大人しく彼女の頭を撫で続けることにした。
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