第30話 友人とその妹ともう1人……な話
「よっ、求!」
「お前……なんでここに」
翌朝、懲りずにランニングに行きたいと言い出した朱莉ちゃんと連れ立って外に出ると、何故かアパート前に昴の姿があった。しっかり走るつもりなのか、高校の陸上部で着ていた運動着を纏っている。
「お兄ちゃん、本当に来たんだ」
「おいおい酷いなマイシスター! お兄ちゃんは妹が助けを求めれば日の下、大地の上だ!」
「普通じゃねぇか」
それを言うなら火の中水の中だろう。まぁでも、そう言ったら嘘くさいので、昴が実際に言ったものの方が真実に近いのかもしれないけれど。
夏休みだろうが相変わらずの昴に呆れていると、朱莉ちゃんが近寄ってきて、耳元に唇を寄せてきた。
「すみません、私が呼んだんです。昨日のことがあったので、先輩にあまり負担は掛けられないって」
「ああ……」
昨日朱莉ちゃんがナンパされた時のことだろう。
確かに昴がいれば、片方が傍を離れてももう片方が守ることができる。
「くっくっくっ、熱いねぇお二人さん」
「お前……そういう冗談は彼女に悪いだろ」
朱莉ちゃんがブラコ――げふんげふん、兄思いということは明らかだ。そんな彼女の前で俺とのやり取りを茶化すのはあまり良くないだろう。
それはむしろ昴の為を思っての行動だったのだが――
「お前、相変わらずだねぇ」
何故か呆れられてしまった。しかも相変わらずとか……まるで俺が何度も同じ間違いをしているみたいに。
「何が言いたいんだよ」
「それは言えない」
「はぁ?」
そういえば高校の時も何度かこういうやり取りをしたな。
そのどれも、女子が関わった時で……もしかしたらこれは、昴の職業病のようなものなのかもしれない。
気にするだけ無駄ってやつだ。
「ああ、それと今日はもう1人連れてきた」
「え?」
「こんにちは~、じゃなくて、おはようだね、白木君」
「あっ……!!」
柱の陰で座り込んでいた女性が声を掛けてくる。それを見て、警戒するように朱莉ちゃんが腕に抱き着いてきた。
結構人見知りなところがあるのだろうか。そういえば、店員とか以外に誰かと話しているところは、それこそ昨日のナンパ男が――って、そんなことを思い出している場合じゃなくて!!
「あらあら、怖がらせちゃった?」
「あの、どなたですか」
ぎゅっと俺の腕を抱き寄せつつ、朱莉ちゃんが口を開く。
「ああ、朱莉ちゃん。えっと、彼女は……」
「長谷部(はせべ)|菜々美(ななみ)、俺の彼女だ!」
俺の言葉を食ってそう言ったのは昴。まぁ、確かに俺ではなく彼が紹介するのが筋か。
長谷部菜々美は昴の交際相手であり、俺達の通う大学の同級生で、大学生らしく垢抜けた美人だ。
正直、昴が彼女を連れてくるとは思っていなかった。もしも事前に知っていれば絶対に止めただろう。
なんたって、彼女は昴の恋人――つまりは朱莉ちゃんのライバルかもしれない相手だ。
こんなところで、兄の恋人と、恋人の妹がキャットファイト――なんて、二次元でしか成立しないようなバトルを始められても困るぞ……!?
と、朱莉ちゃんにがっちりホールドされながら、内心ビクビクする俺であったが――
「えっ、お兄ちゃんの彼女!?」
意外にも、朱莉ちゃんの反応は明るかった。
「お兄ちゃんってことは……」
「は、はいっ! 私、宮前朱莉……昴の妹です!」
「貴方が朱莉ちゃん! 今日会えるって聞いてたから楽しみにしてたけれど、こんなに可愛いなんて! あーっ、フライングして写真見してもらわなくてよかったっ!」
長谷部さんはそう、朱莉ちゃんに抱き着く。そして、その隙に俺は朱莉ちゃんの腕から逃れたわけだけれど……どうやら喧嘩なんて雰囲気とは程遠い状態みたいだ。
「なんか、意外だ。もっと喧嘩になるかと」
「なんでだよ」
俺の呟きを拾った昴に頭を小突かれる。
まったく、誰のせいで余計な気を揉んだか……
「求、お前がどんな勘違いをしてるか知らないけどな、元々朱莉にゃ俺に彼女がいることは伝えてたんだぞ」
「え……そうなの?」
「折角こっち来てるし、どこかのタイミングで会わせるって言ってたわけ」
ということは、俺の心配はそもそも杞憂だったというわけか。あれ? それじゃあ……
「というわけで、求、朱莉! それに菜々美ちゃん! 今日はダブルデートとしゃれこもうぜぇ!」
「だ、ダブルデートって」
「「ダブルデートっ!!」」
昴の滅茶苦茶な発言に引く俺。それに対して女子二人は興奮するように声を上げた。ていうか、無駄に息ピッタリだ。
「お兄ちゃん名案!」
「んふふ、だろ?」
こういうのも女子の感覚なんだろうか。朱莉ちゃんはやけに嬉しそうに笑顔を輝かしている。
ワイワイキャッキャッとはしゃぐ宮前兄妹を呆然と見ていると、長谷部さんが軽く肩を叩いてきた。
「ていうか、朱莉ちゃんと白木君ってそういう関係だったんだ」
「いや、違うから……」
そこのお2人さん、お兄さんの発言で変な誤解が生まれてますよー……?
「なんだ。白木君、頑なに彼女作ろうとしないし、そうなのかと思っちゃった」
「俺は作らないんじゃなくて、作れないの」
「…………そうだね」
なぜか長谷部さんは意味深な間を置いて、呆れるように苦笑した。
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