エピローグ1 姉と妹と綴る平穏な生活

「雪奈さん雪奈さん、ちょっといいですか」

「何よ、急に敬語になって。まさか一夜を共にしたらもうポイなの?」


 けだるげな雪奈(見た感じ全裸)に焦りながら問うのは全裸の俺。

 朝の気持ちよい日光に照らされた白雪の肌をなるべく視界に入れないようにしながら、おそるおそる確認する。


「俺たち、超えてはいけない一線を超えてしまった感じ、ですか?」


 区切るつもりはなかったのだが、ほぼ自動的に区切り区切りになってしまう。

 冷や汗がたらりと流れるのを感じながら、雪奈の言葉を待ったのだが。


「そうねぇ。まずは超えてはいけない一線がどこなのか講じる必要はありそうだけど……自分の腰に聞いてくれたらありがたいわ」


 返ってきたその言葉に、さらに冷や汗が噴き出す。

 じんわりと痛む腰が「逃げるな」と訴えかけてくる。


「何なのよ。昨日の夜はあんなに堂々としていたむぐっ」


 半ば反射的に雪奈の口を塞いだ。と同時に昨日自らの口で雪奈の口を塞いだことを思い出した。


 なぜ、もう少し自制できなかったのですか、俺。


「ぷはっ。……そんなに心配しなくてもいいわよ。処置は完璧だから。何なら今晩もどう?」

「エンリョシテオキマス」


 この状況に慣れるわけにはいかないので、願望を抑えつけながら断る。

 一段と妖艶に、美しくなった雪奈から目を逸らし、ベッドから出た。


「あら、全裸でベッドから出るなんて。まだ欲求不満なの?」

「人のことを何だと思っている。まずはベッドから出ないことには何も始まらないだろうよ」


 床には昨日脱いだであろう服が散乱している。

 俺はそれをため息とともに拾い、噛みしめるように昨晩の雪奈を思い出していた。

 起きたときはあやふやだったが、今ならはっきり思い出せる。


 珍しく余裕のなくなった表情。敬虔な奉仕者のごとき献身的な態度。

 思い出せば出すほどより鮮明なビジョンが浮かんでくる。


 それを振り払うように頭を横に動かす。頬も赤くなっているのが分かる。

 適当に服を見繕い、すばやく着てリビングへと向かった。


   ◇◇◇


「お兄ちゃん、妹がやってきたよー!」

「お、おお、芙弓」


 昨日のことがあり、ぎくしゃくするかもと心配していたのだがそんな不安は即座に霧散した。


 太陽のような笑顔を浮かべて突進してくる芙弓を受け止め、反射的に頭を撫でる。

 そのとき、雪奈のことを思い出したのは一生言えない。


「えへへ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは私だけのお兄ちゃんだもんねー」

「あ、ああ」


 言葉に詰まるものの、決して間違ったことは言っていないはずだ。そんなポンポン兄になれるものではないし。


 甘える声を出す芙弓をひたすらに撫で続けていると、仕事を終わらせたらしい雪奈がリビングへと訪問してきた。


 スッと目を細める様子が心臓に悪い。


「随分仲がよさそうで何よりだわ」


 無意識に身構えていたのだが、すぐに自然体へと戻り、優し気な声を出してそう言ったので安心が心を包んだ。


 芙弓は雪奈を『姉』と認識しているらしいので、俺に接するように雪奈へと駆け寄った。


 微笑ましい光景だなぁ、などと思いながらその光景を眺めていると。


「……何だか、お兄ちゃんとお姉ちゃん、同じ匂いがする」


 芙弓がとんでもない爆弾発言を投下した。

 とんずらしたくなる衝動を必死に抑え、それっぽいことを言ってみる。


「そりゃあ、お前、あれだよ。割と長い時間同じ空間で過ごしていたら匂いも同じようなものになるだろう」

「そうねそうに違いないわ」


 雪奈も便乗してくれたし、うまく切り抜けてくれ。

 そう祈りながら芙弓の言葉を待っていたが「そんなものなのかなぁ?」というグレーではあるものの、あっさりと切り抜けられたことを告げる言葉を貰えた。


 ほっと胸を撫でおろしていると、雪奈が芙弓を昼ご飯に誘う。

 当然食いつくように了承した芙弓に雪奈は聖母のごとき笑みを見せた。


 部屋のなかに春の到来を告げる温かく柔らかい風が吹き込む。


 このまま、雪奈や芙弓との平穏な日々が続けばいいな、という願いを空へ届けてくれそうな風だった。

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