第三十二話 これまでの日々とこれから
「よし、やっと表情が戻ったわね。ところで永政くん、私的にはこれからイチャイチャしたいところなのだけど。どうかしら?」
気づかぬうちに表情から苦さが取れていたようで、雪奈がにこりと笑いながら魅力的な提案を持ち掛けた。
——だから好きなんだよ、雪奈。
そんな本人には言えない、恥ずかしいことを思いながら俺は「ああ」と答える。
「そうね……。だったら軽食でも作って食べましょうか。味噌汁でも、どう?」
いたずらっぽい笑みを浮かべた彼女の言葉を聞き、蘇ったのは雪奈がメイドとしてここに来た最初のことだった。
急に住み込みで働くと聞かされたその日の昼、雪奈が味噌汁などを作ってくれたことを。
「ああ。頼むよ」
俺の言葉に、雪奈は満足そうに頷くと台所まで移動する。
最初と同じようなイベントだったけれど、そのおかげで関係性が変わったのだということを思い知らされた。
もちろん、悪い気はしない。
人知れず口角を上げながら、俺は食卓まで向かった。
◇◇◇
その後も俺たちは、少し違ったような過去を追った。
味噌汁は「あーん」をすることもできないので、二人そろって食べて。
晩御飯代わりにメイド喫茶へ行き。
思いっきり抱きしめられ。
一緒にお風呂へ入り。
海にいるリア充のごとく水を掛け合い。
枕投げをして。
一通り初日を追った俺たちは、もうクタクタだった。
「雪奈、俺たちって意外とメイドとご主人様みたいな関係になってから日が浅かったんだな」
「そうね。体感では一カ月くらい経っていたような気も、五分くらいだったような気もするわ」
もうそれは時間感覚が皆無なのではないのだろうか。
だけど、それほど時間が濃密だったと考えたら悪い気はしない。むしろ嬉しい。
「ねぇ、永政くん」
「なんだ?」
謎の感慨に浸っていたとき、雪奈が何もなさげに衝撃的なことを言い放った。
「もっとカップルらしいことをしましょう?」
「カップルらしいこと、か」
軽くこちらに目を向ける雪奈には、確かに妖艶な空気を醸し出していた。
それに、カップルらしいことといえば。それも、この状況だったら必然的にアレしかないわけで。
「か、カップルらしいこととかいう抽象的な表現やめろよ」
「え? 言っていいの?」
ますます聞くのが嫌になってきたが、聞かないことには先に進まないだろう。
渋々ながらも「ああ」と答え、雪奈の答えを待つ。
「セックスのことよ」
「んっ!?」
紡ぎ出されたそれは、俺の予想していたものでもあり、ある意味予想外なものだった。
「ちょっと待て。いくらなんでも直接的な表現が過ぎるだろ。それに、年齢差を考慮するとダメなのでは。いや、仮にもメイドと主人の関係だ。それから見ても問題があるのではないのだろうか」
「ひとまず落ち着きなさい、永政くん」
分かりやすく動揺し、つらつらと言葉を並べ始める俺を雪奈が牽制する。
焦りが引いてくると、今度は恥ずかしさがこみ上げてきた。あんなに分かりやすく動揺するやつも珍しいだろ。何をやっている、俺。
「かわいい永政くんが見られて私的には嬉しいわよ。そんな恥ずかしがらないの」
面白がっているような雪奈の言葉に、頬が赤くなってくるのが分かる。
せめてもの反抗に睨んでみるも、あいにくと照明はほぼ落ちていることもあって効果はなさそうだ。それに、楽しんでいる節もある。俺の彼女は無敵なのかもしれない。
「まぁいいわ。……ところで、する?」
「話を戻すなよ……」
優艶な笑みを浮かべながら、そっと俺の胸に指をなぞらせる雪奈に、俺は湧き上がる情欲を抑えながら言う。
その言葉の奥にある感情を引き出さんと、雪奈はさらに仕掛けてきた。
「永政くんとひとつになりたいの。……ダメ?」
いつものお姉さん然とした態度よりかは、少女が頼みごとをするような雰囲気。
だけど、どこか上に回られているような気がする、雪奈らしい誘いかただった。
愛しい雪奈が、さらに愛しく感じられる。
雪奈のすべてを、俺のものにしたい。
本能がそう感じると同時に、俺の口が動く。
「後悔しても知らないぞ」
「ええ。本望よ」
そう言い、雪奈はなまめかしい微笑を浮かべた。
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