第二話 メイドお姉さんがご飯を作ってくれるそうです。
「永政くんお待たせ。ご飯できたよ」
ちょうどお昼時だったのと、冷蔵庫にある食材がかなり残っていたため、開始早々雪奈さんが昼食を作ってくれることに。
最初は不安にも思ったが、美味しそうな匂いが漂ってくるとその不安もほぐれる。
残るのは期待のみだ。いったいどんな料理が出てくるのかワクワクしながら食卓へ向かう。
するとそこには、湯気を発している味噌汁とご飯、肉野菜炒めが置いてあった。見た感じどれも美味しそうだ。
「永政くんの口に入るものだから、腕によりをかけて作ったのよ。食べて!」
そう言い、ニッコリと自信たっぷりに笑う雪奈さん。元々高い期待値が更に跳ね上がる。
早速手を合わせ、箸を取る。
まずは主菜らしき肉野菜炒めから食べてみることにしたのだが。
「う、美味い……」
思わず賛辞の言葉を呟いてしまうくらいの出来栄えだった。
舌に乗っかると脂肪分が溶けるほどの肉。これだけでも充分に美味しいと言えるのだが、そこに濃厚なソースが合わさって絶妙な味を醸し出している。1000円なら余裕で出せるクオリティだ。
少し濃い目の味付けとなっているのでご飯も進むし、野菜も美味しく食べられる。
照れた顔の雪奈さんも見られて一石二鳥だ。
「さっきはああ言ったけれど、本当は美味しいって思ってもらえるか不安だったから嬉しいわ。ささ、どんどん食べてね!」
そう言うと、雪奈さんは俺の横に皿を持ってきて着席する。真横で食べるとなると少し緊張するな。
「いただきます」
手を合わせ、洗練された手つきで白米や肉などを口に運ぶ雪奈さん。咀嚼するたびに幸せそうな表情をするので見ていて楽しくなる。
しかしいつまでも見惚れていたらせっかくの料理が冷めてしまうので、味噌汁を啜る。
味噌の甘みと出汁が奇跡的なほど噛み合い、家庭の味噌汁を料亭で出されてもおかしくないような味へと昇華させている。
だからといって不思議と特別感はなく、身体だけでなく心まで温めてくれる。すごく料理が上手いお母さんの味といったところだろうか。
「ふふ、美味しそうに食べてくれてお姉さん嬉しいわ」
一口、また一口と箸を行ったり来たりさせていると、不意に雪奈さんから声を掛けられる。
顔に浮かぶ笑みはどこか余裕たっぷりに見える。手のひらで転がされているような、という表現が一番しっくりくるだろうか。
「はい。俺も美味しい料理を作っていただけて嬉しいです」
美味しいのは確かなのでそう返す。
すると、雪奈さんは普段から醸し出している妖艶さを更に強調させて俺を誘う。
「そう。お姉さんが食べさせてあげましょうか?」
「は……え?」
半ば反射的にはい、と言いかけた寸前で言葉をストップさせる。
もはや先ほど何と言われたかすら曖昧になってくる。それどころか色んなことがごっちゃになってきつつある。
頭痛を覚えて頭を押さえ、俺は一言問いかけた。
「……今なんて?」
まずは現在の状況を把握するのが先だ。そう思ったのだが、あまり状況は変わらなかったらしく。
「せっかくだからお姉さんが食べさせてあげようかなぁって」
俺の聞いた言葉は妄想の産物などではないということが分かったのみだ。もしかしたら二回連続妄想の言葉を聞いているかもしれないが、その線はかなり薄いだろう。
「これまたどうしてですか」
はっきり断ることも出来たのだが、そこまで追いついておらず理由を確認することに。何か俺に問題があり、心配に思ってかけた言葉なのかもしれないからな。
と思った俺が悪かったらしく、雪奈さんは小首をかしげながら素っ頓狂な言葉を発した。
「んー、二人で食べたほうが美味しい? かもよ?」
「それなら今の状況でも充分二人で食べているとカウントしてもよいと思いますが」
俺がそう追及するも、雪奈さんの表情は変化しない。相変わらず『お姉さん』の表情だ。
「いやぁ、独り立ちしている子を見ると支えてあげたくなっちゃうのよ」
「俺はいくつですか」
完全に一桁前半の子どもに対する目線だ。やめてしばらく経ったとはいえ、前の職場が幼稚園だったこともあり癖がなかなか抜けないのだろうか。それでも食べさせてもらうまではいかなかった気がするが。園と人にもよるのだろうか。
「ふふ、ごめんなさいね。別に子ども扱いしているわけではないの」
「そうですか」
軽く謝罪を受けるが、どうも子ども扱いされている気がしてたまらない。
——でも、どこか心地いい。
そう思ってしまった俺は何なのだろうか。変態の仲間入りを果たしてしまったのだろうか。
いや、これは当たり前の感想に違いない。頼れる場所が出来たことに対しての安心感か何かだろう。
そう結論付け、再び箸を動かし始める。
米の表面が乾き始め、料理も温かいとはいえない箇所があったが、満足して完食することができた。
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