第一話 メイドお姉さんがやってきました。

「永政くん。今日からうちの娘、つまり君の従姉にあたる雪奈がここで働くことになった」

「よろしくお願いね、永政くん」


 叔父さんが雪奈さんを紹介すると同時に、優しい、粉雪を彷彿とさせる綺麗な声で頭を下げる。

 とても俺と半分同じ血が流れているとは思えないほど洗練された礼。相変わらず煌びやかに輝く金色の髪。南国の海を連想させる透き通った碧眼。

 顔立ちもそのへんのアイドルと一線を画している。レア度で言うと5000年に1人の美少女に違いない。微かに揺れた豊満な胸などもはや神々しくもある。


「よ、よろしくお願いします」


 いつまでもフリーズしているわけにはいかないので、ひとまずこちらも頭を下げる。

 雪奈さんが仕事をやめたあと、約一年だろうか。その期間まったく会うことがなかったので、かなり緊張してしまう。


 しかし、そんな俺の緊張を解きほぐそうとしてくれたのだろうか。雪奈さんが柔和な笑みを浮かべて、まるで幼子を諭すように頭に手を置き。


「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。基本的なことは全部私に任せてね」


 と、心にすっと溶け込むような言葉を発した。

 言葉と行動だけだったらバカにしているようにも感じるかもしれないが、雪奈さんが醸し出す独特な雰囲気でそれをなくし、全く別なものに昇華させているまである。


 もしかしたらまるっきり変わってしまっているのではないか。と不安に思ったこともあるが、それは杞憂だったらしい。

 俺の知っている雪奈さんと全然変わっていない、そう確信することができた。

 俺が密かに安堵しているとき、叔父さんが口を開く。


「それでは永政くん、これから三年間娘をよろしく頼む」


 昔と変わらない空気を感じて問題はないと踏んだのだろうか、微笑を浮かべて放たれた言葉に俺は疑問の声を上げた。


「すみません叔父さん。三年間ってどういうことですか?」

「えっ」


 社会復帰の第一歩としてここに来ると思っていたため、三年間も雪奈さんが働くとは考えもしなかった。親に『雪奈ちゃんがここに来てくれるからね』としか聞いていなかったので内心かなり驚いている。


「あの弟……親御さんに伝えたはずだが、どうやら見当違いだったようだな。永政くん、君はどこまで把握しているのか教えてもらってもよいだろうか?」


 口元がピクピクと痙攣している。性格が真逆だからこんなことも何度かあったのだろう。

 怒気を滲ませている叔父さんに残酷な事実を突きつけるべく、俺は口を開いた。


「雪奈さんがここに来ることしか聞いていません」

「あのやろぉぉぉ!」


 雄叫びにも近い叫び声をあげる叔父さん。

 苦労人だなぁ、などと思っていると、大天使雪奈さんが叔父さんの肩に手を添える。


「お父さん、そんなに怒らなくてもいいじゃない。ひとまず永政くんに許可を取りましょう。私がここに三年間、住み込みで働いてもいいかって」


 す、住み込みですと!?

 いや、俺としては全く以てよいのだが。むしろ、癒し系美女がこの空間にいてくれるなんてこの上ない喜びだと思っているのだが!


「そ、そうだな。これで拒否されればどうなるか……」

 少し怒りが収まったらしい叔父さんへ、俺は安心させる一手を放った。


「大丈夫です。三年間、雪奈さんがいてくれれば俺も安心ですから」

「そ、そうか? ならばよいのだが」


 こんなにも早くよいと言ってくれるとは思っていなかったのか、叔父さんは困惑した表情を浮かべていた。

 雪奈さんのほうを見てみると、凄く嬉しそうな顔をしていたのでこちらまで気分が上がってくる。なぜここで嬉しそうな顔をするのかは分からないが。


「ありがとう、右京くん。では再度言わせてもらう。これから三年間、娘をよろしく頼む」

「俺こそ、娘さんにお世話になります」


 どちらかともなくぺこりと頭を下げる。上げると、叔父さんはもう部屋から出て行こうとしていた。仕事が忙しいのだろうか。


「永政くん、ありがとうね。永政くんがここにいてもいいって言ってくれなかったら、また私無職になるところだったわ」


 そのころにはどこかに就職できるようになってほしいのだが、感謝されて嬉しくないやつなんていない。思わず口元が緩んでしまう。


「俺も、雪奈さんがいなければ知らない人と三年間ひとつ屋根の下で過ごすことになっていたかもしれないので。ありがとうございます」


 するりと、意図していないのになぜか感謝の言葉が口から溢れる。

 そんな俺の言葉に、華のような笑顔を浮かべた雪奈さんは。


「これからよろしくね!」


 と、少女のような声色でそう言った。

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