第四話 姉と弟?

 はぁ?

 あまりに予想外な言動にうんともすんとも言えずにいると、雪奈さんがいつもの表情に戻って説明をし出した。


「も、もちろん永政くんに無茶ばっかり言っていないでメイドとしてちゃんと仕事するわよ?」


 前言撤回、ろくな説明をしていなかった。そもそも俺は甘えてもいいとは言ったが職務放棄していいとは言っていない。親がちゃんと賃金を払っているからな。


「あの、すみません。もうちょっと詳細を説明して頂いてもよろしいでしょうか」

 あまり情報量が多くないとはいえ、未知すぎる出来事を前に頭が痛くなってきた。


「そんな特別なことはしないから安心して? 具体例を挙げるとすれば一緒に勉強をしたり、教えたり」

 ああ、さっきも弟とやりたかったと言っていたな。あのくらいならいくらでも協力できるのだが。


「あとは遊園地とかで一緒に遊ぶ、とか」

 両親が忙しくてほぼ遊園地に行ったことがないのでそれも協力できるな。普通に行きたい。


「一緒にお風呂に入る、とか」


 あー、俺も風呂は好きだから協力……できないね。何を言っているのだろうか我が従姉は。

 百歩譲って俺だけ全裸ならまだしも雪奈さんが全裸になってしまうとちょっと鼻血を噴いて倒れるのは必至なのだが。いや俺だけ全裸っていうのもそれはそれでアウトなのでは。


「待ってください、今すごく不穏なことを言いましたよね?」

「え、可愛い弟と一緒にお風呂に入りたくないお姉ちゃんなんているの?」


 ナチュラルに怖いことを言わないで欲しい。逆に入っていいって人のほうが珍しいだろう。


「いますよ普通に。第一、俺と雪奈さんって実の姉弟ほど親しいかと問われれば——」

 違いますと答えますよね? と言おうとしたところで口を噤む。


 雪奈さんが途端に悲しそうな、今にも泣き出しそうな表情を浮かべたからだ。

 まさか雪奈さんがこんな表情を見せるなんて思っていなかったので、咄嗟にフォローの言葉を入れる。


「じ、実の姉弟に負けないくらい親しくなりましょう。ということで雪奈さんは思いっきり俺に甘えてください」

「やった」

 俺の言葉を聞くなり、いたずらっ子のような顔をする雪奈さん。コロコロ変わる表情が愛しい。


「じゃあ永政くん、今日一緒にお風呂入りましょう?」

「今日ですか!?」


 てっきり冗談か遠くの話だと思っていたので、雪奈さんが怯んでしまうほど大きな声が出てしまった。だけど普通驚くと思うよ、これは。


「無理、なの? 誠心誠意ご奉仕するのに」

「ご奉仕って言い方やめてください。背中を流すだけですよね?」


 わざとか否かは不明であるが、グレーな言い方をした雪奈さんを軽く咎めると、隙アリと言わんばかりに言葉を並べ立てる。


「あら? 何を思い浮かべちゃったのかなぁー?」

「う、うるさいです。別にそういうわけじゃ」

「私何も言ってないわよ?」

「うっ」


 確かに雪奈さんは何もやましいことは言っていない。解釈した俺が悪いだけであって。

 ニヤニヤと口の端を上げている雪奈さんを前にどうしようもない恥ずかしさを覚え、赤面してしまう。いったい俺はどこまで醜態を晒せば気が済むのだろうか。


「うんうん、私の弟は可愛いわね!」

「いや、甘えていいと言っただけで弟になると言ったわけでは……すみません何でもないです」


 満足気にしていた雪奈さんが唐突に笑っていない目を向けてきたので慌てて否定した。実の姉弟でないことを口にするのは禁物らしい。いつからこんなふうになってしまったのか知りたいくらいだ。


「いいのよ。これから私がたっぷりとお姉さんのよさを教えてあげるから」

「怖いのですが」


 セリフだけ聞いても怖いのに、目が笑っていないので余計に怖い。俺も従姉を実姉としてみなさなければいけない状態になってしまうのだろうか。もはや呪いではないのかそれは。

 ああだこうだ考えている間に、いつも通りの雪奈さんに戻ってくれたらしく。


「とにかく、永政くんは私のことをお姉ちゃんだと思うこと! いいわね?」

「あっはい」


 当初の約束がかなり曲げられてとんでもないことになっている気がしたが、今の俺にはそんなことを考える余地もなかったので反射的に肯定の言葉を返す。


「よし、それじゃあ早速何かやっていきましょう!」

「はーい」


 俺の気力と反比例するようになっているのだろうか、と問いたくなるほど元気溢れる従姉あねに、不覚にもかわいいと思ってしまった。

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