第五話 メイドお姉さんとメイド喫茶

 そのまま簡易的な支度をして連れてこられた場所はまさかの。


「「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢さまっ」」


 まさかのメイド喫茶でした。これにはさすがの俺もびっくりである。

 数人のメイドが俺に頭を下げる様子はかなり困惑するものの、気分がよいのも確かで。


「ちょっと、鼻の下を伸ばしてどうするつもりなの?」

「えっ、マジで!? 忘れてください!」

「冗談よ」


 こんなタイミングで悪趣味な冗談はやめてほしいものだ。本当に鼻の下を伸ばしているのかと思ってしまった。


「冗談もTPO考えてくださいよ……。あと、俺たち先ほど昼食食べませんでしたっけ」

「何を言っているのよ。昼食を食べたのは一時間半も前のことじゃない」


 最近じゃねぇか。

 俺がジト目を向けるも、雪奈さんはそんなことをまったく気にしていないようで、しきりに店内を見回していた。


「いいわぁ、メイドいいわ!」

「雪奈さん、一応あなたもメイドですからね? 忘れていませんよね?」

「わ、忘れてないわ。お姉さんの記憶力をバカにしないで欲しいわね、弟くん!」


 今明らかに動揺していたのですが。

 俺のほうを向いて冷や汗を流しながらビシッと人差し指を立てる雪奈さん。かわいいからいいや。

 席に案内された俺達は、とりあえずオムライスとドリンクを注文。


「あの、何で猫のカチューシャつけているのですか?」

「似合うでしょ? スペシャルなお姉さんいいでしょう、写真を撮ってもいいのよ?」


 黒猫耳を付けてにゃーんと手首を曲げ、こちらを上目遣いに窺う雪奈さん。もうこの人がメイド喫茶で働いたらよいのではないだろうか。


「羞恥心というものがないのですか?」

「ねぇ頑張っているのに酷くない? もうお姉さん25よ?」

 唐突に雪奈さんがリアルに戻ってしまう。確かに失礼だったな。


「すみませんでした。俺としては雪奈さんにもう少し頑張ってもらいたいところはあるので、家に帰ったら猫耳をつけて業務をしてもらいましょうか」


 やられっぱなしになるのも癪なのでせめてもの反抗にと言ったのだが、雪奈さんは俺が思っているよりも強かったらしく。


「え、そんなに私の猫耳が気に入っちゃったの? もぅ、仕方ないなぁ。かわいい弟くんの頼み、お姉さんが聞いてあげましょう!」


 何があったのか聞きたくなるほどの弟への愛が感じられる。人によってはドン引きされるレベルのやつだこれ。


「メイド喫茶に来たのにお姉ちゃんしか見ないんだからぁ」

「そうっすね」

「投げやりに返事しないでよー」


 下手に返事しては更なるイジリが待っているだけと悟ったので雑に返事したが、やはりそれもだめらしい。当たり前か。

 そうこうしているうちにドリンクや料理が運ばれてきたのだが、俺たちが思っているような儀式は当然あるらしく。


「弟くん、恥ずかしがらずにやらなきゃだめよ?」

「雪奈さんこそ頑張って欲しいものです」


 正直言うとかなりキツイ部分があるのだが、ここで中途半端に恥ずかしがったらまたネタにされるだけだ。それは何としても避けなければならない。


「ではいきますよー? おいしくなぁれ、萌え萌え、にゃんっ」

「「おいしくなぁれ、萌え萌え、にゃんっ」」


 アカン、これメンタルがやられる。

 半ば反射的に俯き加減になってしまったので、顔を上げると雪奈さんが意地の悪い笑みを浮かべているし……。

 俺がメイドさんに尊敬の念を覚えていると、雪奈さんがうきうきしながら声を掛けてきた。


「ねぇねぇ、どうして顔が赤いのかなぁ? 恥ずかしいのかなぁ?」


 貴様はウザい陽キャの先輩か何かか、と思いながらも返事をする。

「そ、そうですよ。何か悪いですか?」


 ここで取り繕っても無駄だと結論付けた俺は、素直にそう言ったのだが、雪奈さんは常に俺の予想を上回るらしく。


「恥ずかしかったらお姉さんに抱き着いてもいいのよ? 真っ赤な顔が隠せるじゃない?」

 かなり意味不明なことを言い出す。俺としてはそちらのほうがご勘弁願いたいのだが。


「と、とにかく。料理が冷めてしまうので早く食べましょう」

「はぁい」


 雪奈さんの追撃を逃れるために逃げの一手を放つ。一応逃れることに成功したが、かなり不満げな様子だ。


 その後、メイドさんたちによるライブなどを楽しみ、約一時間充分すぎるほどに楽しむことができた。

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