第十六話 お姉さんとデパートに来ました。
「ふふ、こうして永政くんとデパートに来ることができるなんて夢のようだわ」
本当に夢心地な様子の雪奈さんを見て、俺の気分もわすかに上昇する。
午後になり、昼ご飯を食べるためにも俺たちは近所にあるデパートへと来ていた。
近所のデパートといえど都市開発の影響もあってか、かなり大きいので遠出したような気持ちになる。あまり行ったことはなかったが。
「そうですか。雪奈さんが嬉しいなら俺も嬉しいですよ」
「もう、クールぶらなくてもいいのよ? 永政くんの恰好がいつもより気合が入っていることくらい、お姉さんにはお見通しだわよ?」
「そ、そんなことないですよ。たまたまです」
「ふぅん?」
雪奈さんはまだ俺に疑いと慈愛の目線を配っている。
悔しいことに、すべて雪奈さんの予想通りなのだ。
いつもは適当にジャージを着て一日を過ごしているのだが、今日は服選びにかなり時間がかかった。そのとき俺のことを見た人はこぞって『デート前の女子か』と言うだろう。
だが、俺が今回こんな服に凝っているのは、雪奈さんとデートするからなどではなく、雪奈さんとなるべく釣り合いを取るためである。そこを勘違いしてもらったら困るのだが、現時点では雪奈さんが勘違いしていそうなので怖い。
「まぁ、今回は永政くんの言葉を信じてあげるわ。本当のことを言いたくなったら、いつでも言っていいのよ?」
「こういうことを言う時点で信じていない気もしますが」
ウインクして話す雪奈さんに冷ややかな目を向けながら、あとに続く。まず、目指すべき場所はレストラン街だ。
「あ、そういえば雪奈さん。俺、あんまりお金持っていないのですが」
メイド喫茶のときは雪奈さんに全額出してもらったものの、今回も甘えるのは気が引ける。
せめて自分の分は自分で出すようにしたいと思い、申告したのだが。
「それがどうしたの? お姉さん、こう見えても社会人になったの。どーんと甘えちゃいなさい! 何なら、お箸を持つところから甘えてもいいのよ。いやむしろ大歓迎なので甘えちゃってください」
「いえ、俺にもプライドがあって。あまり高いところでないのならば、俺にも払えるので」
奢る気満々の雪奈さんに感謝しつつも、断る旨を伝えた。最後の不穏なセリフは無視しておこう。
「へぇ、私に男としてのプライドを見せたいのね。へぇ。へぇー」
口の端を吊り上げ、俺のほうを見る雪奈さん。成長した弟を見るみたいな目線がとても腹立たしい。
「そういうことではありませんから。奢られっぱなしなのも気が引けるでしょう」
実を言うと雪奈さんの発言内容は完全なる図星なのだが、否定する。これで図星って知られたら明日から俺はどうやって生きていけばよいのか分からなくなる。
挑発するような表情を浮かべた雪奈さんはさらに俺を追い詰める言葉を放った。
「私も永政くんに負い目を感じている部分があるの。だから、ちょっと奢ったくらいで気にする必要なんてないのよ?」
「そ、そうは言っても。俺が負い目を感じるか感じないかの差ですから!」
このまま理論で進んでも無理そうだと判断した俺は、感情に話を持っていく。雪奈さんとてさすがに俺の心を読めるわけがないので、ここは一旦俺の勝ちだろう。
「それはそうね。ああ、私としては永政くんの男らしい一面も見てみたかったのだけど、私の前ではそれも発揮しないのかー」
残念、と言って勝ち誇った笑みを見せる雪奈さん。こう言われれば、何とかしてそれらしい一面も見せたいところなのだが、生憎とどうすればいいのか分からない。
まんまと今回もやられてしまったと思ったのも束の間、なぜ俺がこんなにも雪奈さんにいいところを見せようとしているのかという疑問が湧いた。
未知の領域に足を踏み入れようとしているような。
知ってはならないところに踏み込もうとしているような。
そんな感覚が襲ってきて、無意識のうちに俺の歩くスピードは遅くなる。
だが、俺が完全に呑み込まれる前に雪奈さんが俺の手を掴んだ。
「永政くん、どうしたの? ちょっと行けばレストランに着くけど、そこまで大丈夫?」
先ほどとは打って変わって心配そうな表情。それも、作ったものではなく心から俺を案じていることを感じさせる表情だった。
柔らかい感触が手のひらを覆う。
今こうしている瞬間は、不安などどうでもよくなってくる。ただ、雪奈さんといれればいいと思える。
「大丈夫ですよ、雪奈さん。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「ううん、そこまで言わなくてもいいのよ。手はこのまま繋いでおきましょう!」
いつもの、俺をからかってくるトーン。
今までの俺だったら一にも二にも断っていただろう。だけど、今は。
「ええ、いいですよ」
「ふふーん。永政くん、恥ずかしが……ってない?」
天変地異でも起こったのかと問いたくなるほど、あんぐりと口を開ける。そこまで驚くのか、と呆れながらも、どこか喜びを感じる。
「雪奈さん、何をしているのですか? もしかして、俺と手を繋ぐのは恥ずかしい?」
ニヤリと笑みを浮かべ、雪奈さんに問う。いつも俺がやられていることだ。
数瞬、雪奈さんの動作が停止したがすぐさま復活して。
「恥ずかしくなんてないわ。今日は最高の一日よ!」
晴れやかな笑みを見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます