第十七話 水着を買うお姉さん

「まったく、永政くんからデレてくれるなんて予想していなかったものだから手玉に取られちゃったじゃない。もしかして永政くん、サド?」

「どこを見てそう判断したのですか。違いますよ」

「じゃあマゾなのね。分かったわ」

「違いますからね!?」


 先ほど感じた優越感や爽快感は幻想だったのだろうか。ひとつ封じてもふたつ越される気がしてたまらない。これが俺たちクオリティか。


「じゃあ、マゾ弟くんにはお姉さんがとびっきりいいところに連れて行ってあげよう!」

「ちょっと、人の話を聞いてくださいよ。あと俺はマゾでもサドでもないです!」


 ルンルンの雪奈さんは俺の話を聞いている余裕はないようで、俺の手を引いてレストラン街へ駆けて行った。



「どう、美味しかったでしょ?」


 お高いレストランから出た雪奈さんが、俺に問いかける。


「確かに美味しかったですけれど、高すぎて罪悪感が……」


 思い出すのは赤味がかかった霜降り肉、一粒ひとつぶがやたら輝いて見えた米、瑞々しい野菜、会計のときに見えた五ケタの数字。


 食べているときも『あれ、これ高いやつじゃね?』と思ったけれども、さすがにそんな高いものを奢るわけがないかと結論付けたのだったが、そんなことはなかったようだ。


「私の趣味でやっているだけだからいいのよ。それに、少ししたら叔父さん叔母さんから給料ももらえるしこれくらい大丈夫よ!」


 あんな食事を奢ってもらえるほど俺の両親は給料を払っているのだろうか。それだったらいいのだが、だとしても罪悪感が残る。


「ま、気にすることはないってことよ。私の買い物に付き合ってくれたらチャラなのだけど、どう?」

「それくらいなら、まったく構いませんよ」

「やった」


 心底嬉しそうな顔を見たら、こちらとしては何も言えなくなる。

 ずっと雪奈さんの笑顔を見ていたいな、なんて考えながら雪奈さんのあとに続いた。



「どうしてこうなった」



 五分後、俺は見事に後悔と羞恥心に苛まれていた。なぜかというと——。


「やっぱり黒かしら。ねぇ、永政くんはどう思う?」

「俺は黒のほうがえっ……じゃないですよ! 水着を買いたいならひとりで来てください!」

「永政くんと行く海水浴なのよ? どうしてメインターゲットの意見を聞かずして水着を購入しなきゃいけないのよ」

「俺と行くやつなのかよ」


 そこらのグラビアアイドルとは比較にならないくらい抜群のプロポーションを前に、俺はかなりタジタジになっていた。決して表に出すまいとしているが。


「それで、何だっけ。黒のほうがえっち?」


 ニィ、と笑ってみせる雪奈さん。いい感じに流れたと思ったら掘り返された。

 いくら言葉を並べても、雪奈さんの水着姿、しかも黒色はエロすぎる。

 まず、肌の白さと水着の黒さ、金色の髪が合わさり神々しさすら感じさせる。


 しかし問題はそこではない。

 真の問題は美しさとは裏腹に下品に育った胸である。状況が状況ならあだ名がホルスタインになっていたことであろう。


 大きくも、現実離れしすぎて気持ち悪さを感じさせるほどではない胸。

 きゅっとくびれた腰。

 美しいラインを描く尻に、むちむちの太もも。

 すべてが奇跡的に合わさっている。これを見るために一生分の運を使い果たしてもよいくらいだ。


「ち、違います。えっと、綺麗ですよ」


 しかし、思ったことをそのまま言えばイジられるどころでは済まされないだろう。恐らくドン引きされる。


「うぇへへ、えへへへへへへ! 永政くんに綺麗って言われちゃったわ。どうしましょう私! ねぇ永政くん、私右京家に永久就職してもいい?」

「何かテンションがおかしいですが、就職に関しては優秀だったらできるのではないでしょうか」


 永久に就職って何だ、定年はないのか、などと思いながらもそう返す。


「えへへ、うぇへへ」


 話を聞いているのか分からないが上機嫌ならいいか。

 身体をくねらせる雪奈さんを前に、そんなことを思う。


「じゃあ、これを買おうかしら」

 にこやかな表情で雪奈さんがそう言った瞬間。



 俺は雪奈さんのいる試着室へと入った。

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