第七話 本当にやるのか

 ついにこのお時間がやってきてしまった。


「永政くん、お風呂入りましょう?」


 ——そう、風呂の時間である。

 俺を風呂場へ誘う雪奈さんの声がいつもより艶っぽく聞こえるのは気のせいだろうか。そうであってほしいのだが、どうしても気のせいには思えないのはなぜだろう。

 様々な疑問、困惑、ほんの少しの期待が合わさって思考がごちゃごちゃになる。このままでは雪奈さんの思うつぼだというのに!


「どうしたの? 何かすることでもあるの?」


 ああクソ、近づいてくる雪奈さんの顔までもが色っぽく見えてきやがる。もうちょっと頑張れよ、俺の理性。


「あの、マジで一緒に入るつもりですか?」

 もしかしたら全部冗談かもしれない、そう思い聞いてみたのだが。


「そんなわけないじゃない。私、あんまり冗談は言わないの」

 言っていた気がするが、あんまりと言われては反抗のしようがない。畜生、こうなったら覚悟を決めて入るしかないのか。


「えっと、せめて別々に服を脱ぐというのはどうでしょうか?」

 さすがに雪奈さんが近くにいる状態で服を脱ぐのは気が引ける。そう思っての言動だったのだが。


「もう、そこまで恥ずかしがらなくてもいいじゃない」

「俺が恥ずかし……じゃない。雪奈さんが恥ずかしがらなさすぎなのですよ!」


 俺が恥ずかしい、と言おうとしたら途端に独特な嬉しさ満載の表情をしたため慌てて言い直した。一瞬の隙でも見せるものかと思っていたが、案外これが難しいらしい。


「む、あくまで私の感覚がおかしいと言い張るつもりなのね」

「まぁ、言い方は悪い気がしますがそうですね」


 それには完全に同意できる。と言っても一パーセントほどは俺がおかしい可能性もあるが。


「じゃあ私が今から友人全員にメッセージを送って異常だって言われなかったら、一緒に服を脱いで、お風呂に入ってくれる?」


 不満です、と言いたげにスマホを取り出してそう提案する雪奈さん。類は友を呼ぶとは言うが、さすがに一人はマトモな人間がいるだろう。

 これは回避できそうだな、と思い「大丈夫です」と返答し、しばらく休んでいると。


「ふふん、全員から『何を言っているの? 異常なわけがないじゃん』的なメッセージを貰えたわ。どうよ!」

「嘘だろ!?」


 まさか類は友を呼ぶという言葉がここまでとは思っていなかったよ。定着するだけの理由はあったようだ。

 雪奈さんが証拠にスマホを掲げていたので、思わずそれを覗き込む。


 確かに最新のメッセージが賛成意見で溢れていたが、俺が何より驚いたのはアカウント名のほうである。

 全員が全員名前のあとに『@ブラコン』『@ショタコン』とついていたり、挙句の果てにはアカウント名が『弟への愛が固まった存在』となっている明らかにヤバい人もいた。この友達の中だったら雪奈さんってかなりマトモな部類なのではないかと思ってしまうのも無理はないだろう。


「どうよ? どうよ?」


 ドヤ顔でそう言う雪奈さんだったが、そんなことよりももっと気にすべきことがあるのではないのだろうかと思う。

 しかし賛成したのは俺。あとから否定するのは以ての外だし、第一雪奈さんが許してくれない。


「わ、分かりました。でも、今日だけですからね?」

「うんうん! 身体を洗うのもお姉ちゃんに任せなさいっ!」


 さすがにそこまで任せちゃダメだろ、と思ったが到底指摘できる立場ではない。全国の弟たちはこんなことに耐えていたのだろうか。だとしたら尊敬する。

 傍から見ても浮かれていることが容易に分かるほど浮かれている雪奈さんの後に続いて、俺たちは着替えを持って風呂場へと向かった。

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