第六話 お姉さんとゴロゴロ
「えへ、えへへへ」
「えらくご満悦ですね……」
メイド喫茶から帰ってきて言われたのは『弟を思いっきり抱きしめたい』といったものだった。
難易度が高い身体接触系のミッションだったので何とか違う方向に持って行こうとしたものの、一度でも同意してしまったものだから失敗に終わった。だから今はおとなしく抱きしめられているのだが。
「あの、雪奈さん。もう少し力を加減してもよいのではないでしょうか」
「どうしてー? この力加減がベストだと思うのだけれど」
明らかに上機嫌な声を出しているところとても悪いのだが、ある程度の力を持って抱きしめられているため、胸が俺の身体に当たってしまう。ここまで心臓に悪い状況に出会ったことがないのでどうしていいのかが分からない、これが現状である。
体勢も座っている雪奈さんに俺が身体を預けている形になっているので尚更ドキドキしてしまう。
「せっかくだからこのまま一緒にゴロゴロしましょう?」
気の抜けた声でそう言う雪奈さんだったが、仮に雪奈さんがリフレッシュできたとしても俺は微塵もリフレッシュできないのが確定で。
しかしこれを正直に伝えたらまたウザ姉モードに入られることは確実。どう切り抜けろというのだろうか。
「ちょっと申し訳ないのだけれど、そこにリモコンあるじゃない? 取ってくれないかしら」
「あの、俺が形式上ご主人様ってこと分かっていますか?」
「でも永政くんがいいって言ったんじゃない。さー、テレビつけてお姉さんに甘えなさい」
自分でも良いように使われている気がするのだが、どこか心地よいのでスルーしておく。
適当にテレビをつけると、雪奈さんが更にリクエストを投げかけた。
「ねぇ、ポテチ欲しいわよね。取ってきてくれないかしら」
「それは雪奈さんがやってくださいよ」
気の抜けた声を聞き、俺が思っているよりも自堕落な人なのかもしれないな、と思っていると。
「嘘よ。あるなら私が取ってくるわ。どこにあるの?」
「キッチンにある棚の右端です」
「わかったわ」
どうやらポテチがあることすら知らなかったらしい。雰囲気的にポテチが欲しくなっただけか。
やっと絡みついていた腕を放し、キッチンまでゆっくりと歩いてゆく雪奈さん。その後ろ姿を見ていると、弟に対する異常な執着がなかったらまさに理想の存在だということを改めて思い知らされる。
しばらくぼぅっと眺めていると、くるりと振り返り、俺にこう言った。
「私がいないからって逃げちゃダメよ! って、どうしてこっちを見ているのかなぁ?」
あまりに唐突に振り返るもので、追った視線はそのままになっている。なので俺が雪奈さんを眺めていたことが伝わったわけで。
「ば、場所を間違えないか心配になっただけです。別に他意はないです」
「他意しかなくて本意になってた、って感じじゃないの? 永政くんお姉さんのこと好きすぎじゃない?」
一瞬でも隙を見せたらこうなってしまうのか。俺の生活急にハードモードになったな。
いいオモチャを見つけたと言わんばかりの顔をする雪奈さんを前に俺は無力だった。
「それじゃあ、お姉さんはやくそっちに行ってあげないとね」
棚からポテチを取ってきたらしい雪奈さんが行きよりも速くこちらへ戻ってくる。
「持ってきたわよー。塩味しかなかったけど、これ好きなの?」
「あ、はい」
普通の会話に拍子抜けしながら答える。いつものウザいくらいの絡みもよいのだが、これはこれで安心感があっていいな。
「じゃあ、おいで」
絨毯の上に座って、こちらに両腕を差し出す雪奈さん。
断ることも出来たが、俺は吸い込まれるように雪奈さんのほうへと移動した。
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