第二十四話 告白
踏み込んではいけない領域は、思ったよりも暗闇に満ちていた。
まるで物語のあらすじを言うかのように事実を淡々と述べていたけれど、やられたことと結果を鑑みるに到底軽い理由で辞めたわけでないことは分かる。
そのとき、雪奈さんはどう思っていたのだろう。俺だったら、どうなっていたのだろう。
そんな想像が脳内を飛び交って収まらない。
それだけでもかなり動揺する案件ではあるのだが、細く、少し冷たくなった雪奈さんの手が触れて限りなく動揺してしまう。俺の心臓をどうする気なのだろうか。
先ほど押し倒されたり、キスされたりしただろうとも思うが、それとこれとは別である。何度手を重ねようと唇を重ねようと、この感情は変わらないだろう。なぜかそう思えた。
何を考えたのだろうか、半ば反射的に今にも折れてしまいそうな雪奈さんの身体をそっと抱き寄せる。
自分でも何をしているのか分からないが、こうしないといけない気がしたのだ。
「永政、くん?」
雪奈さんのか弱い声が耳をつく。
出会った頃から変わらない白い肌に光のような金髪、サファイアの瞳。
変わったことといえば、俺たちの関係、あるいは。
「好きです。雪奈さん」
俺の感情だろうか。
口に出したその言葉は当然雪奈さんにも届き、目を見開いていた。さすがに突然「好きだ」と言われたら驚くか。
深い蒼の瞳がこちらを向く。薄桃色の唇が微かに動いたかと思うと、その口は言葉を紡ぎ出した。
「私もよ、永政くん。ずっと、ずっと好きだったわ」
頬に一筋の涙が煌めく。人魚の流した涙のように透明で、綺麗で、幻想的だった。
俺を好きでいてくれた彼女をさらに抱き寄せる。とめどなく溢れる涙を少しでも拭えるように。
「私、今日が人生で一番いい日だわ」
「俺もです。雪奈さん」
顔を覆い隠すかのごとく流れた金髪の間から見えた雪奈さんの口元は、微かに笑っていた。
「ねぇ、永政くん。私と恋人関係になってくれないかしら」
しばらく床を見つめていた雪奈さんの顔が、再びこちらへ向く。同時に金色の光も揺らめいて思わず見惚れてしまう。
やっと見えたその表情は——凪いでいた。
俺はそんな彼女を、
「すみません」
突き放した。
たった一言だが、雪奈さんの顔を悲しみに染めるには充分な発言だった。先ほど好きだと言ったのもかなり影響しているのだろう。世界の終わりを目撃したかのような表情をされると、信念を曲げてでもいいですよ、俺もそうしたかったんです、と言いそうになる。
しかし、そうするわけにもいかないのだ。
世界一かわいく、美しい従姉(あね)。対して、俺はどうだろうか。
特筆すべき特技や才能があるわけでもない。誇れるほど頭がよいわけでもない。雪奈さんと釣り合えるほどの顔面を持っているでもない。聖人と呼べるほど性格がよいわけでもない。
そんな状態で雪奈さんの人生を縛ることにはいかないのだ。
「俺、もっと雪奈さんと似合う男になりたいんです」
「……え?」
虚を突かれたような表情を浮かべる雪奈さん。そんな顔でも絵になるのだから、やっぱり俺の好きな人は最強なのかもしれない。
「俺は、現時点だと全然雪奈さんに釣り合っていないんですよ。だから、釣り合うときになったら、そのときでも雪奈さんが俺のことを好きでいてくれるなら」
付き合ってくれませんか?
俺の無茶なお願いは、こうして放たれた。
こんな、いつまで待つか分からないようなお願いなんて即座に蹴られてしまうだろうなと思ったのだが。
「うん、いつでも待っているわ」
俺の予想とはまったく違う、華のような笑顔とともに承諾の言葉が返ってきた。
いったいこの姉はどこまで俺を甘やかす気なのだろうか。
不意に俺の口に笑顔が宿った。雪奈さんに感化されたのかどうかは定かではないが。
「あ、でもなるべく早くしてね!」
今度はいたずらっぽく笑い、俺に注意の言葉を投げかける。すぐ変わる、多種多様な表情が愛しい。
この表情を、俺のものだけにしたい。
そんな想いが心の奥底に湧いたのを感じ、改めて雪奈さんと釣り合うようになろうと覚悟を固める。
「さ、今日は一緒に寝ましょう?」
にこやかに雪奈さんが誘う。俺はそれに快諾して、雪奈さんと共に布団へと潜った。
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