第二十五話 芙弓が本当の妹になった日

「もぅ、なぁに? お兄ちゃん。わたしに会いたくなったの? 仕方ないなぁ、えへへ」


 照れ笑いながら喜びを露わにする芙弓を見ていると心が痛む。

 俺がこれからすることと、この言葉にはあまりにも解離がありすぎるから。


「なぁ、芙弓。聞いてくれ」

「なに? 愛のメッセージならいくらでも聞くよ?」


 芙弓が一方的に俺のもとへ来ることが多いせいで、俺からは彼女を呼び出すことが少ないせいもあるだろうか。一向に『これから自分が拒絶される』ということが予想できないようだ。


 だからこそ、俺が言うしかない。言葉を曲げることなく、率直に。


「芙弓。俺は芙弓の愛に応えることができない」

「……ふぇっ?」


 微塵も考えていなかった可能性を突かれたらしい芙弓は当然のことながらそんなことを受け入れられずに反抗する。


「どうして? わたし、一生懸命お兄ちゃんに愛されるように努力したんだよ? あの姉とやらに誑かされたの?」


 目から光が消えた芙弓は俺の肩を掴んで、甘い声で問う。当然芙弓の考えているようなことはない。


 ただ、俺が従姉を好きになってしまっただけだ。


 正しいことなのかは分からない。遺伝子的な面で見れば正しくはないはずだ。

 だけど——。


「ごめん。俺、好きな人ができた。ちなみに、雪奈さんが何かしたわけではないからな。責めるなら俺を責めてくれ」

「そんなのできないよ、お兄ちゃん!」


 涙に溢れた瞳をこちらに向ける芙弓に罪悪感を覚える。だけど、ここはハッキリしておかなければ失礼かつ残酷だ。


「……ごめん」


 勝手に呼びつけておいてこの仕打ちは酷いよな、と思いながらも俺は決定的なひとことを口に出す。


 白い頬に涙が伝う。

 やがて筋は増えてゆき、数えきれないほどの涙の粒が床に滴り落ちた。


 痛いほどの泣き声が聞こえてくる。耐え切れなくなって、俺は芙弓の頭に手を置く。

 芙弓はそんな俺の顔を見上げ、それを確認した俺は言葉を紡いだ。


「ごめん。でも、もしよければなんだが——友達ってことでどうだ? ほら、一番の友達、みたいな」


 我ながら残酷なことを言っている自覚はあったが、それでも言葉は止まってくれなかった。

 それが、本心だからだろうか。


 ドキドキしながら、俺は芙弓の返事を待つ。

 彼女の桜色の唇がかすかに動いたかと思えば、天使のような甘い声が流れ出す。


「お兄ちゃん、クズだね」

「ふおっ」


 だが、聞こえた言葉はとても天使の言葉とは思えないもので。

 だからこそ、安心した俺がいた。ホイホイ了承されても俺は罪悪感に苛まれたままだっただろう。


 芙弓の優しさを感じながら、小さな後輩を見つめる。


「わたしがなりたいのはお兄ちゃんの恋人もあったけど、もうひとつあるんだよ?」

「何だ?」


 それにしても恋人とある関係を両立するってかなり難しいと思うのだが。まさか、『恋人とお嫁さんは両立可能!』とか言い出さないだろうな?


 不安になりながらも、俺は次の言葉を待った。

 しかし、その不安は的中せずに。


 大輪の華のような笑顔を咲かせた芙弓から放たれた言葉は、とても可愛らしいもので。


「お兄ちゃんの——永政くんの、妹だよ!」


 先ほど突き放したばかりだが、あまりにも芙弓が愛しくなってしまったので思わず抱きしめた。

 幸せそうな声を漏らす芙弓の小さな頭を撫でる。


 妹としてならば、全力で歓迎したい。そう思わせるほどの魅力を、芙弓は持っていた。


「あとあと、一番の友達にもなりたい!」

「ああ、いいぞ」


 完全なる妹になった芙弓かわいすぎる。最高。


「家族だもん、一緒の家に住んでもいいよね!」

「ああ、いいぞ」


 俺は雪奈さんの弟兼芙弓の兄にもなれるのか。最高だな。


「妹だから、お兄ちゃんにキスするのなんか普通だよね!」

「ああ、いいぞ」


 反射的に返事したその瞬間、唇に柔らかい感触を感じた。

 何があった、と危機感を感じたら芙弓の舌が俺の口内へ侵略してくる。


 クラクラしてしまいそうな衝撃や快楽が脳に伝わり、俺は何のリアクションを取ることも許されなかった。


「んはぁ! お兄ちゃんのおくち、美味しかったよっ!」

「え? は、ええ……?」


 満面の笑みを見せる芙弓——だけど妙に蠱惑的だ——に、言葉になっていない言葉を向ける。


 しばらく呆然としていると、後方からとんでもない怒気を感じた。

 怖いなぁ、などと思いながら渋々振り向くとそこには。


「あらあら、随分と楽しそうじゃない?」


 綺麗な笑みを浮かべ、腕を組み仁王立ちしている雪奈さんがいた。

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